プロ野球選手の神童伝説 野球以外でも“凄い身体能力”を発揮した男たち

プロ野球選手の神童伝説 野球以外でも“凄い身体能力”を発揮した男たち

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  • 更新日:2021/02/21
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阪神・島田海吏(画像は阪神タイガースからの提供写真)

プロ野球選手ともなれば、子供の頃から飛び抜けた運動能力を発揮し、野球はもとより、異種競技でも「神童」「天才」と呼ばれた者も多く存在する。

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今季でプロ3年目を迎える中日・根尾昂もその一人だ。

岐阜県吉城郡河合村(現飛騨市)出身の根尾は、河合小学校2年のときに、3歳年上の兄の影響を受け、地元の古川西クラブに入団したのが野球人生のスタートだった。

古川中時代には、飛騨高山ボーイズの投手兼遊撃手として活躍し、3年時に最速146キロをマーク。“スーパー中学生”として注目された。

その一方で、小学5年のときに全国小学生陸上大会の100メートルで全国5位。中学2年のときにはスキーの回転競技で、2位に合計タイムで1分近い差をつけて全国優勝し、イタリアで開催された国際大会にも出場するなど、スポーツ万能の身体能力をいかんなく発揮した。

スキーは野球よりずっと早く2歳のときから親しんでおり、もし野球の道に進んでいなければ、アルペンスキーの日本代表として冬季五輪に出場していたかもしれない。

さらに中学時代は、学業でもオール5の秀才だったことから、“飛騨の神童”と呼ばれ、高校進学に際しては、慶応高からも勧誘を受けていた。将来は慶大医学部に進んで両親と同じ医師になる選択肢もあったはずだが、本人は中3の夏前に大阪桐蔭高への進学を決めた。

試合のたびに岐阜の山奥から名古屋まで車で送り迎えしてくれた両親のために「プロ野球選手になって恩返ししたい」という気持ちからだった。

プロ入り後の根尾は、2年間通算で25打数2安打0打点の打率0割8分とまだ結果を出していないが、高校時代に同期だったロッテ・藤原恭大の昨季の活躍に「負けたくない」と刺激を受け、3年目の開花を期している。

陸上競技では、根尾以上の実績を誇る選手も少なくない。よく知られているのが、阪神の外野手・島田海吏だ。

熊本・鶴城中学時代は、軟式野球部に所属しながら、俊足を買われて陸上の大会にも出場。県大会の男子100メートルでは、11秒01の好タイムで優勝している。

さらに3年時の10年には、ジュニアオリンピックの100メートルにも出場し、準決勝4位で惜しくも敗退したものの、同組だった後のリオデジャネイロ五輪銀メダリスト・桐生祥英を0秒19上回る11秒41を計時。17年のドラフト指名時に“桐生に勝った男”として話題になった。

もっとも、島田自身は「あのとき桐生はけがをしていたので、勝ったうちに入らないですよ」と、“勝った男”と呼ばれることに困惑しており、桐生も「あれ?オレ、(全中200メートル優勝者の)日吉(克美)以外に負けましたっけ?」とまったく覚えていなかった。

今季はレギュラー獲りをはたして、「彼に名前を覚えてもらえる選手になる」の目標を達成したいところだ。

陸上の実績では島田以上と言えるのが、今季ドラフト2位で日本ハムに入団した“足のスペシャリスト”五十幡亮汰だ。

埼玉・長野中時代は陸上部に所属しながら、東京神宮シニアの外野手としてプレーしていた異色の経歴の持ち主。もともと陸上は、「プロ野球選手になる」夢を実現するのに役立つと考えて始めたそうだが、その陸上でも類まれな才能が花開く。

3年時の13年8月、全日本中学陸上選手権大会の200メートル決勝で、当時城西大城西中に在籍していたサニブラウン・アブデル・ハキームを0.04秒上回る21秒81で優勝。翌日行われた100メートル決勝でも、サニブラウンを0.05秒上回る10秒92で見事二冠に輝いた。

サニブラウンは19年に100メートルで日本最速の9秒97をマークしており、五十幡も陸上を続けていれば、今でも良きライバルだったかもしれない。

だが、佐野日大高進学後は、野球一本に専念。小学3年のときに癌で他界した母との「夢を叶えて」という約束を守るためだった。

かくして、“サニブラウンに勝った男”は、“陸上界から消えた天才”となったが、五十幡は中大でも1年春からレギュラーとなり、ベストナイン2度、通算25盗塁の活躍で、見事プロ入りの夢を実現。「盗塁の技術はまだまだ」と謙遜するが、今度は周東佑京(ソフトバンク)に勝つことが目標となる。

楽天・藤平尚真も、千葉市リトルシニアのエースとして最速144キロをマークする一方、大貫中学では陸上部の助っ人として13年のジュニアオリンピックの走り高跳びで190センチを記録して優勝している。

かつての名選手では、中学時代は2カ月で野球部を辞め、陸上部に所属していた江夏豊も、砲丸投げの近畿大会2位の実績で知られ、陸上の才能にも優れた野球選手は枚挙にいとまがない。

近年は水泳の経験者も多い。前田健太(ツインズ)は小学3年のときに背泳ぎの西日本チャンピオンになり、炭谷銀仁朗(巨人)も小学4年のときにバタフライでジュニアオリンピックに出場。ほかにも菅野智之、小林誠司(いずれも巨人)、則本昂大、松井祐樹(いずれも楽天)、大谷翔平(エンゼルス)、藤浪晋太郎(阪神)ら有名選手の名前が次々に挙がる。

昔は「水泳は投手の肩に良くない」が半ば常識だったが、寒暖差が少ない屋内プールなら、ほぼ問題はないといわれる。前田も「肩甲骨が柔らかいのは、水泳の影響もあるのかな?」と語っており、“水泳界の神童”が後の大投手というパターンもトレンドになりつつある。(文・久保田龍雄)

●プロフィール

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。

久保田龍雄

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