助手席の男は飛び出して車を止めようとした パリ〜ダカールラリー2001年大会で起きた事件

助手席の男は飛び出して車を止めようとした パリ〜ダカールラリー2001年大会で起きた事件

  • J SPORTS
  • 更新日:2017/11/13
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ド直球なテーマ

「世界最高峰のアドベンチャーラリー」と呼ばれるダカールラリーは、2018年大会で40回目の節目を迎える。
40回目の大会のテーマは

DREAM.
DARE.
LIVE IT.

『夢を持て 挑戦せよ 人生を楽しめ』

もう、少年ジャンプの掲げるようなド直球なテーマだと思う。
口に出したらちょっぴり恥ずかしいけれど、いつまでも夢を持って挑戦し、人生を楽しめたら最高だ。
乱暴に訳せば「人生は一度きり、夢に向かって生きようぜ」と、なるだろうか。

40周年大会ということで、主催者であるA.S.O(アモリースポーツオーガナイゼーションという、フランスのスポーツイベント主催団体。ツール・ド・フランスやパリマラソンの主催者でもある)が、大会スタートに向けてカウントダウン動画を発表し始めた。
その動画数は40回目の開催にちなんで、「40」本。

ということで、順次40本を紹介していきたい。
最初の大会は、1979年なのでもしかしたら「そんな昔の話、キモっ」と思われるかもしれないが、ここ最近の大会の動画もあるので、時代の移り変わりを感じられることだろう。

許せなかった前代未聞の「卑怯な行為」

一本目の動画はこちら

タイトルは「シュレッサーと増岡の闘い」

舞台は第23回、2001年のパリ〜ダカールラリーだ。

事件は1月20日、ラリー最終日の前日に起きた。首位を走っていた増岡 浩(チーム三菱ラリーアート)のパジェロは、青いシュレッサーバギーの2台にコースをブロックされる。何とか追い越そうとして、脇道に出たところで左後輪を激しくヒットし、タイムロス。

2位に転落し、翌日そのままの順位でゴール。初優勝はならなかった。

もう少し詳しく話すと、事件前日の1月19日のラリーで首位だった増岡、20日は1番手スタートだった。これはダカールラリーの通例で、遅い車が先頭を走るのは危険ということ等が理由からだ。1番手のスタートを待っていた増岡の前に、2台のシュレッサーバギーが突如、増岡のパジェロの前に割り込んできて、ペナルティ覚悟で先にスタートを切った。
ここまで汚いやり方は、後にも先にも見たことが無い。

パジェロの前には2台のシュレッサーバギーが、増岡をあざ笑うかのように走る。
増岡は何とかすぐ前のシュレッサーバギーを脇道から抜くが、その際に隠れていた木の切株に左後輪をぶつけてしまう。破損しながらも走るものの、あらぬ方向を向いた左後輪の破損のため、それ以上の走行は不可能となりストップ。

助手席で地図を読むナビゲーターのメモンは、車から飛び降りてシュレッサーバギーの前に立ちはだかる。普段は温厚で知られるメモンも、この暴挙を許すことができなかった。
結果として、増岡は総合2位となり、念願であった初優勝の夢は叶わなかった。(優勝は増岡のチームメイト)

怒りの言葉よりもひとつの結果

しかし、勝利の女神は決して増岡を見捨てなかった。
事件から1年後の2002年、第24回パリ〜ダカールラリーで、増岡は何と12日間に渡ってトップを維持して、初の総合優勝の栄冠を手に入れた。
さらに、2003年の第25回大会でも優勝し、日本人初の2連覇を達成するという快挙を成し遂げた。

DREAM.
DARE.
LIVE IT.

事件あった日のゴールで、「今日の出来事についてどう思いますか?」というTVカメラのインタビューに、増岡は一言、冷静にこう答えた。
「Nothing special(特にいうことは無い)」

フランスのスポーツ紙レキップに『サムライ』と称された増岡らしい一言だった。

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