フン・セン首相のミャンマー訪問...軍政にお墨付きを与えASEAN内部の亀裂に発展か

フン・セン首相のミャンマー訪問...軍政にお墨付きを与えASEAN内部の亀裂に発展か

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2022/01/15
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ミャンマー国民もブーイング

カンボジアのフン・セン首相が1月7,8日の2日間、ミャンマーを訪問し軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官と直接会談した。2021年2月1日の軍事クーデター以降にミャンマーを訪問した初の外国首脳となった。

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ミャンマーもカンボジアもメンバーとして加盟している東南アジア諸国連合(ASEAN)は、クーデター発生直後から、経済制裁や軍政非難という欧米など国際社会とは一線を画した仲介・調停の道筋を独自に探る努力を続けている。

ただ、今回のフン・セン首相のミャンマー訪問は、ASEANのコンセンサスを得た一連の解決に向けた努力とは異なり、フン・セン首相の「スタンドプレー」との見方が強く、ASEAN内部からもその行動を疑問視する声が出ている。

フン・セン首相のミャンマー訪問は「軍政にASEAN首脳としてのお墨付きを与えるだけ」「自国で野党勢力の弾圧やメディア統制で独裁的統治を続けるフン・セン首相に和平仲介は不可能」などとして、ミャンマー国民が各地で「訪問反対運動」を展開、フン・セン首相の写真にバツ印を書いたり、足で踏みつけたり、燃やすなどして不快感を表明した。

ヤンゴン市内のカンボジア大使館付近では複数回の爆弾騒ぎも起きるなどその反対気運は予想外に高かった。

そうしたミャンマー国民やASEAN関係国による反対、疑問視の声が渦巻く中、ASEAN特使に任命され、フン・セン首相に同行してミャンマーを訪れたプラック・ソコン外相は8日、記者会見を開き、今回の訪問では問題解決に向けた肯定的進展があったと前向きな成果を強調した。

暗礁に乗り上げたASEANの思惑

フン・セン首相はミン・アウン・フライン国軍司令官との直接会談でASEANの基本的立場を説明し、事態打開策について意見交換をしたという。

ASEANのミャンマー問題解決への最優先条件は、2021年4月24日にインドネシアのジャカルタで開催され、ミン・アウン・フライン国軍司令官も参加して開かれたASEAN臨時首脳会で、加盟10ヵ国全首脳が合意した「5項目の合意」の履行を促すことにある。

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この時の「5項目合意」は、以下のような内容となっている。

1)市民を標的にした武力行使の即時停止と関係者全員の自制
2)国民の利益を最優先とし平和的な解決を目指して関係者全員で建設的な話し合いの実施
3)ASEAN事務総長の居力を得て話し合いの過程にASEAN特使を派遣し対話を仲介する
4)ASEAN人道支援局からの人道的支援の受け入れ
5)ASEAN特使の受け入れと関係者全員との面会

4月の臨時首脳会議以降、ASEANはこの「5項目合意」を基にして事態打開の道を模索してきた。

しかし軍政は「全ての関係者」にはASEANが求める逮捕、公判中のスー・チーさんとの面会を「裁判の公判中の人物との面会を認める国などない」として頑なに拒絶し、10月までのASEAN議長国ブルネイのASEAN特使であるエルワン・ユソフ第2外相の度重なるミャンマー訪問要請をも拒否し続けてきた。

このためASEANによるミャンマー問題解決への道は暗礁に乗り上げ、実質的な進展がないまま10月の定例ASEAN首脳会議を迎えたのだった。

ミャンマー首脳の出席拒否という強硬策

4月以降も「5項目の合意」への履行を果たさず、少数民族武装勢力武装や武装市民組織「国民防衛隊(PDF)」との戦闘を激化して多数の死者を出し続ける軍政に対し、ASEANはミン・アウン・フライン国軍司令官を10月の首脳会議に招待することを拒否、非政治的代表(外務省職員などを念頭)の出席なら認めるとの姿勢を示した。これに反発したミャンマーは会議を欠席するという異例の事態が起きた。

コロナ禍のためオンラインで開催されたこの時の首脳会議は、ASEAN9ヵ国の首脳が画面に登場する中、ミャンマーだけは国名が書かれた画面のみが表示されるという異様な会議となった。以後、ASEANは実質「9ヵ国」による運営となり、ミャンマーは疎外され続けていた。

さらにこの会議を機に、ASEAN議長国はブルネイからカンボジアに移った。政治的力量不足とされたブルネイから、ミャンマー軍政が後ろ盾として頼りにする中国に極めて近い親中国として知られ、国内で強権的支配の独裁を続けるカンボジアに議長国が移ったことで、ASEANとしてミャンマー問題で当面は進展が望めない状況との見方が有力だった。

そうした状況の中でのフン・セン首相の突然のミャンマー訪問だった。

訪問の成果を強調するカンボジア

フン・セン首相はミャンマー訪問に先立ちインドネシアのジョコ・ウィドド大統領と電話会談したと伝えられている。これは議長国でありながらもASEANでの指導力、さらにミャンマー問題で主導権を握っているのがインドネシアであることを示しているといえる。

この会談でフン・セン首相はミャンマーを訪問する意向を伝え、ジョコ・ウィドド大統領は「5項目合意」の履行を促すように伝えただけで、特に訪問への反対も大きな期待も示さなかったとされる。

フン・セン首相の訪問、ミン・アウン・フライン国軍司令官との会談で両者は「ASEANが合意した和平努力の実施について進歩的な前進を伴う非常によい、肯定的な結果を達成することができた」と、カンボジアのプラック・ソコン外相は8日の記者会見で訪問の成果を強調した。

そのうえで「こうした交渉や今回の合意の進展に反対することは、戦争を好みミャンマーが安定と平和に戻るのを嫌悪することである」と述べて反論を封じるような発言を繰り返した。

まさにこの発言こそが、反対論を抑え込み反政府のメディアや野党を弾圧するフン・セン政権の姿勢そのものといえるだろう。

ミン・アウン・フライン国軍司令官はフン・セン首相との会談を受ける形で、戦闘を続ける複数の少数民族武装勢力との停戦を呼びかけた。しかしこれは事前の根回しや相手方との交渉もなく、あくまで戦闘の当事者である軍が一方的に呼びかけた停戦であり、その実効性には大きな疑問が投げかけられている。

全土で軍や警察との戦闘がエスカレートしている武装市民組織「国民防衛隊(PDF)」との間の停戦には一切触れておらず、反軍政を掲げる武装市民や抵抗運動を続ける国民と少数民族武装勢力の分断を狙った「停戦宣言」とみられ、反軍勢力からは「姑息なポーズ」と批判を浴びている。

スー・チーさんにさらに禁固4年判決

また、ASEANによる「5項目の合意」で言及されているスー・チーさんら、身柄を拘束されている民主政権幹部や与党「「国民民主連盟(NLD)」の関係者らとの面会、和平に向けた協議への参加に関しては一切の進展はなかったという。

ただ、会談でミン・アウン・フライン国軍司令官は、同じく身柄を拘束され国家機密漏洩の容疑で公判中のオーストラリア人で、スー・チーさんの経済顧問だった経済学者ショーン・タネル氏に関しては「裁判終了後にその扱いを考慮し、フン・セン首相にいいニュースを届けることを約束する」と述べ、大幅な減刑あるいは強制退去処分による解放もありうるとの考えを示したという。

そうした中、1月10日には、スー・チーさんに対する違法な無線機(トランシーバー)を海外から輸入した輸出入法違反と、スー・チーさんが国家最高顧問兼外相だったクーデター前の民主政権時代に新型コロナ対策で十分な感染拡大策を講じなかったとする公衆衛生法違反に対して合計禁固4年の判決が言い渡された。

これは12月6日、社会不安を煽ったとする扇動罪などで禁固4年の実刑判決が言い渡されたこと(その後軍政の恩赦により禁固2年に減刑)に続くもので、合計4つの訴追容疑に対して2つの実刑判決が言い渡されたことになる。

スー・チーさんには依然として複数の容疑による公判が続いており、さらなる禁固刑の判決が見込まれている。

成果どころかマイナス効果

このように軍政はフン・セン首相には柔軟でASEAN特使の受け入れなどで譲歩する姿勢を示しながらも、スー・チーさんに関しては依然として厳しい態度を崩していない。

これは軍政があくまでスー・チーさんの政治生命を絶つことで、今後実施すると表明している「民主的な選挙」へのスー・チーさん自身や非合法化した民主政権与党だった「国民民主連盟(NLD)」関係者の関与を断絶する狙いがあるものとみられている。

こうした軍政の強硬姿勢にフン・セン首相のカンボジアが「利用」される懸念がASEAN内部でも高まっている。

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領はミャンマー訪問前のフン・セン首相との電話会談で「実質的な進展がない限り今後のASEAN会議にはミャンマーは非政治的代表しか出席させない」と釘を刺したといわれている。

ASEAN大勢の姿勢はフン・セン首相が「実質9ヵ国のASEANを10ヵ国に戻さなくてはならない」とミャンマー首脳、つまりミン・アウン・フライン国軍司令官が欠席した状態を異常事態としてその回復に努力する姿勢を示しており、今後ASEAN内部でミャンマー首脳の会議出席を巡って亀裂が生じる可能性も高くなっている。

ミン・アウン・フライン国軍司令官との直接会談を「率直で腹蔵のない会談だった」と評価するフン・セン首相サイドだが、あくまで「訪問した」「会談した」というだけが成果に過ぎないというASEANの冷めた反応だ。

さらに「軍政にお墨付きを与えただけ」のマイナス効果だとして反発する反軍政のミャンマー国民と訪問・会談は散々の酷評にさらされている。

フン・セン首相の「スタンドプレー」は各方面に頭の痛い問題を突き付けている。

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