悪夢の「マツダ地獄」を止めた第6世代戦略

悪夢の「マツダ地獄」を止めた第6世代戦略

  • ITmedia ビジネスオンライン
  • 更新日:2017/03/20
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「マツダ地獄」という言葉がある。一度マツダ車を買うと、数年後に買い換えようとしたとき、下取り価格が安く、無理して高く下取りしてくれるマツダでしか買い換えられなくなる。その結果、他社のクルマに乗り換えできなくなることを表した言葉だ。発想の原点は「無間地獄」だろう。

誰も得をしていない

なぜマツダはそんなひどい言われ方をしていたのだろう? マツダは新車の販売が下手だった。ブランドバリューが低いからクルマを売るとき、他社と競合すると勝てない。あるいは勝てないという強迫観念を営業現場が持っている。それを挽回してマツダ車を買ってもらうために、分かり易いメリットとして大幅値引きを行う。しかし値引きが常態化して新車の実売価格が下がれば、好き好んで新車より高い中古車を買う人はいないので、新古車でさえ値段が下がる。そこから先はドミノ倒し式の崩壊だ。つまり新車の値引きは中古価格の暴落を生む。しかも新車以上に中古車はブランドイメージで値段が変わる。

そうなると、仮に新車から5年乗って「そろそろ新しいクルマに……」と思っても、下取り価格が低くて買い換えを躊躇(ちゅうちょ)するユーザーも一定数出てくる。元々が新車値引きに釣られて買ったユーザーなので、経済的にもあまり豊かとは言えない。そういう人が低い下取り価格に直面すれば「もう少し乗るか」という判断になりがちだ。

そうやって年式がどんどん落ちていき、さらに査定額が下がる。結局買い換えの踏ん切りが付くのはもうクルマの商品としての寿命が尽きた後。そんなときに下取り車に何とか値段を付けてくれるのはメーカーが下取り促進費を負担するマツダだけ。だからまたマツダになる。そして手元不如意のためまた大幅値引きを要求する。

第6世代の集大成として2巡目のトップバッターとなった新型CX-5。約1ヶ月で目標の約7倍となる1万6639台を受注した

「ずっとマツダに乗ってくれるならいいじゃないか」と言えないのは、それが常に強い値引き要求と買い換えサイクルの長期化という問題を含んでいるからだ。デフレスパイラルにも似たネガティブな輪廻が繰り返されており、長期的に見ればユーザーも販売店もメーカーも誰も得をしていない。

ブランド価値の向上

この地獄を脱出しない限り、マツダに未来はなかった。先代CX-5から始まる第6世代商品群は、この問題に真剣に取り組むことからスタートした。それがマツダの言う「ブランド価値の向上」だ。「どこでも聞くような標語だなぁ」と当時は思っていたが、そうではない。例えば、余命宣告された人が「健康は大事だよ」と静かに言うような覚悟と思いの込められた言葉だったのである。マツダの「ブランド価値の向上」はハイファッション・ブランドの人たちが言うようなスカした抽象論ではなく、ビジネスの根幹にあるクルマの販売を根本的に改革することこそが目的である。

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マツダの変革の最初の狼煙は初代CX-5だった。エンジンから始まり、ようやくシャシーまでがSKYACTIV化されたフルSKYACTIVの第1号として2012年に登場した

この輪廻を断ち切るための現実的なスタートは新車の値引きをしないことだ。しかし、ただ販売店に値引きを禁じれば良いというわけにはいかない。そんなことをメーカーが販売店に強要したら独禁法違反でアウトだ。なので、値引きをしないで売れるためには何がどうあるべきかを根底から考えなくてはならない。

値引き勝負をしないためには、クルマの価値を認めてもらうことだ。幸いなことにマツダには歴代ロードスターという成功例があった。ロードスターを買うユーザーは、安いから買うわけではない。ロードスターの価値を認めて、まず商品に惚れ込み、その上で懐具合と相談する。「4人乗れて動く安いヤツ」を探しているわけではない。しかし、商品として極めて個性的なロードスターならともかく、ほかの基幹車種をどうやってそのパターンに持ち込むのか? それは相当に難しいことに思える。

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1989年に、突如ライトウェイトスポーツカーというジャンルを復活させた初代ロードスター。当時はユーノス・ブランドで販売されていた

第6世代商品群を作るにあたって、マツダはまず走りとスタイルに個性を持たせた。全員に好かれようと考えるのを止めて、2%の人がどうしても欲しいクルマを作ることにした。ロードスターに範を取り、全マツダ車の位置付けをそう再定義したのだ。そんなことをして大丈夫なのだろうか?

実は、世界の新車販売台数は約1億台だから、2%は200万台になる。2017年3月期のマツダの通期販売見通しは155万台だ。だから2%は決して諦めの数字ではなく、むしろ野心的な数字とさえ言える。それができるかどうか以前に、誰にも好かれようとして無難なクルマを作っても、それを販売力で押し切れないことは既に長い実績が証明している。それがダメだということだけはハッキリ結論が出ているのだ。

だから個性こそが大事だと考えた。しかし製品として個性的なクルマを作れば値引き要求されなくなるのか、と言えばそれはそんなに簡単ではない。「好きだから欲しい」という購入モチベーションは必要条件に過ぎず、十分条件ではない。マツダは販売から後の部分にも手を入れた。この詰め将棋のような戦略が面白い。

マツダの価値を変える覚悟

まずは2年に一度のマイナーチェンジを止めて、毎年の商品改良に切り替えた。これにより、マイナーチェンジを挟んで前後のクルマの中古車価格の変動が少なくなり、クルマの価値が時間軸で安定する。狙いは中古車の流通価格の安定である。ブレがあると人は安値に注目する。だからマイナーチェンジで見分けが付きやすいほど外観を大げさに変えなくなった。

そうやって流通価格を安定させた上で、残価設定型クレジットの残価率を引き上げた。一部の車種を例外として3年後の残価率55%を保証した。市場に任せるだけでなく、メーカー自身が市場価値を保証したのである。ここはブランド戦略の勝負どころだ。価値が落ちないことをメーカー自身が信じ、それを保証しなければ誰も信じない。

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ブランド価値向上の勘所として、3年後の買取価格を55%に設定。3年後に再度ローンを延長するか、現金決済するか、クルマを引き渡すかが選べる(出典:マツダWebサイトより)

しかし、残価保証とはつまり買取保証ということなので、その戦略を完遂するためには、何が何でもリアルワールドでのクルマの価値を維持しなくてはメーカーが大赤字になってしまう。仮にユーザーが「買取価格が保証されているから、メンテは適当に」ということになると、劣化によって生じる市場価格との差額をマツダが補てんし続けることになる。そうならないためには中古車の劣化を食い止めなくてはならない。

だからメインテナンスのパックメニューを用意した。期間はいくつか選べるため、多少の違いはあるが、基本的な考え方としてはタイヤ交換以外のすべての定期点検と消耗品交換を含むメニューで、購入後の予定外出費を不要にするものだ。これに加えて、制限付きながら、ボディの無償板金修理を負担する保険も用意した。徹底して価値の低下を防止する意気込みだ。

このあたりマツダの都合とユーザーのメリットが一致しているのも面白い。マツダでは「お客さまの大切な資産を守る」と言う。ウソではないが、それはマツダにとってもマツダ地獄を抜け出すための重要な戦略なのだ。マツダの説明によれば、その結果、CX-5の新車を現金で購入後、7年間乗り続ける場合と、残価設定ローンで3年ごとに新車に乗り換え、7年目の時点の支払額がほぼ同額になるのだと言う。ユーザーはいつも新車に乗っていられるし、マツダは3年ごとに新車を買ってもらえてまさにwin-winだ。

数値結果

さて、こうした戦略をとったマツダだが、第6世代が一巡して、マツダ自身が6.5世代と位置付ける新型CX-5が登場したところでこの戦略は成功しているのだろうか?

まずは、狙い通り乗り換えサイクルが短縮したのか? 長期化すれば下取りが悪化して地獄へ逆戻りだけに、ここは重要だ。新型CX-5は今年2月2日の発売から約1カ月で1万6639台を受注した。目標の約7倍となる成功だ。しかも注目すべきは、初代CX-5からの下取り乗り換えが39%に達していることだ。初代のデビューは2012年なので、つまり最長でも5年以内の乗り換えということになる。

初代CX-5が出た2012年の例を見ると、41%がマツダ車からの乗り換えだったが、新型ではこれが66%に上がった。「マツダ車からマツダ車への乗り換えはマツダ地獄ではないのか?」と考える人もいるだろうが、前述の通り、初代CX-5から5年以内に乗り換えているケースが多い上、安全装備が付いた上位グレード、Lパッケージとプロアクティブが受注の95%を占めている。つまりお金がない中で苦労して乗り換えているという様子には見えない。マツダの人に聞くと、「下取りが予想外に高くて喜んでいらっしゃるお客さまが多いです。その結果、上位グレードが売れているのではないかと思っています。マツダ地獄じゃなくてマツダ天国になったのかなと……」。

マーケットは不思議なもので、時代に即応する。良いクルマはほぼ間違いなく中古車価格が高い。ただし中古車価格が高いクルマが良いクルマとは限らない。いずれにしても下取り額が上がり、買い換えサイクルも短縮された。程度の良い中古が市場に増えれば中古車マーケットも賑わう。そして何より大事なのは、マツダが新車販売を値引き勝負で戦わなくて済むようになったことだ。こういう戦略があればこそ、ディーラーのCI(コーポレート・アイデンティティ)変更も順次行われている。黒を基調にした新しい店舗への刷新は、マツダのブランド価値の向上の重要なパーツなのである。

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ディーラーそのものも新世代へ移行している

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黒を基調にした新デザインに改められたディーラー。外観も内装もこれまでのイメージを刷新した

以上はマツダの説明を基に筆者が見立てた第6世代がマツダの何を変えたのかについての分析である。マツダから提供された数値については、筆者もそれなりに納得しているが、少し意地悪に見れば、マツダのラインアップの中で車両価格が比較的高いCX-5であることも勘案すべきだと思う。デミオでこうした数字が出て来たとき、作戦の成功が確実なものになるだろう。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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