山中先生に新型コロナウイルスとどう戦えばよいか聞いてみた

山中先生に新型コロナウイルスとどう戦えばよいか聞いてみた

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/01/15
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この新型コロナウイルスは何者なのか? その謎に迫るためNHKスペシャル取材班はいくつもの科学論文を読み解き、世界トップの研究者たちにインタビューを重ねてきた。その成果から生まれた番組がNHKスペシャル「人体vsウイルス~驚異の免疫ネットワーク~」(2020年7月4日放送)だ。番組内容がこの度書籍化され、『たたかう免疫 人体vsウイルス真の主役』として刊行された。本書から山中伸弥教授の特別インタビューを公開する。聞き手は番組チーフ・プロデューサーの浅井健博氏だ。*本稿は2020年10月に行われたインタビューによるものです。

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早くから積極的に警鐘を鳴らす

――山中さんは、日本で新型コロナウイルスの感染者がまだほとんど報告されていないころから、積極的に警鐘を鳴らしてこられました。2020年3月には「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」というホームページも開設された。危機感をお持ちになったきっかけは何だったんですか?

最初から心配していたわけではありません。2月上旬、サンフランシスコで友人のウイルス学者の講演を聴く機会がありました。その講演の締めくくりで、彼がこう言ったんです。新型コロナに注意する必要があるが、もっと心配なのはインフルエンザウイルスである、と。

――たしかにアメリカでは毎年数万人がインフルエンザで亡くなっていますね。

2020年の2月には、前年10月以降の死者が1万人を超えていました。それに比べれば、当時は新型コロナの感染で亡くなった人はそれほど多くなかったのです。だから彼は新型コロナについて注意すべきだが、恐れる必要はないというメッセージを発したわけです。

――しかし、現時点でアメリカだけで、新型コロナでの死者が25万人を超える事態に及びました。

科学者でさえ1ヵ月後が予想できないウイルス

世界トップクラスのウイルス学者でも、当時はこの事態を予想できなかったわけです。私ももちろん、まさかこんなことになるとは思いませんでした。しかし、帰国して、2月後半ごろから、新型コロナに関する論文を読むうちに、これは大変なことになると危機感を持ちました。これから年単位の長期的な対策が必要になることが、専門外の私にもわかった。ところが、周囲を見ると、1ヵ月か2ヵ月我慢すればいい、インフルエンザに比べればたいしたことがないという意見が大勢を占めていた。世間の雰囲気と、自分の危機感のギャップを感じて、居ても立ってもいられず、ホームページを立ち上げて、発信しはじめたんです。

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写真提供/NHK

――今ではマスクの着用が、各国で推奨されていますが、6月に入るまで世界保健機関(WHO)も、症状のない人がマスクをすることは推奨しないと言っていましたね。

先に触れた友人のウイルス学者も2月の講演で、医療用のN95と呼ばれるマスク以外、通常のマスクはフィルターの網目の大きさがウイルスよりも大きいから、感染を防ぐ効果は期待できないと言っていました。マスクの効果については多くの科学者が、誤った見解を持ち、人々をミスリードしました。今でも、この感染症が今後どうなるのか予想ができません。1ヵ月後どころか、1週間後の感染者がどれくらい増減するのかもわからない。

――新型コロナウイルスの感染予想をするのはなぜ難しいんですか?

その一因は、人の行動がかかわることだと思います。ウイルスの振る舞いだけで将来が決まるのであれば、ウイルスの遺伝子を解析するなどすれば、かなり正確に将来を予想できるでしょう。しかし、感染症の将来は、ウイルスと人の相互関係で決まります。人は移動し、ほかの人と会い、コミュニケーションをとります。どれだけ移動するかも、何人と会うかも、それこそ人それぞれ。人の行動を予想することは難しく、したがって人を介して感染するウイルスの広がりも予測するのが難しいのです。

――欧米に比べれば、日本の感染者や重症化する人の割合はこれまで低く抑えられてきました。山中さんはその要因を「ファクターX」と名づけ、ファクターXを解明することで、感染拡大や重症化の抑制につなげようと呼びかけられました。今、ファクターXについてどんなことがわかっていますか?

ファクターXはひとつではなく、複数であるのは間違いないでしょう。そのひとつは、マスクの習慣だと思います。また挨拶ひとつとっても、人と人との密着の度合いは地域によってかなり違います。ほかにも、人種間の遺伝的背景の違いや、本書で詳しく触れられていますが、普通の風邪のコロナウイルスが何度か流行している地域とそうでない地域など、新型コロナ流行以前の別の感染症流行の地域差がかかわっている可能性もあります。今、精力的に研究されているところですが、十分に解明できたとはまだ言えません。ファクターXがあるから安心できるという状況ではないのです。

免疫が治療薬やワクチンの要

――一方で、治療法についてはかなり進展しましたね。

臨床の先生方が、医療現場の最前線で経験を積まれて、どんな薬をいつ使えばいいか、かなりわかってきました。レムデシビル、デキサメタゾン、あるいはヘパリンなどを必要に応じて用いることで、重症化したり、亡くなられたりする例は、以前に比べれば減ってきたと思います。

――ワクチンについても、米ファイザーや米モデルナによる新しいタイプのものが、数万人規模の臨床試験で90%以上もの有効性を示したと報告されました。いよいよ接種ということになりますが、一方で、これまでのワクチンは、数年から十年にわたる長い年月をかけて開発し臨床試験を行ってきたのに比べ、安全性の面で懸念があります。

今回のワクチン開発のスピードは、人類史上最速です。これほどの速さで開発できたのは、従来のワクチンの作製法とはまったく異なる遺伝子組み換え技術を使ったからだと考えられます。しかし、この種のワクチンは人間に用いられたことがほとんどありません。今回は億単位での接種が想定されますが、仮に10万人に1人の割合で重い副反応が出るとすると、その絶対数はかなり大きくなる。ワクチンが使用できるようになったとしても、副反応にどう対処していくか、いつ誰が接種するのかに関する議論が重要になるでしょう。

――新型コロナの症状は実に複雑です。初期のころから味覚障害や嗅覚障害が回復後も続くと言われていました。それだけでなく、倦怠感や、脳卒中、目の充血など、今では100以上の奇妙な症状が報告されています。

私たちはまだこのウイルスの一部しか理解していない

全身さまざまな臓器に後遺症が残ることがわかってきていますが、よく見られる後遺症のひとつは、脱毛です。しかし、なぜ脱毛が起こるのかはまだはっきりしていません。これまで新型コロナとはあまり関係がないと思われていた分野、脱毛であれば皮膚科のような分野でも、新型コロナの研究は進んでいくでしょう。私たちはまだこのウイルスのごく一部しか理解していないのです。半年前よりは今は理解が進んでいますが、決して全貌を理解したわけではない。動物実験ではわからないこともあるので、すでに感染して治った方々、後遺症で苦しんでおられる方々にご協力いただいて、多角的な研究を進めていく必要があります。

――本書のベースになっているNHKスペシャル「人体VSウイルス~驚異の免疫ネットワーク~」は、令和2年度文化庁芸術祭参加作品となりました。ウイルスと生命の攻防の歴史をたどりながら、免疫の精妙な仕組みに焦点を当てたのも評価されたポイントのひとつです。番組では、最新の知見を踏まえて、免疫がウイルスにどう対抗するのか詳しく解説しました。ただ、免疫はウイルスだけでなく、さまざまな病気にかかわりを持っていて、実に奥深いですね。

近年注目されているのは、がんに対する免疫です。2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶佑(ほんじょ・たすく)先生らが発見された免疫チェックポイント阻害因子は、免疫のブレーキを踏んで攻撃を回避するがんに対して、あらかじめブレーキを踏めないようにして、免疫にがんを攻撃させるような働きを持っています。この発見をきっかけに、免疫療法は大きな脚光を浴びました。

――免疫の仕組みを利用して治療に生かそうという研究で、山中さんが世界で初めて開発に成功した、体のさまざまな種類の細胞に変化する万能細胞であるiPS細胞が役立っているそうですね。

感染で何が起きるか調べる上でiPS細胞は有用

iPS細胞から、がんを攻撃する特別なキラーT細胞を作り、がん患者さんに移植することを目指した研究が進められています。同様の手法で、新型コロナに感染した細胞を攻撃するキラーT細胞を作り、移植しようという試みが始まっています。すぐに治療に応用できるわけではありませんが、数年にわたってこのウイルスとつきあうことを考えると、将来的な治療のオプションとして有効ではないかと考えています。

――免疫学分野で世界的に著名なイエール大学教授の岩崎明子さんを取材したところ、iPS細胞から脳の組織を作り、新型コロナが神経細胞に感染するのかどうかを調べていると聞きました。新型コロナに感染すると、脳と体の物質のやりとりをコントロールしている部分の神経細胞が、ダメージを受けているケースがあると報告されています。

iPS細胞を使えば、脳や肺、あるいは心筋細胞など、新型コロナが直接的に、もしくは間接的に影響を及ぼすと考えられる組織を作り出せます。また、すでに感染して、いろんな症状を示した人たちからiPS細胞を作って、実際に起こった症状に近い状態を再現するような実験材料も提供することができる。その点で、新型コロナに感染すると細胞レベル、組織レベルで何が起こるのかを調べる上で、iPS細胞は有用なツールになると考えています。私たちの研究所でも研究をすでに進めているところです。

――私たちは番組制作を通じて、たくさんの研究者たちを取材してきましたが、彼らの熱意には凄まじいものがあります。その熱意は、なんとかこの危機を乗り越えようとする使命感から生まれているのだと思いますが、未知の研究対象に対する知的好奇心も彼らを突き動かす原動力になっているようです。新型コロナとの戦いがこれからも長く続くとすれば、研究者のみなさんの前向きな気持ち、熱意がますます重要になってくると思います。

パンデミックを「正しく恐れる」

――2020年7月、「人体vsウイルス」のスタジオ収録で、山中さんは最後に「科学はもっと謙虚にならなければならない」とおっしゃいました。今改めて、科学のあり方についてどうお感じになっていますか?

今でも科学は謙虚であらねばならないと考えています。今回の新型コロナの流行は、決して最後のパンデミックにはならないでしょう。今後もほかのコロナウイルス、新型インフルエンザウイルス、あるいはまったく別の種類のウイルスが出てくるのではないか。もともとは動物だけに潜んでいたウイルスや細菌などの病原体が、人間にも感染して、脅威になる事態は十分起こり得ます。新型コロナで世界中のたくさんの人々が大変な目に遭っていますが、パンデミックはこれからもくり返されるでしょう。次のパンデミックに備えるためにも、今、私たち研究者は学ぶ必要があります。

――新型コロナの流行が始まってまもなく1年が経過します。「正しく恐れる」ことが大事だと言われますが、第3波に襲われる中で、どのような心構えで、私たちは新型コロナに対峙すればよいでしょうか。

このウイルスは基本的に人から人へ感染するので、私たちひとりひとりが基本的な感染対策をすれば十分対処できると思います。しかし、これから日本でも欧米に近い状況になる可能性も否定はできません。これまで日本では、2020年3月に一斉休校や4月に緊急事態宣言など、しっかりした対策がとられていました。気づいたときには手遅れとならないように、最悪の事態を想定して、細心の注意を払って今後も対策をとる必要があります。

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