ブラック部活問題は学校の存在意義を根幹から揺さぶる

ブラック部活問題は学校の存在意義を根幹から揺さぶる

  • アゴラ
  • 更新日:2018/01/13

部活動の強制入部が問題になっている。それに教師、生徒に多大な負担を及ぼすブラック部活問題にも動きがありそうである。基本的には、よいことである。

ただし、これは部活をどうこうしただけでは解決しない大きな問題をはらんでいると言える。

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部活の強制入部をなくしました。外部委託をしました。みんなの負担が減ってよかったね。と単純にならないと思われる。なぜかというと、部活は生徒指導の生命線だからだ。部活動における態度指導が、学校の安定に大きな貢献をしているのだ。部活の顧問の影響力は大きい。過ごす時間も担任より多くなるだろう。指導はもちろん熱心だし、試合に登用する生殺与奪の権もある。そんな先生から、態度の指導まで受ければどうだろう。授業しか教えない教師の言葉よりはるかに重いだろう。部活の顧問の言うことはきく。こういうことによって、学校は安定する。言うなれば、部活に入っていない生徒は、部活に入っている生徒たちによる安定にフリー・ライドしているとも言える。

それでも、希望入部制や外部委託にするとする。そうなれば、学校の存在意義の根幹にかかわってくる。学校は勉強するところではないのだ。日本人としての規範を内面化するところである。その装置として部活動の影響力は絶大なものだ。

つまり、部活を手放すということは、学校の存在意義の根本的な再定義をしなくてはならないことになる。

もちろん、だから部活が必要だと言いたいのではない。部活という安定装置を前提としているのに、それだけとっぱらってしまったら、どんな状況が残るか想像できますかということだ。部活に変わる、あたらしい秩序を生成する制度を考えなくてはならない。これは壮大な制度変更となるだろう。

ICTの導入も同じである。学校は勉強するところではなかった。だが、ICTは勉強を効率化することだ。逆説的だが、効率化しないことが学校の存在意義だったのだ。教員の間では、黒板をノートにしっかり写させることがとても大切だといわれるが、あれは別にノートを写させることによって学力を向上させたいわけではなく、学校に従順な生徒を作るためだ。わからない生徒も黒板を写すことによって勉強した気になるし、塾などでわかりきっている生徒も時間を消費することができる。ふつうに考えて、授業もよく分かっていない生徒が板書まで正確に写していたら、ますますわからなくなるだろう。従順な生徒を作ることによって、社会も企業も恩恵を受けている。なので、ICTを使った教育も学校には(今のところ)なじまないと思われる。

これら学校の前近代性というか非常識、非効率を批判するのはひじょうに簡単だ。しかし、この前近代性と非常識によって、学校の秩序は保たれているところがある。場合によっては、企業に従順な、効率を考えずに必要以上に遮二無二働く労働者としてのトレーニングも徹底して行われていると言える。

ゆとり教育以降「新しい学力観」への移行が必要だと声高に叫ばれたが、ブラック部活の問題は、意図せずして、学校の存在意義の再定義をわれわれに突き付けるのだ。これは「学校のことは学校でなんとかしてよ」と若者の問題を学校に丸投げしてきた日本社会全体への問いかけでもある。

中沢 良平(元小学校教諭)

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