遅々として進まない自由貿易協定「日本が悪者」にされてしまった理由

遅々として進まない自由貿易協定「日本が悪者」にされてしまった理由

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/14
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ようやくスタート地点まで来たが…

アメリカ離脱後のTPP(環太平洋経済連携協定)について、日本、カナダ、オーストラリアなど11カ国は11月11日、当初合意に含まれていたアメリカ関連の20項目を凍結したうえで、2019年の発効を目指すことに大筋合意し、その概要と閣僚声明を発表した。

発効すれば、新協定はGDP(国内総生産)で世界の12.9%、貿易額で世界の14.9%、人口で6.9%をそれぞれ網羅するメガ貿易協定となる。限られた時間の中で、茂木敏充経済財政・再生大臣をはじめとした交渉団が、最終局面で共同議長の大役を務めただけでなく、何か月も前から精力的に各国の利害を調整して成果をあげたことを高く評価したい。

直接の経済効果だけでなく、今年7月に大筋合意して2019年の発効を目指す日本―EU間のEPA(経済連携協定)に続く成果として、他の通商協定交渉に弾みをつける効果もありそうだ。

とはいえ、世界的な保護主義の台頭と対峙していくうえで、大筋合意は通過点でしかない。もっと言えば、当初予定していたところよりかなり後方のスタート地点に、ようやく辿り着いたと考えるのが妥当だろう。

そもそもTPPは、国際的な自由貿易体制の確立のため、日米が中心となって築いた対中包囲網だ。その交渉の牽引役を果たしたのは、オバマ前米政権である。

ところが、習近平体制が「一帯一路」を掲げ、中国中心の新しい国際経済秩序を着々と築きつつあるのに対し、TPPのほうはトランプ政権が離脱したことが響いて、アメリカ抜きという“片肺飛行”状態にある。

しかも、9日のTPP閣僚会合で大筋合意した後、カナダが内容に難色を示し、首脳会合というセレモニーの開催が見送られる異例の事態が起きた。来年2月をメドにしている調印式までに、継続交渉を完了できるか不安を残した格好なのだ。

政府には、まず継続交渉を完全合意に導き、2019年の発効を揺るぎないものにする詰めが残っている。次いで11か国と連携して、トランプ政権にアメリカの復帰を促すという大きな課題に取り組まなければならない。

加えて、政府は不本意だろうが、東南アジア諸国を中心に、もう一つのメガ自由貿易協定である「RCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)の大筋合意を潰したのは日本だ」という対日不信が高まっている現状を直視して、通商外交戦略を見直す必要も出ている。

中国主導の経済秩序の確立を目論む習体制との主導権争いは、激しさを増していくばかりだ。

「CPTPP」の眼目は?

内閣官房TPP等政府特別対策本部によると、ベトナムのダナンで合意した、アメリカ抜きの協定の名前は「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」という。CPTPPは、加盟国の過半にあたる6か国の承認手続きが済むと、その60日後に発効することになった。

焦点だった凍結項目数は、当初60程度あったが、今回までに3分の1にしぼり込まれた。凍結対象には、医薬品の開発データの保護期間(原則8年)や著作権の存続期間(作者の死後70年)など知的財産をめぐるものが多いほか、政府調達や電気通信の紛争処理に関する項目などが含まれている。

その一方で、マレーシアが凍結を要求していた「国有企業分野の開放」や、ベトナムが凍結を要求していた「労働者と政府の紛争処理規定」など、4項目が継続交渉となった。

逆に、成果としては、これまでのFTAやEPAには存在しなかった「電子商取引(EC)」に関するルールが存続。各国はデータ流通の自由やビッグデータを保存するサーバーの国外設置を容認し、中国のような政府による規制や介入を認めない方針を確認した。

対する中国は今年6月、「インターネット安全法」を施行し、EC関連を含むネット企業に対して、政府が情報提供を迫る権限を握る体制を確立。結果として、中国では、マーケティングなどに不可欠なビッグデータを保存するサーバーを国内に設置する圧力が高まる見通しだ。情報を政府の管理下に置こうとする動きは各地に広がりかねない状況だが、今回合意したCPTPPは、こうしたEC分野における統制経済に対する防波堤の役割を担うことになる。

「カナダ・リスク」が表面化し始めた

継続交渉で特に気がかりなのは、カナダの動向だ。

現地からの報道によると、トルドー首相が11日、大筋合意そのものは認めながらも、自動車など2分野に言及。「国民の利益にならない協定には慌てて駆け込むことはしない」「カナダとカナダ国民にとって最善の協定にするため、まだやるべき仕事が残っている」と、今後の協議で凍結項目に盛り込むよう粘り強く交渉する考えを強調した。

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カナダのトルドー首相のひと言で、継続交渉に暗雲が… photo by gettyimages

カナダは一連の交渉で、自動車の安全基準に難色を示したほか、自国文化を保護するため、外国からの投資の制限や自国産業への補助金の支給が可能な「文化例外」を廃止する条項の凍結を求めている。

専門家たちからは、自動車にゼロ関税を適用する際の条件である部品の現地調達規制(原産地規制)で「カナダが早期に妥協できない問題があったのではないか」との指摘もなされている。

これらはいずれも、カナダと米国が来年3月の合意を目標に交渉中のNAFTA(北米自由貿易協定)で争点となっている。下手な妥協をすれば交渉材料を失うことになりかねず、NAFTAに先駆けてTPPで譲歩することはできないというわけだ。

トルドー政権は、保守党の前政権が合意に漕ぎ着けたTPP交渉を批判して、2015年に政権奪取を実現した経緯がある。CPTPPの交渉における安易な妥協は、国民の支持を失う結果にもつながりかねないだけに、頑なになるリスクが残っている。

「日本が戦犯」との認識も

困難という意味では、アメリカの復帰も一筋縄ではいかないだろう。

トランプ大統領は10日の現地での演説で「公正で互恵貿易の原則を守る国とは2国間の貿易協定を結ぶ。主権を放棄するような協定には取り組まない」とあらためて語っており、貿易交渉の軸を2国間協定に移し、TPP11参加国とも個別の通商交渉に注力する構えだ。

11カ国が一致して、アメリカがTPPに復帰すれば今回凍結された項目が解除され、同国の関心事項を早期に国際ルール化する道が開ける、という論理をもってアメリカの復帰を促したいところだ。その一方で、各国がTPPで合意した以上の妥協はしない考えを明確にして、トランプ大統領に再考を促す粘り強さも求められている。

また、将来、中国を参加させる布石として、CPTPP加盟国を増やすことも大きな課題だ。加盟の意欲が強いとされる台湾だけでなく、インドネシアやタイの勧誘は急務である。

最後の課題は、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、 タイ、ベトナムのASEAN10か国に、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドの6か国を加えたRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)交渉における中国との綱引きである。

政府は、日本から輸出する工業製品の90%以上で関税の段階的な撤廃を獲得したことを理由の一つに掲げて、CPTPPは「包括的及び先進的なTPP」と成果を誇示した。そして、CPTPPをモデルにRCEPをレベルの高い協定に高めるよう主張し続ける構えだ。

しかし、こうした日本の姿勢がもろ刃の剣になっていることをそろそろ直視すべきだろう。

CPTPP諸国と違い、RCEPの交渉参加国はまだ経済が成熟しておらず、多くの幼稚産業を抱えているのが実情だ。つまり、総論では自由貿易に賛成でも、まだ「包括的な自由貿易協定」を受け入れて国内産業を壊滅させるわけにはいかない段階の国が多い。

そういう国々にとって、高いレベルでの協定という現実離れした要求を突きつける日本は「RCEPの合意を困難なものにして、潰している戦犯」と映っているようだ。ASEAN50周年の今年中に大筋合意を目指していたのに、12日のRCEP閣僚会合で事実上断念せざるを得なかったのは、「TPP偏重の日本の交渉姿勢に問題があった」との批判が渦巻いているらしい。

まずは合意を取り付けるべき

幸か不幸か、中国もこの交渉では失態が目立つようだ。

中国バブル崩壊の影響を最小化したいという事情もあったのだろうが、インドネシアなど東南アジア諸国に猛烈な輸出攻勢をかけて、現地産業に大きな打撃を与えている。各国は、これ以上中国の言い分を受け入れて自由貿易を進めると、国内産業が壊滅しかねないと中国不信を募らせているという。

中国の新通商秩序の構築戦略の軸は、あくまでも「一帯一路」構想だ。その意味では、中国にとってRCEP交渉は、自由主義陣営による中国包囲網ともいうべき高いレベルの協定の誕生を牽制する場に過ぎないのである。

また、中国の一帯一路構想に含まれるパキスタン回廊構築構想は、インドにとっては家の中に土足で踏み込まれるような話で、反中感情を強める原因になっているという。そのインドが、国内で保護すべき産業が多過ぎて、RCEP交渉のお荷物と言われていることも見逃してはならないだろう。

ここは思案のしどころである。

RCEPについては、この際、高いレベルの協定を目指すよりも、関税解除率などが多少下がってもよいから、各国間での大筋合意こそ肝要になっているのではないだろうか。

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ベトナム・ダナンでの閣僚会合に参加した茂木敏充・経済産業相 photo by gettyimages

そうした発想に立てば、中国不信を強めるインドネシアや反中感情を募らせるインドを推進派に衣替えさせることが可能で、推進力を失っていたRCEP交渉も活性化するはずだ。高いレベルの協定は、発効後の改定で目指したほうが円滑に実現できるはずである。

アメリカ抜きのTPP交渉で大きな成果をあげたいまこそ、立ち止まって、政府の通商交渉戦略を再点検する好機である。

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