「別人」と語る“山本昌広”がみる山本昌に「あいつ、すごいな」

「別人」と語る“山本昌広”がみる山本昌に「あいつ、すごいな」

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  • 更新日:2016/11/30

Q.山本昌広から見た「山本昌」はどんな人ですか?

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やっぱり「別人だな」と思いますよ。テレビで「山本昌」が映っているところを見たりすると、本当は自分のことなのに「あんなにすごいことをよくやったな。200勝もできたなんて、すごいなあいつ」と。

最初に断っておきますが、私は「山本昌」ではありません。私の本名は山本昌広です。

ご存じのかたも多いと思いますが、私は1984年から現役生活を32年間続けさせていただきましたから、単純に計算して私が中日に入団した84年以降に生まれた方のなかには、私の本名を山本昌と思っている人も多いのでしょうが、違うのです。

そもそも、私がなぜ山本昌になったのかというと、90年に山本保司選手が中日に入団したからでした。そこから、彼が96年にトレードでロッテへ移籍するまで「山本昌」「山本保」と区別されていたわけです。この期間に私は、最多勝2回や沢村賞を獲得しましたので、ファンの皆さんの間で「山本昌」がすっかり定着したのでしょう。なので、私のほうから球団に「このまま山本昌でいかせてください」とお願いしたのです。

■誰も到達したことがない「山本昌」はすごい

引退した今、改めて振り返ると、とても、山本昌広が成し遂げた記録とは思えませんし、その記憶は全くありませんね。知識としてはありますから、それを実際に掘り起こしてみると、例えるなら登山初心者がエベレストやK2、マッターホルンといった山を登り切った登山家を羨望のまなざしで見るような。「山本昌って、あんな高い山をいくつも登ってきたんだな。あんな場所まで駆け上がってきたんだ」と、ただただ感心するばかりなんです。山本昌広からしたら200勝はもちろん、日本のプロ野球で誰も到達していない「50歳まで現役」までたどり着いた山本昌は、本当にすごい人なんです。

現役時代からそうでしたが、家に帰れば山本昌広に戻ります。プロ野球を引退したので、本名の山本昌広として活動してもいいんですが、みなさんからしたら私はいつまでも山本昌ですので、このままでいいかな、と思っています。おそらく、世間的には「やまもと・まさ」ではなく「山本昌(やまもとまさ)」として認識されているのでしょう。覚えていただけるのなら、大いに結構です。

昨年から、解説者など新たな人生をスタートさせましたが、「野球選手・山本昌」のように、いつか「あの解説者もすごいところまで行ったんだな」と感じるようになればうれしいですね。

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