何事にも熱しにくく冷めやすい。そんな僕がギターを始めたきっかけは.../片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

何事にも熱しにくく冷めやすい。そんな僕がギターを始めたきっかけは.../片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

  • ダ・ヴィンチWeb
  • 更新日:2022/06/23

あなたは、身近にいる人との縁や繋がりのきっかけを考えたことはありますか?

今回ご紹介する書籍は、人気バンドsumikaの片岡健太さんと、彼と関わる人々との記録を綴った人間賛歌エッセイ『凡者の合奏』。

多くの絶望や数々の挫折を経験してきたなかでも、それ以上に人との関わりに救われた片岡さん。

「さまざまな人にとっての“sumika(住処)"のような場所になって欲しい」バンド名の由来にもあるように、sumikaの音楽はとにかく優しく、人への愛にあふれている。

彼が織り成す、そっと背中を押してくれるような優しい言葉の源とは――?

「特別な才能があるわけじゃない」「1人では何もできない」「昔も今も常にあがいている」、凡者・片岡健太さんのすべてをさらけ出した一冊。オール本人書き下ろしに加えて、故郷の川崎市や思い出の地を巡った撮り下ろし写真も多数収録。また、『凡者の合奏』未収録写真を、ダ・ヴィンチWebにて特別公開いたします!

子どもの頃、テレビで観たロックバンドからギターに興味を抱く。幼いころから何事にも熱しにくく冷めやすかった僕が、ようやく見つけた熱を父は見逃さず、ギターを教えてくれるようになった。初めは希望に満ち溢れていたが…。

※本作品は片岡健太著の書籍『凡者の合奏』から一部抜粋・編集しました

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『凡者の合奏』(片岡健太/KADOKAWA)

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写真=ヤオタケシ

ライブインマイハウス

子どもの頃、音楽番組を観ていたときにロックバンドのボーカリストが搔き鳴らしていた、光り輝く物体に僕は興味を抱いた。

「アレ、かっこいいね。僕も弾いてみたい」「アレ、お父さんも弾けるぞ」

そんな父と子の会話のキャッチボールを経て、その数日後には父親が新品のギターケースを抱えて帰ってきた。居間で開封の儀を行った際に、最初の衝撃が走った。

僕が興味を抱いたのはいわゆるエレキギターであり、父が意気揚々と買ってきたのはアコースティックギターだったのだ。テレビで目にした夢のアイテムとのギャップにやられている僕に追い討ちをかけるように、父が懐かしそうにポロンポロンとギターを演奏しはじめた。

僕が憧れたギターの擬音は「ギャーン」一択だったが、ポロンポロンと嬉しそうに奏ではじめた父に対して「父上、僕が所望していたのはこのような虚しい音がするものではなく、真っ赤なエレキギターなのです」と言い出すことはできなかった。そうこうしているうちに、父は音叉を使ってチューニングを施し、ピックを何枚か試し弾きをした後に突然「好きだよと言えずに初恋は〜」と歌いはじめた。

これは本日、ふたつ目の衝撃だった。その姿は率直に言って、イケていたのだ。見惚れていると、父はさまざまな曲を弾き語りで歌ってくれた。コードチェンジの合間に、「ガスッ」という打楽器のような音を交えて演奏するのも、洒落ていた。

数曲聴いた中でも、最も僕の琴線に触れたのは、やはり最初に聴いた「好きだよと言えずに初恋は〜」からサビが展開される、村下孝蔵さんの『初恋』だった。当時流行していたポップスのメロディーとは異質の、終始マイナー調なその楽曲から伝わってくる印象は、寝落ちする寸前の独特な浮遊感に似ていた。

開封の儀からひと繫ぎで開催された父のライブは、その日から定期的に我が家の居間で開催されることになった。年頃の姉2人は半身でそれを聞き流し、母親は晩酌でできあがっているために半寝状態。

毎曲の合間に姉から発せられる「ねーテレビつけていい?」という発言にもめげず、父は歌い続けた。客は4人なのだが、フロアの心は2・5人分しかないという、ライブでお目当てのアーティスト以外の演者を見ているときの、通称〝地蔵〟と呼ばれるような空気感。それでも、僕の心はあの浮遊感の中で毎晩高鳴った。

僕は幼い頃から、何事にも熱しにくく冷めやすい子どもだったので、ようやく見つけた熱を父親は見逃さず、僕にギターを教えてくれるようになった。

まずは一般的にローコードと呼ばれる、初心者が最初に覚えるべきコードの練習を行った。ドレミのドの和音であるCメジャーコードから覚えていくのがセオリーなのだが、「まずは弾いてみたい曲のコードから練習しよう」という父の提案により、『初恋』のサビ頭に弾くAマイナーコードから練習することにした。

メジャーとマイナーの和音に関してざっくり説明すると、メジャーは明るい響きを持っていて、マイナーは暗い響きを持っている。

僕は「最初に弾いたコードはAマイナーです」と答えるギタリストに出会ったことがない。初めの一歩にしては暗すぎるのだ。幸先もなんだか良くない気がする。毎晩、我が家の居間で鳴り響くAマイナー。エビフライを食べてAマイナー。『ドラえもん』を見てAマイナー。一日の終わりにAマイナーを弾くと、それまでどれだけ楽しげなことをしていても、Aマイナーな感じで終わる。当然、姉や母からは「辛気臭いからやめろ」だの「早くミスチル弾いて」だの、心ない言葉を浴びせられた。

そんな片岡家にも新しい風が吹く。Gメジャーコードの訪れである。

『初恋』の2コード目にあたるこのコードは、メジャーという読んで字のごとく明るい感じになる。やんや言っていた姉たちも「あ、なんかギター弾けているっぽいね!」と掌を返してきた。しめしめ。実際Aマイナーと、Gメジャーを弾けるようになるまでに、大して時間はかからなかった。この調子だと父のレベルまで、ギュンと追いつけてしまう。自分はひょっとして天才なのではないかという希望に満ちていた。成長著しい生徒の僕に向けて、父は「いい調子だな。でもギターはここからだぞ」と言い放って、次のコードの説明を始めた。

人差し指でギターの弦6本をすべて押さえて、中指、薬指、小指も総動員させて型を作り、一気に音を鳴らすと父は「これがFメジャーコードだ」と言った。カレー→ラーメン→アクアパッツァぐらいの難易度の急上昇に一瞬たじろいだが、やっと見つけた熱に向かって、僕は真っ向から勝負を挑んでみた。結果は惨敗。てんで音が鳴らない。僕の人差し指が6本の弦をすべて押さえることすらままならないので、「ガスッ」という音しか鳴らない。

これが俗に言う〝Fの壁〟というやつである。多くのギター初心者たちが、人差し指で6弦すべてを押さえるバレーコードという型を使ったFの壁に当たり、砕け散ってきた歴史がある。そんな歴史をまだ知らない当時の僕は「やっぱり自分には才能ないんだ」と落ち込み、自身の熱しにくく冷めやすい性格も相まって、ギターを弾くことから遠ざかってしまった。

僕がギターを弾かなくなってからも、しばらく父のライブは続いた。僕も姉や母のように地蔵化しかけていた頃、唐突に父が「今度親戚の結婚式で一緒にライブやらないか?」という提案を持ちかけてきた。モチベーションが下がっているメンバーに対して、ライブで一発奮起させようというアイディアは悪くないだろう。

ギターを欲するきっかけになった音楽番組で、ボーカリストが「今度はライブで会おうぜ!」と言ったのを覚えていたので「ライブ」という響きに対しての憧れが、僕にはまだギリギリ残っていた。

しかし、バレーコードは依然として弾けないままだったので、簡単に弾けそうなローコードが多く出てくる、井上陽水さんの楽曲を父親がチョイスし、その練習に励むことにした。CメジャーやDメジャーなどの、ローコードは練習すればすぐに弾けたが、やはりFコードのようなバレーコードはまったく弾けなかった。

頻度は少ないものの、曲の大事な場面でFコードは出てくるので、父は「健太は全部のローコードだけ弾いて、Fコードと歌はお父さんに任せろ」と言った。つまり、弾けるところだけ弾いて、弾けないところはお休みするということだ。数日後に迫っていたライブまでの残り時間を考えると、それが最善策だと僕も思った。

ダ・ヴィンチWeb

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