元プロ野球審判・佐々木昌信氏「絶対に今日やめる」から続いた29年 “褒められない仕事”の苦悩と矜持

元プロ野球審判・佐々木昌信氏「絶対に今日やめる」から続いた29年 “褒められない仕事”の苦悩と矜持

  • マイナビニュース
  • 更新日:2022/06/23
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●落ち込んでしまう人には務まらない

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NPB(日本野球機構)の審判員として29年にわたって2,414試合に出場し、2020年シーズンをもって引退した佐々木昌信氏(52)。現在は家業の寺を継ぎ、群馬県館林市・覚応寺の住職として第二の人生を送りながら、“二足のわらじ”で東都大学野球連盟の審判員を務めている。

今年3月には『プロ野球 元審判は知っている』(ワニブックスPLUS新書)を出版。間近で見てきた一流選手の秘話が数多くつづられ、その観察眼を頼って注目選手を球団スカウトが探ってきたり、プロ野球中継スタッフからルールの確認をされたりと、佐々木氏は今でもプロ野球とつながっている。

現役時代、「人間は間違いがあるものだ。しかし、審判は絶対、間違っちゃいかん」「間違いは1球で止めておけ」を先人の教えとして肝に銘じていた佐々木氏。リクエスト制度導入を経て、監督や選手はもちろんファンからも厳しい目にさらされる「間違いを許されない審判」とは、一体どのような職業なのか。佐々木氏に話を聞くと、話題は新人時代の苦悩からAI導入の是非にまで及んだ。
○■プロで活躍する選手の共通点

――2020年シーズンで引退されて1年半が経ちました。プロ野球はご覧になっていますか?

時間がなくて、ほとんど見られないですね。寝るのが早くなって、夜のスポーツニュースは……1年で10回も見ていないと思います。あとは学生野球の審判員をやっているので、そのためにもプロ野球には触れないようにしています。プロ野球と学生野球は、ルールやストライクゾーンなど、細かいことで違いが多い。学生野球に慣れるにはこっちをメインにしておかないといけませんからね。今までやってきたことを一旦は忘れないといけないので、そこは結構苦労しています。学生野球で担当しているのは、東都大学野球リーグ。非常にレベルが高く、日本でも有数のリーグです。1部から4部まであって、2部と聞くと1部に劣るイメージがありますけどかなりハイレベルで、たぶん今年は2部からもドラフト1位が出るんじゃないですかね。

――審判として間近で見ていると、将来有望な選手も分かるものですか?

ええ。ひょっとしたら、1部よりも2部の方がドラフトにかかる選手が多いんじゃないかな。そのぐらい実力が拮抗しています。あとは、「この選手はドラフトで指名されても厳しいんじゃないかな」と感じることもあります。1位指名の鳴り物入りでプロになった選手を相当数見てきましたけど、その後に活躍する選手には共通点があるんです。バッターもピッチャーも。

――共通点?

あくまでも審判員・佐々木としての独自の見解で「そういう傾向にある」という前提で。スカウトもそのあたりは見ていると思うんですけど、大抵の選手はそこが改善されないままプロを去っていきます。

カギとなるのは「インコース」。ピッチャーであればそこを正確に投げ分けられるか、バッターであれば打てるのか。学生はあまりインコースを攻めて来ないんですよ。そこに力のある球を投げられるピッチャーが少ない。

本にも書きましたけど、巨人の坂本(勇人)くんは新人の頃からインコースがさばけてました。あの細い体でインコースをホームランにして、オープン戦で「なんだこいつは!」と驚いたのを思い出します。アマチュアでインコースをガンガン攻められるピッチャーやインコースをうまくさばけるバッターがいると、ドラフトで上位に指名されないか、すごく楽しみになります。

――球団スカウトが佐々木さんに聞きに来たりしないんですか?

しますします。スカウトが見ているポイントと同じなので、たぶん私のところに聞きに来るんじゃないんですかね? あとは「ドラフトにかかるかギリギリのところなんです」と不安に感じている選手には、「大丈夫!」と具体的な理由を交えて励ますこともあります。
○■100点満点の審判はいない

――不安を感じている学生にとっては心強いでしょうね。そもそも、佐々木さんはどのようなきっかけでプロ野球の審判員になったのでしょうか?

大学を卒業後、就職活動の一環として受けました。元審判員の方に勧められたのがきっかけです。学生時代は野球部だったのすが、もちろん審判の経験は全くありません。記念受験のつもりで受けてみたら、たまたま受かってしまいました(笑)。

30年前は、採用されるまでにいくつかパターンがありました。当時、プロ野球選手が引退後に球団から推薦されることが最も多くて、あとは一般公募や僕のようにスカウトされるパターン。とはいっても、「自分がスカウトされた」と知るのは後日なんですが。声をかけてもらってから審判部長と会って、東京で試験を受けました。同期は僕以外に2人いて、どちらも元プロ野球選手。当初はプロ出身者を3人採用するはずが1名断られてしまい、1枠空いたので僕にお声がかかったらしいです。いろんな偶然が重なって、合格してしまいました(笑)。

――スカウトされるということは、審判の素質があったと。

そのあたりも後から聞いたのですが、身長、体重、視力、性格が審判に向いていたみたいで、野球部出身であることはもちろん、実家がお寺だったこともあって、精神的に落ち着いているだろうと(笑)。

――メンタルの部分を重視されるんですね。

誤解を恐れずに言うと、審判員に求められるのは2割の技術論と8割の精神論。ミスジャッジのトラブルも多いので、落ち込んでしまう人には務まらない職業です。ミスを重ねて対処することによって覚えることが多く、だから100点満点の審判は過去からさかのぼって世界中を探してもいないわけです。ミスジャッジを繰り返すことによって監督から抗議されて、いろいろなことを覚えていく。「恥を晒して強くなる」が大前提の仕事だと思います。
○■「毎日トラブル起こしてるか?」の支え

――ベテランの方でも毎年キャンプに参加して、まずは目をピッチャーのスピードに慣らすそうですね。

ええ。だから新人の最初の頃なんてめちゃくちゃですよ(笑)。僕も当時はミスジャッジのトラブルを毎日起こしていて、「絶対に今日でやめよう」と決心する日々でした。最初は反省するんですけど、任された2軍の試合で同じことが繰り返し重なっていくと「もうやめたい」となってしまう。もちろん、逃げることも大切な選択肢で、仏教でもそのような教えはあるのですが、毎日それが頭をよぎっていましたね。「実家帰ればいいや。親父に頭を下げて、お寺を手伝わせてもらおう」と。そうやって思い悩んでいる間に、1年目はあっという間に過ぎていきました。

――それだけ苦しい状況に追い込まれて、なぜ耐えられたのでしょうか?

当時所属していたセ・リーグの事務局に、交通費の精算などの事務作業で月に数回行っていたのですが、事務局の方が「毎日トラブル起こしてるか?」「どのくらいミスした?」と明るく笑顔で聞いてくるわけです。一応、「いえ、間違ってません」と返すと、「じゃあ、良い審判になれないな」とよく言われました。間違えた数が良い審判の証しになるのだと知ったのは、かなり後です。そのような支えもあって、乗り越えられたんじゃないのかなと思います。

●大事なのは「間違いを間違いであると気づくことができるか」
○■AI審判の導入に賛成するワケ

――本の中ではAI審判についても書かれていました。導入の是非を問う声が日に日に大きくなっていますが、どのように思われますか?

僕は現役時代から導入に賛成なんです。おそらく、いかに現役の審判が試合をうまくコントロールしているのか、比較すると分かると思うんです。AIはルールに則ったストライクゾーンで正確に判定するので、そのまま導入するとあり得ない広さになってしまいます。高低差が広がり、左右のコースは狭くなって縦長の長方形型のストライクゾーンになる。

これまでのストライクゾーンには、アンパイアと選手の間で作り上げてきた“ルール外のゾーン”というものがあります。それが各国によって異なっていて、だから「アメリカは広い」とか「日本は狭い」とか国によって違いが生まれます。それだけ縦長になるゾーンを、果たして現役選手たち、そしてファンの方々は受け入れられるのか。導入して野球がどのように変わるのか、個人的には楽しみです。

――“ルール外のゾーン”も含めて「日本人選手たちが打てるゾーン」ということですか?

国によって体型も異なりますから、分かりやすく言うとそういうことになります。だから、明文化されているストライクゾーンを日本の野球では採用していない。野球のルールブックで、ルールとして唯一プロ野球に採用されていないのはストライクゾーンといっても過言ではありません。そのまま採用してしまうと、今の野球は成り立たなくなるはずです。

実は日本のプロ野球では、一度高めにゾーンを広げたことがあったんです。選手たちには長年、体で覚えたストライクゾーンというものがあって、それをボール1つ分高めに設定しなければならなくなると、1年経ってもほとんどの選手が対応できませんでした。見逃してストライクだったときに選手は「えっ!?」と驚くんですが、「あっ、忘れてました(笑)」と。そんな会話を何度もしました。
○■心に残っている教え「間違いは1球で止めておけ」

――選手との交流エピソードも書かれていましたが、中でも印象的だったのは城島健司選手の「おしゃべり戦術」。そんなにしゃべる方だったんですね(笑)。

もちろん話さないキャッチャーもいますが、接触の機会が最も多いポジションがキャッチャーでした。城島選手は特におしゃべりで、1回から9回までずーっとしゃべり続けています(笑)。4時間近い試合でもずっとしゃべってますから、本当にすごいです。ストライクゾーンのことはもちろん、野球に関する雑談が多い。雑談なので今となっては何を話していたのか覚えていませんが(笑)、ルールの確認など真面目な話ももちろんしていましたよ。そうやって審判を利用するのが非常に巧みな選手でした。

――選手や監督との接し方で、気をつけていたことはありますか?

親しくなりすぎない。そこはやっぱりジャッジにも影響してしまいますからね。一定の距離を保つことは心掛けていて、バランスよくやっていたつもりです。それは先輩からも教わっていたことで、例えばグラウンドで必要以上に会話をしていると怒られるんですよね。だから、審判側から話しかけることはありません。聞かれたら答える、受け身の姿勢に徹していました。

――そのほか心に残っている教えは。

「間違いは1球で止めておけ」。ギリギリストライクをボールと判定してしまった場合、審判員の中には2通りの考えがあります。最初にストライクをとったらそのコースを試合終了まで貫く人と、それは間違いと受け止めて次からはボールに修正する人。どちらが正しいというわけではなくて審判員としての考え方なのですが、私は後者。間違いは間違いとして反省して、すぐに修正するようにしていました。

――「間違うことが許されない仕事」では、その瞬時の判断はとても難しそうですね。

そうですね。まずは、「間違いを間違いであると気づくことができるか」というのも大事なポイントです。だから、前者の「最初のストライクを言い続ける」は結果的に間違いに気づいていないと評価をされることになります。もちろん、そこでの評価は給料にすぐに影響はしませんが、アンパイアはそういうところでも評価される仕事なので、日々シビアにやっていました。
○■“野球好き”では務まらない

――そもそも審判員はどのような評価制度なんですか?

1年契約なので1年間の査定表をもとに評価をされます。選手のように細かい数値による査定はなく、重視されるのは、トラブル処理ですね。例えば監督が抗議に来て、1分間で説得してベンチに戻らせると評価は上がる。プロの審判員で大事なのは正しい判定は当然なのですが、トラブルをいかに速やかに処理して試合を円滑に進められるか。これが1軍と2軍で評価される大きな違いだと思います。

トラブルは必ず起こります。信頼してくれている監督であれば1分程度で済むこともありますが、逆に信頼されていない監督だと長引いてしまう。とはいっても、ゴマをすってアンパイアから歩み寄ってしまうようなことがあると、審判としての役割を果たせなくなってしまいます。だから、審判が嫌われるのは仕事としてしょうがないこと。何事にも毅然と対応するというのが最も大事なんです。

――上司に呼び出されて、担当試合の映像を検証したこともあったそうですね。

場内放送で、ヤクルトのデントナ選手を、間違って中日のブランコ選手とアナウンスしてしまったときですね(笑)。私は間違いに気づいていなかったんですが、次の日に呼び出されて上司と一緒に映像を見て「何が間違いなんですか?」と聞いたら、「名前」と言われて「あー!」って(笑)。場内放送はあまり練習しないので、緊張するんですよね。できるだけゆっくりと、初めて野球を観る人にも伝わるような説明をするようにと言われていました。

――これから場内アナウンスも注目するようにします(笑)。リプレイ検証が可能なリクエスト制度が2018年シーズンから導入されましたが、審判員にとってどのような変化があったのでしょうか?

正直、審判員としては認めたくなかったのですが、即座に間違いを認めて正しいジャッジに変更することが可能な制度の導入は、致し方ないのかなと思います。審判員からすると“公開処刑”みたいなものですからね。球場のオーロラビジョンに大きく映し出されて、選手、監督、観客のみならず、テレビの視聴者からも厳しい目でチェックされるわけですから。

――ダルビッシュ有さんのツイート「野球の審判って無茶苦茶難しいのに叩かれることはあっても褒められることはほとんどないよなぁ」(2022年4月25日投稿)を思い出しました。それだけのプレッシャーとストレスの中で、29年間も続けられたのはなぜだと思いますか?

「好きなことを仕事にできた」ということが一番じゃないですかね。審判員として合格したあと、当時の指導員から「野球好きでは務まらない。野球が好きな人は無数にいる。野球を愛していないと続かない仕事」と言われたんです。山あり谷ありいろんなことがありましたが、引退して思うのは……野球を愛していたんだなって。ちょっと言葉にすると恥ずかしいんですけど(笑)。だから今、学生野球で審判をしていてもやりがいを感じることができているのかなと思います。「元プロ野球の審判員」として見られるから、本当は嫌なんですよ。当然、変なジャッジはできない。ある意味、プロのときよりも緊張感のある仕事ですが、今までの経験を生かして同じような気持ちで真剣に取り組んでいます。

●好きなことを仕事にする幸せ
○■完璧なジャッジができた試合は「あまり覚えていません」

――さきほど2軍の試合で辞めたくなったという話をされていましたが、1軍を担当するようになって以降はいかがでしたか?

同じですね。1軍に上がると、今度は怖さを知る。先輩には「その怖さを知ったら一人前だ」と言われていました。すぐにその恐怖が襲ってきて、毎日試合前には「雨降らないかなぁ……」と願っていました(笑)。だから、普通の人よりも天気予報には詳しいですよ(笑)。

――試合がないと心安らかな一日に(笑)。

そうなんです。次の日も試合はあるんですが、その日だけは心の負担がなくなる。その繰り返しの29年でした。

審判は勝敗に興味ありません。試合が終わって居酒屋でホッとしているとき、「今日はどっちが勝った?」とよく話題になります。誰がホームラン打ったのかも記憶が曖昧。試合が無事に終わるとホッとするので、記憶が飛ぶのでしょうね。トラブルがあったときは別ですが、完璧なジャッジができた試合はあまり覚えていません。あまり記憶がない試合の方が、審判としては良い試合だったということですね。

――先程は野球愛の話もありましたが、プロ野球審判員のやりがいとは?

なんでしょうか……難しいですね。球審でいえば特等席で、一流選手たちを見ることができるのも魅力の1つ。あとは本にも書きましたが、一流打者が打ったときの独特の“焦げた匂い”を感じることができるのも球審だけです。

これは引退後のやりがいなのかもしれないですが、今でもルールなどの問い合わせがあるんですよ。テレビ中継のディレクターから電話がかかってくることもあるのですが、「すみません、今もう布団に入ってます」「目をつぶっているので明日でもいいですか?」と返しています(笑)。寺を継いで朝型の生活リズムになったので、9時以降は寝ておりまして……。高校野球関連でも、「高校野球でこういうことがありました。映像をお送りしたので見てください」みたいな相談もあって、翌日でもよければ必ず答えるようにしています。

――野球の専門家ですね。

そうですね(笑)。現役時代を振り返ると、もうちょっと選手側もルールを理解してほしいという場面が結構ありました。何億円ももらっている選手に細かいルールを説明しているとき、ちょっと悲しくなりましたから(笑)。

――選手たちが細かい野球ルールを学ぶ機会は、あまりないんですかね。

たぶんないと思います。野球はルールをしっかり理解していなくても、億を稼ぐことができるスポーツですから。それだけ単純だから、競技人口が増えたともいえると思います。実は細かいルール変更は毎年行われているんですよ。せっかく覚えたことも忘れないといけないので、そういう作業も審判としては大変な作業でした。

――試合を円滑に進める上での変更点ですか?

そういうことです。日本の場合はプロ野球があって、社会人、大学、高校、中学とレベルが下がっていくんですけど、それぞれでルールの解釈が違うんですよ。大学野球の審判をしていて、そこのギャップに苦労しています。まだまだ修行中です。
○■「生真面目にはつらい仕事」を目指す人へ

――佐々木さんは2020年11月4日の西武対日ハム戦での塁審が、現役最後の試合となりました。その日のことは覚えていますか?

実は、翌日に(住職として)お葬式の予定が入っていたんです。だから、引退試合どころではなくて、「明日のお葬式をきちんと終えることができるのか」と気が気じゃなかった(笑)。

そんな状況でもあったのですが、29年の審判員生活を終えて……ホッとしたのが一番でしたかね。いろんなことがありましたが、良い審判生活だったので。自分から「辞めます」と言うことができた審判はそこまでいないんじゃないですかね。審判員は、契約更新をされなくて辞めるのがほとんど。一応、定年が55歳であと4年はできたのですが、まだ体が動く良い状態で辞めることができましたし、まだこれからいろんなことができるという喜びもありました。

――慰留されたそうですね。

そうですね。いろんな条件を出していただきました。それこそ「住職との二刀流はどうだ?」とか(笑)。とてもありがたかったのですが、私の中ではそれは違うなと。審判もそうですが、住職も中途半端な気持ちではできない仕事なので。

――本日は貴重なお話、ありがとうございました。最後に、これから審判員を目指す人、そしてプロ野球ファンに伝えたいことはありますか?

審判員は……生真面目な人にはつらい仕事です。おそらく、メンタルがかなりやられてしまうことでしょう。先輩や後輩で、精神的な負担に耐えられなくて辞めていく人をたくさん見てきました。そういう意味ではとても難しい仕事なのですが、達成感は言葉では表せないものがあります。日本シリーズが無事に終わったときには、「もう思い残すことはない」と思ったほど(笑)。

好きなことを続けていると、夢はいつか必ず叶う。僕はプロ野球選手にはなれなかったけど、プロ野球の世界に29年間も関わることができました。大学まで野球を続けてご縁があって審判になることができたのですが、大好きな野球を続けていないと当然なれなかった。そうして審判という職業に巡り合えて、好きなことを仕事にする幸せを引退した今でも強く感じています。趣味と仕事は別という人もいますが、僕は逆だと思っていて。趣味を仕事にできる幸せは、何物にも代えがたい。そう思います。

■プロフィール
佐々木昌信
1969年8月6日生まれ。群馬県出身。館林高校-大谷大学。大谷大では外野手として活躍し、3年秋の京滋大学野球リーグでベストナインを受賞。大学卒業後、1992年からセントラル・リーグの審判員となり、1995年の阪神タイガース対広島東洋カープで三塁塁審として1軍デビュー。通算2,414試合に出場し、球宴4回、日本シリーズ6回。実家の寺を継ぐため、2020年シーズンをもって引退し、住職を務める傍ら2021年からは東都大学野球審判員としても活動している。

水崎泰臣

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