賛否両論の『最後のジェダイ』、監督の作家性とSWの関係

賛否両論の『最後のジェダイ』、監督の作家性とSWの関係

  • RollingStone
  • 更新日:2018/01/19
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賛否両論の『最後のジェダイ』、監督の作家性とSWの関係

ファンの間で賛否両論を呼ぶ『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』、壮大な『スター・ウォーズ』の物語を生まれ変わらせたライアン・ジョンソンのパーソナルな視点とは?

※本記事には本編のネタバレを含む内容があります。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の序盤には、ファンが見慣れた光景が登場する(ここから先はネタバレを含むが、ファンの多くは既に視聴済みだと仮定する)。宇宙船の艦橋に立つファースト・オーダーの司令塔(独裁者のシンボルであるスーツに身を包んだハックス将軍)は、眼下に見据えた惑星に築かれた反乱軍の基地の完全破壊を命じる。迎え撃つ百戦錬磨のヒーロー、ポー・ダメロンはX型のウイングが印象的な戦闘機に乗り込み、信頼を寄せるBB-8を通じて敵陣営の通信システムへアクセスし、敵リーダーとの対話を試みる。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ヒストリー』におけるウィルハフ・ターキンのCGI合成シーンを繰り返し観ていたであろうドーナル・グリーソン演じるハックス将軍は、かつて帝国を率いたターキンと同じ行動をとる。ハックス将軍は顕著なブリティッシュアクセントで、勢いよく唾を撒き散らしながら、基地を破壊し反乱軍を根絶やしにすると宣告する。その直後、雑音混じりの通信機からは思いがけない返事が聞こえて来る。「ハックス将軍はまだか?」

どんなに緊迫した状況下でも軽口を叩けるダメロンだが(『フォースの覚醒』で、カイロ・レンにどちらが先に話すかと彼が尋ねるシーンを覚えているだろう)、その思いがけないリアクションはセリフの続きをかき消してしまうほど大きな笑い声を客席に巻き起こした。『スター・ウォーズ』におけるやや陳腐なユーモアは旧三部作の頃から続くお約束だが、このやり取りには不思議な今っぽさが感じ取れる。ポーは同じ発言を繰り返して爆笑を誘い、相手の母親をネタにした定番ジョークを持ち出す。

その後、舞台は宇宙の遥か彼方にある惑星へと移り、レイはルーク・スカイウォーカーにライトセーバーを手渡す。放浪生活を送る田舎の少年から、フォースを操るヒーローとなり、エディプスコンプレックスに悩まされる片腕の戦士へと変貌し、人里離れた孤島で隠遁生活を送っている。傷付いた瞳とオビ・ワン譲りの口ひげは哀愁を漂わせ、その表情には無数の葛藤が見て取れる。かつて自身の父親の命を奪った圧倒的な力は、今では完全に抑制されている。

そして彼は振り返ることもせず、ライトセーバーを崖の向こう側に放り投げてしまう。

前者のシーンの意外性(「チクショー!」という発言などは過去の『スター・ウォーズ』では考えられなかった)に驚いた観客は、後者のシーンでは頭を殴られたかのような衝撃を覚えたに違いない。しかし物語の象徴とも言えるライトセーバーをあっさりと投げ捨てるその場面は、衝撃的であるにもかかわらず必然的に感じられる。『スター・ウォーズ』という壮大な物語の舵取りを任されたライアン・ジョンソンが今作で試みたことは、この2つのシーンに集約されていると言っていい。彼は物語を掘り下げると同時に、よりカジュアルな方向へとシフトさせてみせた。その歴史に敬意を払いながらも、彼は我々をその呪縛から解き放とうとしたのだ(カメオ出演しているシリーズ屈指の人気キャラクターを含む、主要人物3人が過去を断ち切ろうともがくことは、彼なりの皮肉であるに違いない)。今作がシリーズを「救う」という声は少なくないが、やはりそれは主観でしかない。今作は我々の父親世代が愛した『スター・ウォーズ』でもなければ、我々の世代に向けられたものでもない。『最後のジェダイ』は、ライアン・ジョンソンが自分自身のために作った作品なのだ。

メリーランドで生まれ、幼少期をコロラドで過ごし、南カリフォルニア大学で学んだジョンソンは、2005年にサンダンス映画祭で公開された『BRICK ブリック』で注目を集めた。ノワール映画の影響を色濃く残した、南カリフォルニアの高校を舞台とする同作のスクリーニングに出席した幸運な人々は、彼の才能に舌を巻いたに違いない。『サード・ロック・フロム・ザ・サン』で名が知られるようになったジョセフ・ゴードン=レヴィットの新たな一面を引き出した同作は、ダシール・ハメットの作風と『デグラッシ・ハイ』のノリをマッシュアップしたかのような作品だった。ジャンルにおけるルールを熟知した上で、その枠に収まらない作品を生み出すジョンソンの手腕は高く評価された。しかし次作『ブラザーズ・ブルーム』(2008年)ではそういった評価を覆し、評論家たちを戸惑わせた。詐欺師の兄弟と奇妙な女性が登場するこの陳腐な映画は一体何なのか? The Directors Bureauのオーディション目的で制作されたのでは? 『BRICK ブリック』のあの役者をなぜ起用しないのか?

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『LOOPER/ルーパー』撮影現場でのジョンソン(左)とジョセフ・ゴードン=レヴィット(Everett Collection)

しかし2012年に発表された『LOOPER/ルーパー』で、ジョンソンは今度こそ、その評価を確固たるものにする。殺し屋、超能力を持った少年、タイムトラベル、自己破壊願望、豪快に火を噴くラッパ銃等、同作はSF映画らしいテーマに満ちていながらも、近年の映画には見られない新鮮な魅力を備えていた。過剰な演出やトリックを排除し、登場人物の内面にフォーカスするという点でも、同作はありきたりなSF作品とは完全に一線を画していた。またジョンソンが同時期に手がけた『ブレイキング・バッド』の『かなわぬ最期』と『オジマンディアス』の2エピソードは、同シリーズにおけるハイライトとの呼び声も高い。前者はファンの間では賛否両論を呼んだが、両エピソードとも同シリーズの全体像と完全にシンクロした見事な出来だった。またヴィジュアル、展開、ストーリーのすべてにおいて優れた両エピソードには、自主制作かと思わせるような親密さがあった。

先日公開されたVultureのインタビューで、ジョンソンはルーカスフィルムのキャスリーン・ケネディから続三部作の2作目の指揮を執ってほしいと依頼されたとき、当時進めていたプロジェクトで問題を抱えていたことを明かしている。それでも彼が即答しなかったのは、『スター・ウォーズ』の監督として自分ができることに懐疑的だったからではなく、自分が『スター・ウォーズ』を手がける意味について考える必要があったためだった。同作のファンとしてもちろん興味はあったものの、彼が決意したのはJ・J・エイブラムスがロンドンで撮影を進めていた『フォースの覚醒』の撮影現場に立ち会ったときだったという。また脚本を自身が手がけることを許された点も、彼の決断を強く後押しした。「何と言っても『スター・ウォーズ』だからね、責任の重大さは自覚していたよ」。その決断についてジョンソンはそう語っている。「でも過去に自分が手掛けた作品と同じように、パーソナルなものとして受け止めてもいたんだ」

今作を観れば、彼が”パーソナル”という表現を使った理由は明らかだ。ヒーローが繰り広げる冒険とB級映画的なコンセプト、そして興奮をもたらすスピード感を融合させたジョージ・ルーカスによるオリジナル作も、結局はいち個人の想像力と嗜好性の産物に過ぎなかったという声もあるに違いないが、それは『スター・ウォーズ』がSF映画のテンプレートとして、ポップカルチャーの象徴となる以前の話だ。万人受けを信条とするエイブラムスでさえ、その作品には自身の内面が反映されているという見方もあるだろう。しかしプロジェクトが大きければ大きいほど、そこに個人的な見解を持ち込むことは困難になる。実際に『スター・ウォーズ』は、これまでに自身のオリジナリティの投影を試みた監督たちを何度も降板させている。

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『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』撮影現場でのデイジー・リドリーとライアン・ジョンソン(右)© 2017 Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

ジョンソンは彼らしいやり方で、その制約を無効にしてみせた。ジョン・ウィリアムズによるテーマ曲が華を添えるドラマ性と大迫力のバトルシーンの数々に満ちた『最後のジェダイ』は、紛れもない『スター・ウォーズ』作品だ。ポーグの存在を抜きにしても、幾つかのシーンは初期2作の一部であってもおかしくないほどだ。しかし視覚面では、彼ならではのスタイルが反映されている部分が少なくない。レイがライトセーバーを使ったトレーニングに励むシーンにおいて、下からのアングルで壮大なランドスケープをバックに捉えたショットは、まさにジョンソンの真骨頂だといえる。すでに惜しみない賞賛を集めている、思いがけない仲間たちとファースト・オーダーのシークレットサービスが赤一面の空間で繰り広げるバトルシーンも然りだ。バトルの最中に挟まれるマズ・カナタのビデオメッセージ、音もなく別の船内にワープする宇宙船、クライマックスでの吹き出す砂塵、あるキャラクターが沈みゆく2つの夕日に向かってゆっくりと歩いていく場面、巨大な岩をいともたやすく浮かび上がらせるキャラクターの華麗なモーション、そのすべてにジョンソンならではの美学が色濃く反映されている。ジョンソンは自身のスタイルを強引に押し付けるのではなく、既存の枠に違和感なくフィットさせてみせた。

ヒーローや悪役の口ぶり、仕草、怒りを表す眉間の皺にまで、彼のこだわりは徹底されている。ローラ・ダーンが演じる反乱軍の提督と、オスカー・アイザックが演じる奔放なパイロットが交わす熱を帯びたやりとりは『Brick ブリック』を彷彿とさせる。ジョン・ボイエガが演じるフィンと、ケリー・マリン・トランが演じるローズ・ティコが議論する場面は、『かなわぬ最期』のワンシーンであってもおかしくない。レイとルークの会話(あるいはレイとカイロの動作)は、いい意味で『LOOPER/ルーパー』を連想させる。1930年代のスクリューボール・コメディに登場しそうなカジノで、種の異なる生物同士がつるむというお決まりのシーンなど、反発を招きかねないユーモアのセンスさえも、彼は無理なく作品に落とし込んでみせる。歴史の重みに押しつぶされそうになりながらも、自らの存在意義を探し求め、意に反しながらも再び戦いへと身を投じる人々の物語のあらゆる局面に、彼の美学は息づいている。本作には生と死という不可避のテーマを切り離し、彼が一から作り出したかのような親密さがある。

『パルプ・フィクション』に登場する「生きた人間を飾ったロウ人形館」というパンチラインを覚えている人は多いだろう。ジョンソンは『スター・ウォーズ』をそういうものにすることもできたに違いなく、多くの人はそれで満足したはずだ。しかし、彼はライトセーバーをあっさりと投げ捨ててみせた。それはルールを破壊することと、その枠を押し広げることの違いを熟知したライアン・ジョンソンにしかできなかったことだ。物語を生まれ変わらせたあの場面は、失われたものを振り返らないというマニフェストであり、自らの手で何かを生み出せというメッセージでもある。その勇気ある決意によって、彼は『スター・ウォーズ』の歴史を讃えつつ、新たな命を吹き込んでみせた。本作を観たファンは次作を楽しみにしているに違いないが、ルーカスフィルムの全幅の信頼を寄せる彼が手がける次なる三部作を、何よりも心待ちにしているのではないだろうか。「ジョンソン将軍はまだか?」。それは彼の帰還を待ち続ける我々の合言葉だ。

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