55年の時を経て初DVD化...映画「首」が描く恐ろし過ぎる事件の深層 「首だけ持ってくれば、わかるんじゃないですか」

55年の時を経て初DVD化...映画「首」が描く恐ろし過ぎる事件の深層 「首だけ持ってくれば、わかるんじゃないですか」

  • デイリー新潮
  • 更新日:2023/09/19

首なし事件の系譜

札幌ススキノの“首なし事件”は、犯行におよんだ女性とその両親の一家3人が逮捕される異様な展開となっている。8月28日には、刑事責任能力の有無を判断するための鑑定留置が決定した。

No image

DVD『首』(発売:東宝)/モノクロ100分/9月20日発売/(C)1969 TOHO CO.,LTD

【写真】事件について書かれた書籍

「確かに衝撃的な事件でした。しかし、犯罪史上、バラバラ殺人も含めた“首なし事件”は何度も発生しており、枚挙に暇がありません」

と解説するのは、古手の元週刊誌記者である。

「1932(昭和7)年、名古屋で発生した女性の首なし事件は、あまりの陰惨さに、江戸川乱歩の小説になぞらえて“陰獣事件”と呼ばれました。同年には玉の井(現在の墨田区東向島にあった歓楽街)で男性の首なし切断遺体が発見され、これが“バラバラ殺人”なる名称が定着するきっかけとなっています。1965(昭和40)年にはオランダ・アムステルダムで日本人駐在員の首なしバラバラ遺体が発見されました。これを小説化したのが、松本清張の『アムステルダム運河殺人事件』です。そのほか、1997(平成9) 年の神戸連続児童殺傷事件、2017(平成29)年の座間9人連続殺人事件でも頭部が切断され、日本中が震撼したのは記憶に新しいところでしょう」

かように“首なし事件”は頻繁に発生しており、実はそう珍しい事件ではないのだという。しかし、いったいなぜ、犯人は“首”を切断するのだろうか。

「事件ごとに犯行原因や犯人の精神状態などに違いがあるので、一概に述べることはできません。しかし以前に犯罪学者に取材したら、犯人は異様な興奮状態にあるため、顔のある“首”こそが人間の最大の特徴であり、その首さえ切り落としてしまえば、存在自体もなくなったことになる――そう思いこんでしまうらしいのです」

戦国時代には、敵将の首をとってきて、知己に見せ、当人の首であるかどうかを確認させる“首実検”がさかんにおこなわれてきた。歌舞伎・文楽の「盛綱陣屋」や「熊谷陣屋」「寺子屋」などは、その首実検をめぐるドラマティックな名作として、いまでも上演されている。

「しかし、日本でこの種の事件といえば、なんといっても1944(昭和19)年に発生した、“首なし事件”でしょう。しかも弁護士が冤罪を証明するために、墓を掘り返して遺体から首を切断したというのですから、別の意味の異様さで、長く語られることになりました」

実はこの事件が、1968(昭和43)年に、そのものズバリ「首」と題して映画化されている。小林桂樹主演、橋本忍脚本、森谷司郎監督という、堂々たる布陣の東宝映画である。

実際の事件を忠実に映画化

「この映画は、旧作邦画マニアの間では、いろんな意味でカルト的な人気を誇る怪作なんです。11月には北野武監督の『首』も公開されますが、ぜひこちらの『首』も忘れないでほしいですね」

と興奮気味に語るのは、さる映画ジャーナリストである。

「1968年の『首』は、いままでソフト化されておらず、名画座での特集上映の際にしか見られない、プチまぼろし作品でした。それがついに、9月20日にDVD化されて一般発売されるんです」

いったいどういう映画なのか。上述のように、これは実在事件がモデルである。しかも、かなり実話に忠実に映画化されている。

事件の主役は、弁護士の正木ひろし氏(1896~1975)。戦時中から軍国主義批判を貫きつづけた反骨の人だ。戦後も多くの冤罪事件にかかわってきた。特に三鷹事件、八海事件、チャタレー事件といった歴史に残る事件を多く手がけている。文筆家としても知られ、1937(昭和12)年から刊行をはじめた個人月刊誌『近きより』は、没後に旺文社文庫版にまとめられ、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。

その正木氏自身が、いくつかの著書で、問題の首なし事件について書いている。特に、『弁護士 私の人生を変えた首なし事件』(1964年刊/改定版『首なし事件の記録 挑戦する弁護士』1973年刊、講談社現代新書)が、ほぼ映画の原作といってもいい内容なので、本書をもとに事件の概要を紹介しよう(本書中ではすべて実名)。

1944(昭和19)年1月、正木ひろし弁護士のもとへ、茨城県長倉村(現・常陸大宮市)の炭鉱の女性鉱主S女史が相談にくる。福島から出稼ぎに来ていた炭鉱労働者Oが、花札賭博の容疑でほか3人とともに逮捕された。ところがOは2日後に脳溢血をおこして留置場で死亡したという。

遺体を引きとったS女史は、死因に不信を抱いた。一緒に逮捕された者のなかには《さるまた一つの裸にされて、二、三十分間正座させられたものや、傷がつかないように皮で包んだ棒でなぐられたものもあった》(正木氏著書より、以下同)というのだ。

正木弁護士は、さっそく検事に話を聞きに行くが、どうも様子がおかしい。何かを隠している気配がある。もしや拷問では……?

《戦前つまり旧憲法時代の刑事裁判では、被疑者の自白さえあればその他はつけ足しに過ぎませんでした。したがってその自白をえるために、警官による拷問がつねに行なわれました。それはむしろ必要悪として、検察側ばかりでなく、裁判官も、いや、弁護人さえも黙認しているのが常識でした。そして、拷問のことにふれるのは、絶対のタブーだったのです》

正木弁護士が関係各所に問い合わせをはじめると、Oの遺体は、突然、司法解剖される。それも、仮埋葬されている寺の墓地で、夕刻に《棺を掘り出し、周囲を幕で囲み、炭坑用のカンテラ二個をつけて、戸外の小雨の中で執刀》された。あまりに性急で奇妙な司法解剖だ。結果は、やはり脳溢血だという。

この解剖に、Oの実弟だけが同席を許された。彼は《頭蓋骨が切り開かれるのを見たが、内部は血液が一杯つまっていてまっかであった。》《背中に、棒でなぐったような赤い筋があった。A医師に聞くと、「脳溢血のときは、肩から赤くなるものだ」と答えた》などと証言する。

知人の医師に聞くと《「頭蓋骨の中から多量の血液が出たということは、脳溢血による死亡ではなく、手でなぐられたような気がする。」》という。

正木弁護士は、帝国弁護士協会に正式鑑定の陳情書を出そうとしていたが、もう時間がない。遺体が腐敗してしまう。そこで東大の解剖学教室へ相談に行くと、比較解剖学の西成甫〔にし・せいほ〕教授がこう言った。

《「首だけ持ってくれば、脳溢血かどうか、わかるんじゃないですか」》

しかし、遺体から首を切断するのは、そう簡単ではないといわれている。すると教授は、

《「大学には、慣れた人がいますから、紹介してあげてもよろしいですよ。」》

かくして正木弁護士は、翌朝、鉱主S女史と、“首切りに慣れている”という解剖学教室の職員N氏とともに、上野から列車に乗り、茨城の墓地へと向かうのであった。

秀逸な俳優、スタッフ、製作陣が結集した作品

ここから先は、ぜひ映画でご覧いただきたい。結果として正木弁護士は墓を掘り返して首を東大の法医学教室に持ち込むことに成功する。そして古畑種基博士によって、《脳ニハ脳溢血ノ証跡ナシ/外力ニヨッテ惹起セラレタリト認ムベキ異常ヲ存ス/右異常ハ致命的タリ得ルモノトス》と鑑定されるのだ。

「この映画には、いくつかの重要な見どころがあります」

先の映画ジャーナリストに、ネタバレにならない範囲で解説してもらった。

「まず、正木弁護士を演じた名優、小林桂樹(1923~2010)の怪演です。一般には『裸の大将』や『江分利満氏の優雅な生活』などの誠実で軽妙洒脱な演技が有名ですが、常軌を逸しかけたエキセントリックな役を演じると、驚異的な芝居をするんです。本作でも次第に首の入手に取りつかれ、「死骸が叫んでいるんだ! 早く首を切ってくれと!」なんて口走る始末です。しかもすさまじい“顔芸”。近年、TVの『半沢直樹』で、香川照之や市川猿之助の顔芸がすごいと評判になりましたが、この小林桂樹に比べたら、足もとにもおよびませんね」

ほかの役者も見事な適材適所だという。

「冷静な鉱主・南風洋子、非協力的な検事・神山繁、早々に脳溢血と診断する医師・大滝秀治……しかし何といっても見逃せないのは、“首切りに慣れている”東大解剖学教室の職員を演じた大久保正信(1922~1987)でしょう。『七人の侍』や『赤ひげ』といった黒澤明作品によくワンシーン出演していた東宝の大部屋俳優です。彼が小林桂樹とともに墓地へ乗り込み、雪の吹きすさぶ中、墓を掘り返して首を切断するのですが、その前後の様子はぜひ映画でじっくりご覧になってください。小林桂樹を食っています。彼は後年、声優の仕事が多くなったので、銀幕での印象はあまり強くありません。しかしかつての日本映画界は、こういう名脇役たちに支えられていたことがよくわかります」

そして、この映画の最大の見どころは……

「『羅生門』『七人の侍』や『砂の器』で知られる橋本忍の脚本です。冤罪や官憲の拷問を告発する映画でありながら、ちゃんとサスペンスになっている。官憲の妨害をくぐり抜け、いかにして首を手に入れ、怪しまれずに東京まで持ち帰って鑑定に持ち込むかをストーリーの核にしたところが見事です。特に、首の入ったバケツを抱えて上野行きの列車に乗り込むシーン。乗客が妙な臭いに気づき、警官が『中身は何だ?』と詰問する。ここをどう切り抜けるか。ここは橋本忍ならではの仕掛けで、見どころの一つです」

そして、本作が“カルト的な人気を誇る怪作”と呼ばれるもうひとつの理由は……

「橋本忍は、個性的なキャラクターを書くと、時折、驚くほど極端な人物造形になるんです。この弁護士が典型で、クライマックスでは官憲の拷問を告発するシーンが続くのですが、ここはもう、ほとんどホラー映画です。後年、自身が脚本・監督をつとめた『幻の湖』(1982年)というウルトラ級の怪作が誕生しますが、すでにその萌芽が感じられます。このあたりが、見事なサスペンスであると同時に、不思議なカルト的味わいを醸し出しているのです」

ちなみに、この『首』の主要スタッフが5年後に再結集して作られた映画が、大ヒット作『日本沈没』(1973年)である。製作・田中友幸、脚本・橋本忍、音楽・佐藤勝、監督・森谷司郎……そして、小林桂樹が演じた田所博士は、正木弁護士役をそのまま再現したような、凄絶な“顔芸”名演であった。『首』は『日本沈没』の原点でもあったのだ。

正木弁護士の首なし事件は、最終的に拷問した警官が有罪になるまで11年余を要している。その間、正木本人が、墳墓発掘、死体損壊罪などで逆告発されかけたりもした。札幌ススキノの首なし事件も、鑑定留置に半年ほどかかるという。映画でも実在事件でも、首が真実を語ってくれるまでには、長い時間がかかるのである。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

新潮社

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加