
ボルトとナットを模した「ネジチョコ」。北九州発・ヒット商品量産の背景にデジタル化があった[北九州商工会議所提供](写真:時事)
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中小製造業がデジタル化をためらうのは無理もない。ノウハウや人材不足に加え、デジタル化による費用対効果が予測しにくいのがその理由だ。
「ネジチョコ」を生んだオーエーセンター(北九州市)はデジタル化で成果をあげた中小製造業の一つ。当初の手づくりから脱却し、生産規模を5倍に増やした。
デジタル化が仕事のスピード感を高め、成果をあげた企業はほかにも。デジタル化によりもたらされる「ゆとり」をどう生かすかがカギとなる。
~ 中小企業の今とこれからを描く ~
日本政策金融公庫総合研究所では、中小企業の今とこれからの姿をさまざまな角度から追うことで、社会の課題解決の手がかりを得ようとしています。最新の調査結果を、当研究所の研究員が交代で紹介していきます。本連載(全3回予定)では中小製造業のデジタル化を取り上げます。企業事例をもとに、デジタル化がもたらす成果や、デジタル化推進のポイントを考えていきます。
(藤田一郎:日本政策金融公庫総合研究所 グループリーダー)
中小製造業がデジタル化をためらう理由
情報通信技術(ICT)が仕事や暮らしに浸透し、わたしたちは本格的なデジタル時代を迎えている。中小製造業にとっても、少子高齢化に伴う労働力の減少、自然災害や感染症流行による事業環境の急激な変化に対応したり、生産性を向上したりするうえで、ICTを自社の経営に取り入れる「デジタル化」は有効と考えられる。
しかし、中小製造業のデジタル化は道半ばの状況のようだ。その要因は大きく二つある。
一つ目は、デジタル化に必要なノウハウや人材、予算が不足しているからである。大企業に比べて経営資源が少ない中小企業にとって、デジタル化の取り組みはそう簡単ではない。
二つ目は、費用対効果を予測しにくいからである。デジタルツールの多くは製品をつくり出す機械と違い、導入の効果をシミュレーションしにくい。
例えば1,000万円の予算を投じて、機械を高性能のものにするか、あるいは生産管理システムを導入するかを検討するとしよう。このとき、経営者が判断しやすいのはおそらく機械の導入である。機械の性能はわかりやすいからだ。
仮に、1時間に100個生産する機械を200個生産する機械に置き換えたら生産量は2倍になる。売上高も利益も増やせそうだという予測が立つ。
他方、生産管理システムを使って手書きの生産指示書をデジタルデータに置き換えても、機械の更新と同じような予測は立ちにくい。手書きの手間は省けるので仕事は少し楽になるが、生産量に直接影響するとは言い切れないからだ。よって、費用対効果を見極めやすいのは機械の購入ということになる。
厳しい事業環境を乗り越えるためにコスト削減を続け、少ない経営資源をフル活用してきた中小製造業は、投資の費用対効果をシビアに見極めようとする。デジタル化の必要性を感じていても、一歩を踏み出せないのは無理もない話かもしれない。
当初は手づくりだったネジチョコ
こうしたなか、デジタル化に取り組んで成果をあげている中小製造業も存在する。ここからは、筆者が2022年に取材した中小製造業4社の事例をもとに、デジタル化の成果や推進のポイントを考えていく。取材した企業の概要(取材当時)は表のとおりである。

事例企業の概要(筆者作成)
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オーエーセンター(福岡県北九州市)は、事業所向けに事務用機器や通信機器などを販売する企業として1985年に創業した。その後、洋菓子店を2店舗経営したり、地域振興事業を手がけるNPO法人を立ち上げたりするなど経営多角化を進めてきた。
2015年には、官営八幡製鉄所の世界文化遺産登録をきっかけに北九州市ならではのお土産としてチョコレート菓子づくりをスタート、食品製造業に参入した。

八幡製鉄所の旧本事務所(写真:共同通信社)
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金属ネジから着想した「ネジチョコ」は、その特徴的な形状が全国から注目を浴びているほか、大企業とのコラボ商品も数多く実現している。

「ネジチョコ」は当初、手づくりで製造されていた[北九州商工会議所提供](写真:時事)
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このネジチョコ、実は当初は手づくりだった。だが増え続ける需要に応えるため、製造を自動化し、生産管理システムを導入。これにより、チョコレート製造は手作業のときに比べて効率が格段によくなり、生産規模は5倍に増えた。
オーエーセンターは本業の事業所向けサービス業で培ったノウハウを生かしながら、生産の自動化・デジタル化を進めている。デジタルの力を活用し、事業を拡大している中小製造業の代表的な例と言えるだろう。
手が油まみれで…社員の不満が生んだ独自システム
デジタル化が中小製造業躍進の立役者となっているケースはほかにもある。
大手ガス機器メーカーの部品サプライヤーとして活躍する中央工機(岐阜県関市)は、2000年代前半に電子受発注システム(Electronic Data Interchange, EDI)を導入、2018年にはパッケージ型の生産管理システムを導入している。
新型コロナの感染が拡大した2020年からは、システムの機能を拡張して、調達部門で働く従業員のテレワークを実現した。さらにこの経験を応用して、協力工場にもシステムへのアクセス・利用権限を無償で提供している。自社だけでなく、他社を巻き込んでデジタル化を推進している企業である。
有本電器製作所(新潟県加茂市)は、鉄道車両や船舶、発電機などに用いる大型の金属部品の加工を得意としており、工場では昔ながらの旋盤やフライス盤などが活躍している。定年制がないことも特徴で、60歳以上の従業員が半数以上を占めている。
2015年、仕事の進捗を可視化するためにパッケージ型の生産管理システムを導入したが、パソコン操作が得意ではない、手が油まみれでハンディターミナルを使いにくいといった不満が相次ぎ、運用に失敗してしまう。
このときの反省を生かして、AIによる音声識別機能を備えた独自の生産管理システムをITベンダーとともに開発した。高齢の従業員が多いという事情に対応しながらデジタル化を進めている企業である。
産業用コンピューター製造のインタフェース(広島県広島市)は、創業当時からすべての製品を国内で開発・生産するという“Made in 日本”を貫き続けている。
数千万通りに及ぶ製品ラインアップを限られた生産ラインで効率的に行えるよう、調達部門や営業部門、人事部門などのデータを集約できる全社情報システムや、製品の組み立てロボットを自社開発している。これにより、生産工程のおよそ50%を自動化している。全社情報システムもプログラミング言語で自社内製している。
2021年には大分県国東市の小学校跡地を活用してインタフェースアカデミーという子会社を設立し、顧客がプログラミングからシステム構築まで自社内製できるようにサポートする事業を開始している。自社のデジタル化で獲得したノウハウを武器にして、新たなビジネスに挑んでいる企業である。
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『デジタル化で生産性向上を図る中小製造業』本連載は日本公庫総研レポートNo.2022-5『デジタル化で生産性向上を図る中小製造業』を再構成したものです。詳細は日本政策金融公庫ホームページに掲載している冊子(PDF)をご覧ください。
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“ゆとり”をどう生かすか
次回からデジタル化の成果を詳しくみていくが、まずは各事例に共通している成果として、仕事のスピードが上がっていることを挙げておきたい。
中央工機はパッケージ型の生産管理システムに合わせて仕事の進め方を見直した結果、毎日1000品目以上の金属部品をつくっているにもかかわらず、注文からほぼ3日以内に納品できる態勢を確立した。
有本電器製作所はAI音声入力を活用するようにしたことで、これまで手書きで行っていた作業の進捗報告に関する仕事をデジタル化した。おかげで、回答に数日を要していた取引先からの納期問い合わせに即日回答できるようになった。
インタフェースは、ロボットやシステムなどハード・ソフトの両面から独自のデジタル化を進めた結果、生産工程の50%を自動化し、生産ラインを増やさずに数千万通りの製品をつくれるようになった。さらに効率良く生産できるよう、AIや画像処理などの技術を自社で取り入れている。
このように、デジタル化によって効率的に仕事ができるようになる、つまり同じ仕事をより短い時間でできるようになれば、仕事にゆとりが生まれる。そして重要なのが、このゆとりをどう活用するかである。
次回、デジタル化が経営にもたらす成果を深掘りしていきたい。
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