宇多丸『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』を語る!

宇多丸『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』を語る!

  • TBSラジオ
  • 更新日:2022/11/25

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』月~金曜日の夜18時から放送中!
「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

11月18日(金)放送後記

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では11月11日から劇場公開されているこの作品、『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』。

マーベルコミックのキャラクターがクロスオーバーするマーベル・シネマティック・ユニバースの最新作にして……30作目ですね。2018年の『ブラックパンサー』の続編。これまでブラックパンサーを演じたチャドウィック・ボーズマンが2020年8月に死去したが、代役を立てずに製作された。国王ティ・チャラが命を落とし、悲しみに包まれる秘境の国ワカンダに、新たな敵、海の帝国タロカンの脅威が迫る。

ティ・チャラの妹シュリ役のレティーシャ・ライト、母・ラモンダ役のアンジェラ・バセット、親衛隊オコエ役のダナイ・グリラなど、前作の主要キャストが続投……でも、あれですね。ダニエル・カルーヤは、『NOPE/ノープ』に出なきゃいけなかったので、今回は出てませんね……など、前作の主要キャストが主には続投。新たな脅威・ネイモア役を演じたのはテノッチ・ウエルタ・メヒアさんです。監督・脚本は前作に続き、ライアン・クーグラーが務めました。

ということで、この『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「とても多い」。やはりね、MCU最新作ということのみならず、『ブラックパンサー』一作目、非常になんというか、存在として大きい作品だったので。というのと、やっぱりチャドウィック・ボーズマンの不在をどうするのか、というところで、注目度も高いでしょうし。とても多いのは納得だと思います。

ただし賛否の比率は、褒める意見が5割弱。3割程度が「期待外れ」、あとは「良いところも悪いところもある」という意見です。主な褒める意見は、「喪失や怒りを乗り越え、前に進んでいくというストーリーがいい」「成長していく主人公シュリも良かった」「前作の主人公ティ・チャラを演じたチャドウィック・ボーズマンの追悼映画として、とても感動的」「現実社会の紛争を思わせる題材と『復讐は何も生まない』というメッセージが良かった」など。

一方、否定的な意見は、「ワカンダとタロカン両国の対立は避けられたのでは? 見ていて悲しくなった」とか……例によって話し合い不足、というね(笑)。「チャドウィック・ボーズマンの追悼には感動したが、一本の映画として、そしてマーベル・シネマティック・ユニバース・フェーズ4の締めくくりとしては疑問が残る」というものがありました。あと、「タロカン人の見た目が『アバター』っぽくて混乱」などもございました。それに対する私の見解、番組の前半の方でね、お話させていただきました。「ジェームズ・キャメロンが、急にMCUの悪口を言い出した件」に対する邪推、というね(笑)。

「ただの復讐劇にならないところが、ワカンダの誉れを高くしている。名作」

代表的なところをご紹介しますね。ラジオネーム「高麻図乃宮」さんです。「本作はチャドウィック・ボーズマン亡き後の2作目として、こんなに完成度の高い心に沁みる一作を作ってくれたライアン・クーグラーに感謝したい一作になりました。シュリという一人の女性の悲しみや怒りを乗り越えていく成長譚でもあると同時に、敵側のネイモア側にも、守りたい家族や仲間がいる。そこを慮った上での終盤の展開も含め、未だに残虐を繰り返すプーチンに見てもらいたい、人間の誇りとは何かを訴える作品になっているのではないかと思いました。

西側諸国の行ないによって戦いが生まれてしまうというのは、この100年を振り返っても多数ある事で……」。まあ、この100年に限らないですね。全然、100年じゃきかないですね。この作中で描かれてますけど。「……メタファーとして効いているなと思いました。またシュリがとあるハーブを飲んだ時に兄のティ・チャラが出てくるのではなく……」というくだり。「後のネイモア戦の中でシュリが復讐の業火に焼かれず、自分を取り戻す感動的なラストにつながっていて、この作品に一層の厚みをもたらしていると思いました。ただの復讐劇にならないところが、ワカンダの誉れを高くしてると思いました。名作でした」という高麻図乃宮さん。

あとですね、いつも素敵な、素晴らしく質の高い評を送って頂いている「レインウォッチャー」さん。いろいろ書いていただいて、ちょっと省略しますが。「正直、音楽だけで3億点ぐらいあります。ヒーロー映画的な劇伴 with アフリカンだった前作から加えて、今作ではメキシコのトラッド音楽がプラスされています。これはネイモア率いる海底民族のタロカン族のルーツにあります。劇中でもメソアメリカ文明の時代から生きていることが言及され、彼らの海中都市は明らかにマヤやアステカの文面をベースにデザインされています。

そこで、音楽を手がけたルドウィグ・ゴランソンは、音楽にこれを反映させたというではありませんか。メキシコ・ルーツのボーカリストやラッパーを起用し、タロカンたちが猛威を振るうシーンでは、使われる楽器やリズムはアフリカ音楽とは異なります。インタビューによると、なんと彼はメキシコへのフィールドワークを経て、失われたメソアメリカ時代の音楽を『創造』したそうです」。要するにもう文明そのものは滅びちゃってるんで、きっとこうであっただろう、というものを想像/創造したそうです。

「……このような音楽が、時にワカンダ・カラーであるアフリカ音楽とせめぎ合って、多次元に響き合うのは、スリル満点で、至高の体験でした」というレインウォッチャーさん。

あとですね、ニューヨーク在住の「Hiro」さん。「まず驚いたのが、体感でおよそ5割がアフリカ系のお客さんだったことです」と。非常に多かった、ということを書いていただいていて。ねえ。さぞかし盛り上がったと思いますが。

で、この方はね、すごく絶賛してるんだけど。この二つのifの文明が、「それでもお互いに最終的には争うことになってしまう展開は本当に痛ましく、身も蓋もなく言ってしまえば、新生ブラックパンサー(すなわち、ある程度の暴力的なカタルシス)はいらないから、もう少し話し合ってどうにか良い道を探してくれないか、オロオロしながら鑑賞しました。個人的にはラストショットで、“あ、やっぱり『フルートベール駅で』のライアン・クーグラー監督だなぁ”と思わせる、配信全盛の現在においても圧倒的にシネマティックな映像を見せてくれたのが嬉しかったです」というようなご意見でございました。

一方、ダメだったという方もご紹介します。「アヤノテツヒロ」さんです。「良かったとは思うけど、モヤモヤも多く、これは自分的にはそこまで刺さらなかったです。チャドウィック・ボーズマンへの敬意と追悼の意を込められたオープニングとエンディング。こちらは文句なしに素晴らしかったと思います。ただ、どうしても重くて苦しい映画であり、ティ・チャラが亡くなった後に残された者たちが前を向く希望を感じませんでした。

国家同士、お互いに守るべき者のために争いが起きてしまう。そこにはお互いに正義があり、どちらかが悪ということはない……という現代的な対立関係を取り入れるのは良いのですが、やはりMCUおなじみの、“少しはちゃんと話し合いをしろよ”問題が今回はあまりにも大きすぎるような気がしました。

ひたすら感情的かつ短絡的な行動を重ね、対話をすることもなく戦争へと向かっていく……現代の現実社会の問題を反映させているのかも知れないが、映画を見ているとそこがノイズでした。ティ・チャラの想いはどこへ行ってしまったのだろうと思うくらいに事態が悪化しすぎてるのが苦しかったし、新たなブラックパンサーの継承も、最終的には決着がついたものの、アッサリしてないか? と思うのと、シュリの葛藤はもっとあっても良かったのではないか? と思わざるを得ませんでした」というようなことを書いていただいております。

「……チャドウィック・ボーズマンへの追悼の意は素晴らしいし、扱っているテーマが重たいことは重々承知していますが、そこをうまく調理しきれなかった、もしくはあまりにも重々しく描きすぎてしまったのか、という感じで、どうにもモヤモヤが残りました」というようなご意見でございます。はい。皆さん、ありがとうございました。

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』、私もTOHOシネマズ日比谷、IMAXレーザー3D字幕、そしてグランドシネマサンシャイン池袋、IMAXレーザーGTの3D字幕で二回、観てまいりました。その、観てきた時の上映方式のいろんな話に関しては、この前の時間帯にね、お話してますんでね。みやーんさんに余計にお小遣いをあげますから(笑)、ちょっとここだけプラスで書き起こしていきたいな、と思う次第でございます。のちほど古川さんにお金を渡しておきます(※宇多丸補足:分量オーバーのため別記事としてアップしておきました)。

チャドウィック・ボーズマンの喪失を前提に、それでもなお先に進むことは可能なのか?

ということで、2018年3月10日に私の映画時評コーナーで取り上げました、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)第18作目『ブラックパンサー』の、続編です。こちらもですね、先ほどから言っているみやーんさんによる公式書き起こし、アーカイブされてますので、ぜひ今回のお供に、という感じですね。はい。

今となっては、非常に画期的というか、歴史的な一作、という位置づけになってるんじゃないかと思います、『ブラックパンサー』。アフリカ系に代表される非白人主人公エンターテイメントに大きな道を開いたし、そして問題提起としても……要するに、ブロックバスター超大作でこういう問題提起をしてもいいんだ、っていうところも、MCUが一番進んでる、というところを本当に見せて。そして、エンターテイメントとしても非常に楽しい作品でもあって。世界的にもう、大大大ヒット。「アフリカン・アメリカンの主人公だとヒットしないよ」なんていう定説を全部ひっくり返して、歴史的大ヒットになった一作でございます。

で、ですね。前作もその傾向が強かったんですけども、本作『ワカンダ・フォーエバー』は、他のMCU作品とのクロスオーバー感が、かなり希薄です。『ブラックパンサー』、今のところは二部作……まあ、これからも続くみたいですけど、『ブラックパンサー』今のところの二部作として、単体で成立している感じが非常に強い作品なので。ビギナーの方、もしご覧になる方、予習としては、その前作『ブラックパンサー』を観ておけばもう十分、という感じです。ただ逆に言えば、「あの前作から、今回はなんとこうなった」というところが強い、まさしく「続編」なので、前作を観ていることはほとんどマスト、と言ってもいいぐらいです。

もうひとつ……この間に現実世界で起こったある悲劇的事実を、観客のほぼ全員が踏まえていることが前提、みたいな一作でもある。言うまでもなくそれは、先ほども言いましたけどね、主人公ブラックパンサーことティ・チャラを演じていたチャドウィック・ボーズマンさんが、続編の製作が進行する2020年8月に、実はかねてから闘病中だったという大腸がんで亡くなってしまった、ということですね。

その巨大な喪失、不在を前提としつつ、それでもなお先に進む、ということは可能なのか?という、ある意味作り手たち自身の率直な、生身の問い……なんなら迷いすら含む問いと祈りをそのまま作品化したような、言ってみれば非常にメタ的な構造・成り立ちを持つという、このようなブロックバスター超大作としてはかなり異色の一作になってます、今回の『ワカンダ・フォーエバー』は。

近い例としては、僕は2015年5月7日に評しました、『ワイルド・スピード SKY MISSION』のラスト、というのがありますけども。あちらはまだですね、映画全体としてはいろんな工夫をして、亡くなってしまったポール・ウォーカーさんの不在を、なんとか「カバーする」という方向だったのに対してですね、本作『ワカンダ・フォーエバー』は、作品冒頭で、チャドウィック・ボーズマンが演じていたティ・チャラの急な病死というのが、もう告げられる。で、そのまま「肝心の人がいなくなってしまったこと」を、なんなら物語の中心に据えたまま、作品が進行していく。

つまり、現実のあり方を、ある意味そのままトレースしている作りになっているわけです。代役を立てたり、部分的にせよCGで故人を再現したり、といった方法をとらず、とにかくチャドウィック・ボーズマンという人の、まさしく「かけがえのなさ」っていうのを正面から噛みしめるような……何度も言いますが、ブロックバスター超大作としてはかなり異例な、特異な作りというのを、本作の作り手たちはあえて選択している、ということですね。

おなじみのマーベルスタジオのロゴが出る……で、そこで(通常であれば)いろんな名場面みたいなものがコラージュされてますけども、今回のバージョン、ここだけでも、号泣もんですよね。本当に、ここだけでちょっともう、涙があふれてきてしまう、という方はいっぱいいるんじゃないかと思いますが。実際、脚本・監督のライアン・クーグラーさん……僕はですね、『THE RIVER』の記事として読みましたが、これ、元は『エンターテインメント・ウィークリー』誌のインタビューの発言で、ライアン・クーグラーさん、一時はもうこの業界から去ろうとまで思っていた、という風に語ってます。「あまりにも辛かったから。これ以上辛いことなんてあるのか?」とおっしゃっている。

ティ・チャラが主人公の話だったと考えると、実はすごいシンプルな話

まあそんなわけでですね、本作『ワカンダ・フォーエバー』は、そのライアン・クーグラーさんと、共同脚本のジョー・ロバート・コールさんがですね、既に準備されていた「ワカンダ王国 vs 海の王国タロカン」という話に、そのティ・チャラの妹で、のちにブラックパンサーを継ぐことになる、レティーシャ・ライト演じるシュリやですね、アンジェラ・バセット演じるラモンダ女王が、ティ・チャラの死と不在をどう受け止め、先に進もうとしていくのか?という、先ほどから言ってる現実の悲劇を踏まえた要素を足して。元からあるそのタロカン vs ワカンダの話に、その不在……要するに追悼的要素を足して、脚本を改稿したという。

でですね、先ほどから言ってる『THE RIVER』の記事によれば、製作自体もですね、既に脚本にあったタロカン周りのシーンから先に進められて。で、ティ・チャラのその追悼に関係するシーンは、脚本の書き換えが完了するのを待って、後から撮られている、ということらしいんですね。

なので、ワカンダとタロカンの関係などはですね、やはり皆さんちょっとこれ、ご覧になった方は想像していただくといいと思うんすけど、元の計画通り、ティ・チャラが主人公の話だったという風に考えてみると、実はですね、すごいシンプルで、明確な対比になっている話なんですね、これね。「ああこれ、思ったよりもシンプルな話だったな」って。要は、ティ・チャラ率いるワカンダ王国と、今回の一応のヴィランであるテノッチ・ウエルタ・メヒアさん演じるネイモア率いるタロカンというのはですね、はっきりと、鏡像関係にあるわけですね。全く鏡像関係にある。元は非常にシンプルな構造です。

ちなみに、元のコミックではこのネイモアというのは、サブマリナーという、マーベルでも最も古いキャラクター。で、アトランティス人、という設定なんですね。ゆえに、元はギリシャ神話がモチーフなわけです。アトランティスだから。なので今回、タロカン族が登場するシーンで、いわゆるギリシャ神話における、「セイレーン」的な能力を発揮しますね? セイレーン的能力。あれは、そのアトランティス人という設定の名残なのかな、みたいな風に思ったりしたんですけど。はい。あの場面、すごい怖かったですね。あと、あの場面の音響の処理の仕方の面白さが、やっぱライアン・クーグラーですね。実際に耳で聞こえているものと、くぐもって聞こえるものというのかな……そのね、外で響いてるもの(と船内の響き方の違い)とか、音響の演出なんかも、さすがでしたけど。

『アポカリプト』ファンとしてはアガらざるを得ない!

で、ちなみにこのアトランティス人という設定、元々ネイモアはそうだったんですが、でもそのままだと、DCコミックで先に映画化された『アクアマン』と丸かぶりしてしまう、ということで、今回のタロカンの設定にしたという。で、これははっきり、先ほどからもメールにありますように、マヤ、アステカ文明をモチーフにしていてですね。言語もしっかりマヤ語をしゃべっています。

なので当然、私、2006年、メル・ギブソン監督(マヤ文明末期を描いた)『アポカリプト』ファンとしては、これはもうアガらざるを得ない! 僕はやっぱり『アポカリプト』って、アメリカのエンターテイメント界に与えている影響はすごく大きい、という風にいつも言っておりまして。ちょっとそのこだまをやっぱり、ここにも感じますし。あの、ネイモアが地元の他のやつらには神・ククルカンって呼ばれているっていう……ククルカンっていうのは、(マヤ文明の)チチェン・イッツァ遺跡ですね、あそこで年に一回太陽の按配で見えてくる、あの蛇の神様、っていうやつですよね。で、あの『アポカリプト』の劇中でも、神官が「ククルカンの神よ!」って言っていましたね。そのチチェン・イッツァを思わす、モデルとしたと思われる神殿のところで「ククルカンの神よ!」って言っていた、そのククルカンですけども。

で、とにかくMCUではですね、『エターナルズ』に続いて、またまたいわば「『アポカリプト』のラストの、その先」が描かれているのがこれ、興味深いですね。つまり西洋、白人たちが、いかに有色人種とその文化・文明を踏みにじってきたかが、はっきり問題にされてるわけです。はい。で、この問題意識というのは、まさに前作『ブラックパンサー』が、ファミリー向けブロックバスター超大作として画期的だった点を受け継いでいて。『ブラックパンサー』は要するに、世界中でアフリカ系に代表される有色人種が苦しんでいるというのに、ワカンダは孤立主義で自分たちだけ豊かさを享受していて、それでいいのかよ?っていう。まあ、孤立主義っていうのは現在の……その当時のトランプ時代のアメリカの行っている方向でもありましたしね。「孤立主義でいいのかよ?」っていう問いでもあったわけですけどね。つまり、アトランティスからこのメソアメリカ文明にルーツを持つタロカンというのに設定を変更したことは、少なくともこの映画『ブラックパンサー』シリーズとしては、実に理にかなっている。非常に的確な改変と言えます。白人・西洋による侵略・支配の最大の被害者のひとつですよね、メソアメリカ文明。なにしろ、完全に滅ぼされちゃっているんだから。

後から要素が増えた分、消化不良のところも出てきてしまっているのは事実

ただですね、先ほど言ったように、そこでタロカンと対峙することになるのが、そのティ・チャラを失ったばかりのシュリやラモンダに変わることで……要するに王対王っていうシンプルなところから、その王を失った人たちの悲しみという、要するに彼らの心情、内面的な葛藤という部分が、それはそれで、というかそっちがより前面に出てくる分、そのシンプルな対比構造というのは、やっぱり明らかにちょっと見えにくくなりましたし。

たとえば前作がですね、さっき言ったようにラスト、ワカンダがその孤立主義から脱却する……要するに、その豊かさというのをちゃんと世界でシェアして、弱っている、特に困っている有色人種、アフリカ系の人々の支援に乗り出します、みたいな。そんな孤立からの脱却を宣言したワカンダが、今回はですね、でも冒頭で提示されるのはしかし、国際社会の中に、結果として新たな紛争の種をまくことにもなってしまっている。そしてその皺寄せが、まさにそれまでは平穏に暮らしてきたタロカン王国に来ている、という、本作序盤で提示される問題というものがあるんですけど。

この問題そのものがですね、結局本作の中ではほとんど回収されないまま、言っちゃえばなんならちょっとうやむやになって終わってしまったりする、という。これは、前作の結論のその先、っていう部分なんで、続編がね、その出だしでその問題提起をしているのに(結局作品内では)回収しないってのは、ちょっと気になるんですよ。やっぱりね。あれ? あの件にちゃんと答えてないよな?っていう。僕はこれは気になってしょうがない点ですね。

要はですね、後から要素が増えた分、必ずしも上手くさばききれているとは言い難いところ、消化不良のところも、若干出てきてしまっているのは、これは事実だと思います。また、これはもう本当にMCUあるある的になりつつあることですけども(笑)、先ほどメールに書かれている方もいた通り、本来共闘すべき者同士の内輪もめを、話の盛りあげ上作り出すために、単にコミュニケーション不足だったり、迂闊なだけにしか見えないような行動を、登場人物がいきなり取りだしたり。「これ、何のためにこんなリスキーなことを元々やってるんだっけ?」となるような、よく考えるとあまり合理的とは言い難い、ご都合主義的見せ場展開がいくつかあったりして。まあ、そういうところはあるにはある。ただ、これは本作に限らず、MCU全般に言える傾向ではありますけども。

「重圧と挑戦」というテーマの時にこそ、ライアン・クーグラー監督は輝く

だがその一方でですね、「自分はこれを本当にできるのか?」「自分は本当にこれを背負えるのか?」という重圧と挑戦、というこの話は、前作『ブラックパンサー』評の時に言いました、私の「ライアン・クーグラー史観」「『クリード』史観」(笑)、ここからすればですね、やはりこれ以上ないほど、ライアン・クーグラー的なテーマでもあるわけです。

『ブラックパンサー』の時に言いましたね? 「『ブラックパンサー』というのは、『クリード』におけるリッキー・コンラン戦だ」と。つまり、ずっと野良ボクシングをしてた人が、ちょっと大きい試合をやって注目されて。そしたらいきなり「もしもし? 世界トップ戦、やらない?」って言われた。これが『ブラックパンサー』なんだ、って言いました。その意味で今回の『ワカンダ・フォーエバー』は、防衛戦になるはずだったのに……その、実際にボクシングをする人すら、いなくなっちゃった、みたいな。そういう話なんですよね。で、実際にこの『ワカンダ・フォーエバー』……そういう時にこそ、さっき言った「重圧と挑戦」というテーマの時にこそ、やっぱりライアン・クーグラーというのは、実際に輝くんですよ。この『ワカンダ・フォーエバー』、それこそ『クリード』と直接連なるような、ライアン・クーグラーならではのタッチが随所で生きていて。それこそが僕は本作の大きな魅力になっている、という風に思ってます。

たとえばですね、オープニングショットです。最初、ティ・チャラのその治療法を模索するシュリの姿を、ずっと手持ちカメラで追いかけるんですね。ずっと手持ちカメラで、長回しで追いかける。まさに『クリード』のファーストショットと同様の、ある種の緊張感を保つこの長回し。で、その長回しがいつ、途切れるのか? つまり、次のカットに変わる瞬間に、何か決定的なことが起こってしまう……『クリード』でいえばレオ戦です。で、今回で言えばこのカットが途切れる時に、つまりティ・チャラが死んでしまう……っていう知らせが来るんだろうな、ということが予感されるわけです。このような、長回しを使った効果。これもやはり、『クリード』のレオ戦と同様のテクニックというかね、演出と言えますし。

あるいはですね、ボストンでの、あの愉快な愉快なカーチェイスが始まるその手前。シュリと、みんな大好きダナイ・グリラさん演じるオコエと、そしてドミニク・ソーンさん演じる天才少女リリーの、この三人の女性がですね、どうやってこの場を脱出するかで、やいのやいの、すごく楽しく言い合っているわけです。その姿を、これもやはり素早いパンが印象的な、手持ちカメラですね。手持ちカメラで生々しく捉えつつ……これ、名コンビ。ルドウィグ・ゴランソンさんの音楽が、じりじりと、だんだんだんだん、そのシーンのテンションを上げていって。

で、その持続するテンションの緊張感が、これはやはり『クリード』のレオ戦のようにグーッと高まったところで、バンッ!っと破られて。一気にそこから、アゲアゲな見せ場が始まる!という。この、見事な呼吸。これはやはりですね、気心の知れた編集者、マイケル・P・ショーバーさんのその編集テンポなど込みでですね、これぞライアン・クーグラー!な、もう最高のシークエンス。あの、カーチェイスが始まる手前、盛り上げてバーン!って始まる、あの呼吸こそが、ライアン・クーグラーなんですね。

「こういう超大作があってもいい」。そう納得させられる「小さな」映画。

また、これはちょっとね、詳しくは伏せておきますが、最後の最後、シュリの脳裏に浮かんだ画とは?っていうところで。当然、『クリードの』のクライマックスで、ダウンしたアドニスを奮い立たせる「あの人の面影」という、号泣モンタージュ。あれを彷彿とさせる……要は劇中で安易に「不在のその人」の姿を見せてないからこそ、これが巨大な効果を生むわけです。これまたライアン・クーグラータッチというべき、素晴らしいモーメントでした。ただ、これですね、惜しむらくはというか、ちょっと痛し痒しなのは、さっき言ったMCUのロゴシークエンス。「号泣もんだ」って言いましたけども、あそこでちょっと(「不在のその人」の動く姿を)見せちゃってることで、このラストのですね、編集のインパクトが、ちょっと相対的に弱まってるんですよね。もしあそこで(その画を)見てなくて、あそこ(ラスト)で出てきたら、もっと(大きな感動が)来たと思うんですけどね。これは痛し痒し。あのロゴシークエンスが素晴らしいだけに。

また、前作でおなじみとなった名物キャラクターのおいしい見せ場、もちろん楽しくないわけはない。序盤の、ドーラ・ミラージュ参上! これ、燃えるし楽しいし。途中、ラモンダ女王が怒りと本音を爆発させるくだり。アンジェラ・バセットの名演、説得力! 「そりゃ、そうですわ……」と誰もが頭を垂れるしかない、名演。素晴らしかったですし。

もちろん、「あの人」のサプライズ登場。「キャー!♡」ってことですよね(笑)。あと、先ほどね、ちょっと(番組の)前の段階で言いましたけど、ファッションもすごくいいし。スペクタクル、アクションシーンも、たとえばボストンでのタロカンチーム対オコエ戦の見応えであるとか、あとタロカンの都市の、竜宮城というか『未知との遭遇』というか……みたいな異世界感。前作の「ワカンダよいとこ一度はおいで」に続き、今回も、「架空の観光映画」としての楽しさもある。

でもやっぱり、作品全体としては、特にやっぱりレティーシャ・ライト演じるシュリの、個人的な、内面的な「痛みと救い」というところに、はっきり着地していく。要するに「小さな」映画として終わっていく。これは何ならですね、他のテーマが後景化してるのは、それは確かかもしれないけど、これはこれで、やっぱりこの作品としては全然あり……こういう超大作があってもいい、ラストに至って「ああ、こういう超大作があってもいい」っていう風に、多くの方が納得する気もするんですけどね。

あともうひとつ、本作を観て、よりはっきり見えてきたこと。MCUフェーズ4が目指してきたこととは何か? これはですね、私の読みですよ? 「“ヒーローが勝つ”とはどういうことか?」……(既存のアクションエンターテイメントでありがちな)力勝負、運勝負ではない、ヒーローだから、正しい者だからこうなった、という、新たなスーパーヒーローの物語の語り方、というもの。それこそが、MCUフェーズ4でずっと模索してきたもの、ってことなんじゃないかと思うんですよね。

ちょっと皆さん、いろいろとこれ、思い返してください。要するに私は、『エンドゲーム』の時に、「力勝負じゃない、『正しいから勝ったんだ』ということでサノスに勝ってほしい」と言いました。『エンドゲーム』では実は、そこまではできてないんだけど。それ以降、フェーズ4、この挑戦をいろいろして。『ノー・ウェイ・ホーム』もそうでした。そして今回、この意味でですね、今回の決着……ちゃんとカタルシスもあるし。やっぱり見事、という風に言えるんじゃないでしょうか。

ということで……とにかく、よく乗り切ったし、よく作り上げてくれた。エンターテイメント映画史上、最も品のある、気品のある追悼作品であることは間違いないと思います。今、観ることに意義があります。ぜひぜひ、映画館でウォッチしてください!

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