村田諒太、再起戦前に誓った息子との「約束」

村田諒太、再起戦前に誓った息子との「約束」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/07/12
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ボクシングはもうやめよう、そう思ったときもあった。しかし、この男はリングに
戻ってきた。まもなく、運命のゴングが鳴る。

<取材・文:二宮寿朗、撮影:福田直樹>

試合は、もうやりたくない……

人間、誰しも負けることはある。大切なのは、負けたその後ーー。

4月末、都内ホテル。

格段硬くもなく、澄んだ表情の村田諒太がいた。チャレンジャーとして臨むWBA世界ミドル級タイトルマッチ(7月12日、エディオンアリーナ大阪)の発表会見。半年前、プロボクシングの聖地ラスベガスの舞台でベルトを奪われた、ロブ・ブラント(米国)の隣でマイクをギュッと握り締めた。

「これが最後の試合になるのか、村田をもっと見たいと言われるのかジャッジメントされる試合だと思っている」

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悲壮感とも高揚感とも違う。静かなる決意表明には、裏も表もない現在の村田のリアルが滲み出ていた。

プロ2度目の敗北はまったく別の味がした。2017年5月、アッサン・エンダム(フランス)との王座決定戦ではダウンを奪って押し気味に進めながら僅差の判定負け。逆に世間の関心を買ったことで、勝利以上の価値があった。

だが昨年10月の防衛戦は見せ場のない完敗。うるさく手数を出すブラントを攻略できなかった。このとき32歳。プロボクサーとして円熟期を迎え、勝てばミドル級のビッグネーム、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との対戦も噂されていた。期待値が高かった分、失望の声が広がった。

「不思議と試合が終わっても悔しい気持ちが湧いてこなかった。試合はもうやりたくない、そう思ったんです」

引退の確率は「98%だった」とのちに明かしている。だが日本に帰ってから「人生を振り返ったとき、あの試合が最後でいいのか」と自問自答が続いた。7歳の長男・晴道くんから「もう1回負けたらボクシングをやめてもいいよ」と言われたことも大きかった。

「情けなかったパフォーマンスを、(負けて)嫌な気持ちを払拭したい」

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時間をかけながら答えを探し当てた。もう1回やる、そして勝つ。

「ベルトを持っていたときのほうが、何だかずっと違和感があった。地に足がついていない非日常というか。“ゴロフキンと東京ドームでやりたい”とか大きなことを言っても、現実的な目標じゃなく夢うつつでした。そうなると本物のモチベーションにはなりにくかった」

家族との生活を守りながら、生きていく

負けて、己を知る。あの敗北があったから冷静に、客観的に、裸になった自分の心と向き合うことができた。本物のモチベーションを持てなかったことが、情けなかったパフォーマンスの一因になったのだと気付いた。

「もちろん負けることがいいなんて思いません。ただ、自分を成長させるということでは、悪くはない」

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そんな気持ちを強くしたのが、ある本との出会い。読書家の彼が「自分のバイブルにしたいほど」の1冊だ。ローマ帝国の五賢帝の1人、マルクス・アウレリウス・アントニヌスが記した『自省録』である。

「アウレリウスは王様だから何をしても許される。でも精神までそうなっちゃいけないと、まさに戒めとして自省しながら同じようなことを何度も書きつづっている。王様だって完璧じゃない。でも王様という立場になって、抱えた葛藤のなかに成長があったんじゃないかって。もがいているなって思いましたもん(笑)。ボクシングのチャンピオンは言わば王様。精神まで王様にならないよう、省みていくことで成長できるように思いました」

心に残るフレーズがあった。「物事は外側に静かに立っている」という一節だ。物事に対する価値や意味をつけるのは自分次第なのだと得心した。

村田は言う。

「きょうの出来事で言ったら、娘の幼稚園が大雨で休みになったんです。外は雨だから、たとえば僕が『娘と家のなかで遊べるからいい雨』と捉えるか、それとも逆に『外で遊べないから良くない雨』と捉えるかで全然価値が変わってしまう。お前ならどう捉えるんだ、とアウレリウスは問い掛けてくる」

つまりは敗北もそう。その意味を己に問うことで、自分の回答を導き出せる。運命に導かれるように『自省録』と出会い、心に響いた。

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自分にどこか隙があった、どこか完全じゃなかった。そこから逃げないで内省する。敗北という外側の物事はボクシングに対する己の姿勢、覚悟を問い質していた。

「結局、自分はボクシングという仕事しかできないし、一番合っているからやっている。引退して何か起業してお金を稼いで、という生き方もひょっとしたらあるのかもしれない。でも自分はそうじゃない。不器用でもいいからボクシングを追いかけて、家族との生活を守りながら、生きていくだけ。社会に対する自分の存在意義って、そこだと思いますから。そのなかでモチベーションとなる餌を食べて、パワーを発揮していく」

ブラントに借りをしっかりと返したいとする意欲こそが餌。前回の負けた試合では、体を立てた状態で戦ったため、パンチに体重が乗らなかった。頭を動かし、プレッシャーを掛けて力のこもったパンチを見舞っていく。今度の試合でやるべきことは分かっている。

男として同じ相手に2回も負けたら情けない

自分を省みて、修正すべき点は直す。姿勢のみならず、戦い方のみならず、それはトレーニング方法にも。

「試合に向け、仮想試合となるスパーリングに合わせてコンディションをつくっています。そのときにしっかり動ける体にしておかないと成果が出ない。スパーをやる日、やらない日でメリハリをつけることができているのは凄くいいこと。以前よりも、スパーリングの日の緊張感も高まっていて、いい調整ができています」

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「気持ちは高まっている。エンダムとの1戦目みたいなモチベーションだ」と村田は語る

心・技・体の充実。モチベーションを栄養に変えて、彼は着々と運命の日に向かっている。そして、これ以上ない本気にさせてくれる餌も、食べた。それは晴道くんとの約束だ。

「パパ試合どうなるの? と聞かれて、大丈夫、勝つからと答えたら、晴道はニコニコするんです。意地でも息子との約束は果たします。それに男として同じ相手に2回もケンカで負けたら情けないですからね。有言実行しますので、見ていてください」

村田は意志を秘める目を光らせる。視界にあるのは、リベンジだけだ。

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村田諒太の歩み

2012年8月1日 ロンドン五輪でミドル級金メダルを獲得

4試合を勝ち抜いた。ボクシングで日本人選手が金メダルを獲得したのは、1964年、東京オリンピックの桜井孝雄以来48年ぶりの快挙だった。

2013年4月12日 プロへの転向を宣言

プロ転向会見で「オリンピックの金メダリストでプロの世界の世界チャンピオンという、日本人で初めての存在になりたい」と語った。

2017年5月20日 エンダムとの戦いは疑惑の判定負け

1-2で僅差の判定負け。この判定に対し、WBA会長は再戦させる意向を示す、異例の声明を発表する事態となった。

2017年10月22日 エンダムに勝利しミドル級の王者に

両国国技館での戦いは7回終了TKOでの勝利。日本人として竹原慎二以来22年ぶり2人目のミドル級王者となる。

2018年4月15日 初防衛戦は8回TKOで勝利

WBA世界ミドル級6位でEBU欧州ミドル級王者、エマヌエーレ・ブランダムラと対戦。8回TKO勝利。

2018年10月20日 ブラントにベルトを奪われる

WBA世界ミドル級3位のロブ・ブラントとラスベガスで対戦。軽快なブラントの動きに主導権を握られ、判定負けとなる。

2019年7月12日 運命の再戦へ

ブラントは1990年、アメリカ・ミネソタ州出身の28歳。戦績は25勝1敗17KO。試合はフジテレビ系で放送される。

『週刊現代』2019年7月6日号より

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