ゾウアザラシは見た! 南極海の「氷の穴」を動物たちが調査する

ゾウアザラシは見た! 南極海の「氷の穴」を動物たちが調査する

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/06/24
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世界の科学ニュースから押さえるべき話題を深掘りして配信する本シリーズ、今月のキーワードは「バイオロギング」。精密機器の進化が実現した夢のような映像とともに解説します。

動物たちが見せてくれる世界

鳥のように空を飛べたら、どんな景色がみえるんだろう。

そんな子ども時代の空想を現実にしたような動画がある。背中に小型カメラを着けたワシを、世界一の高さがある超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」の上から放って撮影した動画だ。SNSで人気になったので、見たことがあるかもしれない。

ワシはドバイの空をゆっくりと旋回する。他の高層ビルがまるでおもちゃのように小さく見える。やがて地上に向かって急降下。まるでワシの背中に乗っているかような浮遊感があって、何度も見てしまう。

南極のミンククジラにカメラを取り付けて撮影した動画も気に入っている。カメラを取り付けた人なのか、ボートの上の人間がクジラに手を振る。クジラが息継ぎに浮上するたび、違った風景が見える。やがて潜行していき、海の色がどんどん濃くなっていく。

小型カメラを背負った動物たちは、生身の人間にはとても到達できない、高い空や深い海の風景を見せてくれる。

人間が見ることのできない世界を、動物の力を借りて見るという方法は、動物研究の世界にもある。動物にビデオカメラやさまざまなセンサーを取り付けて、動物自身がデータを集める「バイオロギング」という方法だ。

始まりは、アメリカの生物学者が1960年代に、キッチンタイマーを改良した記録を使って、南極のアザラシがどこまで深く潜るかを調べたことだ。今では記録計も進化して、水温や水深、泳ぐ速度など、さまざまなデータを集めることができ、GPSセンサーやデータ送信機能もついている

そうした記録計をペンギンやアザラシ、クジラ、ウミガメ、サメ、渡り鳥などに取り付けて、泳ぎ方や飛び方、食生活、社会行動などを調べる研究が行われている。

南極の巨大な氷の穴をさぐる

記録計をつけた動物たちは、自分たちの生態だけでなく、彼らにしかたどり着けない、深い海や高い空の環境についても教えてくれる。

最近「ネイチャー」に発表された、南極の海氷についての研究では、ゾウアザラシに取り付けた記録計で集めた水温や水深、塩分濃度などのバイオロギングデータが使われた。

南極大陸沖のウェッデル海は、冬のあいだ完全に氷に閉ざされる。しかし2016年と2017年の冬、この海氷域に巨大な穴が開いた。ロシア語で「氷の穴」を意味する「ポリニア(Polynya)」という現象だ。

人工衛星で観測されたポリニアの面積は、2017年冬には九州の面積を上回る5万平方キロメートルにもなった。

南極大陸沖の海氷でポリニアができるのは、何らかの原因で海水に上下方向の対流が生まれ、表面の冷たい海水が下に沈み、代わりに深海の比較的温かい海水が上昇して、氷を溶かすためらしい。しかし、その様子が実際に観測されたことはなかった。

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南極のポリニア Photo by NASA

前回ウェッデル海でポリニアができたのは1970年代。ワシントン大学の研究チームはこの40年ぶりのポリニアを調べるために、いくつもの観測データを使った。人工衛星や海中観測用のロボットフロート(浮き)のデータ、そしてゾウアザラシのバイオロギングデータだ。

アザラシのデータは、他の観測データの足りない部分をおぎなう。

ストックホルム大学のチームは、2014年に発表した南極海の海水循環の研究で、ロボットフロートの観測データと、アザラシのバイオロギングデータを組み合わせて使った。すると、ロボットフロートだけの場合よりも、海氷や海水の様子がより詳細にわかり、人工衛星の観測結果ともよく一致したという

今回のワシントン大学の研究でも、ロボットフロートの観測データが巨大ポリニアそのものを描き出し、アザラシの観測データが、巨大ポリニアの発生していないふだんの海の様子を明らかにした。

ゾウアザラシは「協力者」

アメリカの公共放送PRIは最近のウェブ記事で、南極で実際にゾウアザラシに記録計を取り付けている、セント・アンドリューズ大学(スコットランド)の生態学者ラース・ベーメ氏のチームの活動を紹介している。

記録計はゾウアザラシの後頭部に接着剤で取り付ける。年に1回毛が生え替わるときに、記録計も一緒に外れる。ゾウアザラシの繁殖や寿命などへの悪影響も確認されていないという。現在、南極海には記録計を取り付けた動物が60頭から80頭いると推定されている。

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「PRI」ウェブ版より

はっとしたのは、ベーメ氏のチームの一人がゾウアザラシのことを「研究の協力者」と呼んでいることだ。

もちろん、動物語のわかるドリトル先生のように、ゾウアザラシに話をして協力を頼んだわけではない。

しかし、南極海の環境は、地球全体の環境とつながっている。そして地球環境が大きく変化すれば、人間もゾウアザラシも同じように影響を受ける。

ポリニアも、海と大気の両方を通じて、地球環境とかかわっている。ポリニアに湧き上がってくる深層水は、深海にたまっていた炭素を大気中に放出する。逆に、ポリニアから深海に沈み込む海水は、地球全体を循環する巨大なベルトコンベアーのような海流とつながっていると考えられる。

今回のワシントン大学の研究によれば、2016年と17年の巨大ポリニアは、通常と異なる海水の塩分濃度と風の強さがうまく組み合わさって発生したという。ポリニアは、単なる氷の穴ではなく、地球の大気と氷と海の複雑なつながりを示す存在といえそうだ。

その意味では、ゾウアザラシが海のデータを集め、人間がそれを使って研究するというのは、大げさかもしれないが、地球環境を守るための共同作業のように思える。動物と人間が協力し合える世界。それこそ子どもの空想のようだが、少しだけそんな世界に近づいた気がする。

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