人生100年時代。「人生最後の職場を探そう」と、シニア転職に挑む50、60代が増えている。しかし、支援の現場ではシニア転職の成功事例だけでなく、失敗事例も目にする。シニア専門転職支援会社「シニアジョブ」代表の中島康恵氏が、今回はシニアビジネスによくある“誤解”を紹介する。
少子高齢化が急速に進み、世の中も大きく変化しているが、シニアも10年前とはまるで違う。特にシニアを対象にしたウェブサービスを展開する場合、「高齢者はウェブに弱い」と思っていると、大失敗をすることがある。

「シニアジョブ」代表の中島康恵氏
◆いまだに「シニアはネットが苦手」と思っている人は多い
高齢化が進む中、シニア世代をターゲットとしたビジネスが増えているが、先入観で進めると、とんでもない間違いや失敗が待っている。
私はシニア專門のお仕事紹介サービスを提供しているが、よく「シニア求職者はどんな媒体で集めるのですか? 高齢の方だとインターネットは使わないですよね?」と聞かれる。残念ながら、完全に間違いだ。
いったいいつの時代の話だろうか? 総務省の「通信利用動向調査」でも令和4年(2022年)調査では、70〜79歳の65.5%がインターネット利用者で、60代では86.8%と9割に迫る。80代以上ですら33.2%が利用している。つまり、シニア求職者も普通にインターネットから求人検索ができる。
いまだにこうした「シニアはインターネットを使わない」という誤解が蔓延しているのだから、「シニアにとって使いやすいサービス」にも様々な誤解があるのは当然だ。私自身も実際の反応を確認しながら改善を続けている。先入観をもとにした仮説だけでは、急速に変化するシニアマーケットに対応できない。
今回は、そんなシニア向けのサービスやUI(ユーザーインターフェース)での、多くの人が気づいていない落とし穴や成功ポイントを、私が実際にシニア專門の求人メディアを運営する中で得た知見をもとに解説する。
◆大きい文字にしてもあまり意味がない?
シニアUIの話でよく話題に出るのが、文字(フォント)の大きさだ。「大きいほうがいいですよね?」とか、私たちの運営サービスにも「もっと大きくしたほうがいいですよ」などと声をかけてくる人は多い。
私も大きい文字は試した。だが、ある程度の大きさ以上は良い成果につながらなくなり、むしろ徐々に成果が悪くなった。考えてみれば当然だ。スマホでもPCでも拡大することは難しくない。自分で拡大できない本などの紙やテレビの画面の時代ではない。
もちろん、デザイン全体でのわかりやすさ、視認性のよさは必要だし、小さすぎる文字は論外だ。しかし、すべての文字を大きくする必要はほとんどない。
◆丁寧なチュートリアルがあっても効果がない?

写真はイメージです
次によくある間違いは、丁寧なチュートリアルやマニュアルを作って、事前に操作ややり方を知ってもらうことだ。しかし、結局、見られず・読まれずムダになり、あなたは「なんでちゃんと見てくれないんだ!」とストレスを溜めるだけだろう。
もちろん「見て」とお願いしているものを読み飛ばして進めてしまう側も悪い。だが、若い人でも以前やったことがある・使ったことがあるサービスやゲームのチュートリアルは不要に感じるはず。それと同じで、様々な経験をしてきたシニアにとって、チュートリアルは退屈なものとなりやすく、ちゃんと見ない・見ても記憶に残らないといったケースが続出する。
チュートリアルやマニュアルが不要ということでは決してないが、「わからなくなった時点で見てもらうもの」程度に考えるべきだろう。
◆間違えにくさよりも復帰しやすさ?
シニア向けのサービスを改善していく時、間違いやすい箇所を徹底的に潰して、どんどんシンプルなものにしていく人がいる。分岐を減らして、進むフローを1本道にし、ミスがあると先に進めなくして強制的に間違いをなくす。だがこれも正解ではない。
間違えにくく、使う人にやさしい設計はもちろん大切だ。しかし、それでも間違える時は間違える。それに、ウェブサイトやアプリの中だけの間違いならば、使いやすいデザインや選択肢のみで改善できるが、スマホやPCの操作を誤った場合や、いったんウェブサイトやアプリを離れた場合は、デザインや選択肢ではどうしようもない。また、あまりに自由度のないサービスの設計は、かえって利用者の離脱を招いてしまう。
シニア向けのサービスでは特に、ある程度の間違いが発生することを想定に入れ、なるべく早く間違いに気づく、そして間違いからの復帰がしやすい設計にすることが必要だ。
◆どんなに快適なサービスも“結果”に繋がらなければダメ
ただ、これまで挙げたものとは異なり、一般的なイメージがそのままシニアにとって適切な場合もある。例えば、ウェブページはなるべく簡潔で短いほうがよいといったことや、1回に操作する分量や時間が短いほうがよいといったことなどだ。
さて、主にシニアに適したUIと、そこでの先入観による落とし穴についてご紹介したが、UIとセットで語られるものにUX(ユーザーエクスペリエンス、ユーザー体験)がある。シニア向けのUXにも、上記で挙げたUIとは別に、他の世代と異なる特徴はあるのだろうか?
実は今のところ、私たちが把握しているシニアに適したUXは、スムーズにストレスなく求人メディアの登録ができた、経歴の入力ができたなど、上記のUIに関連・共通したものが多い。お仕事紹介サービスの場合、内定獲得や就業が、求めている最大最良の体験のため、その途中にどんな良質な体験があっても就業に結びつかなければ満足感を得られないからだ。
いずれにせよ、シニアを対象にしたビジネスにおいて、過去のシニアのイメージでできない・やらないと決めつけてしまうと、今のシニアの変化に合わせられず、手痛いダメージを負うだろう。今の子どもは自分たちが子どもの頃とは違うように、今のシニアも祖父母や両親のイメージとはまるで違っているので、先入観を捨てて改善を続けなければならない。
【中島康恵】
50代以上のシニアに特化した転職支援を提供する「シニアジョブ」代表取締役。大学在学中に仲間を募り、シニアジョブの前身となる会社を設立。2014年8月、シニアジョブ設立。当初はIT会社を設立したが、シニア転職の難しさを目の当たりにし、シニアの支援をライフワークとすることを誓う。シニアの転職・キャリアプラン、シニア採用等のテーマで連載・寄稿中