「あの河川敷はリンチをやるときの定番の場所」川崎中1男子殺害 現場を歩いて見た“ディストピア”の現実

「あの河川敷はリンチをやるときの定番の場所」川崎中1男子殺害 現場を歩いて見た“ディストピア”の現実

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/01

工業都市・川崎。2015年2月20日、川崎区の多摩川河川敷で、当時17歳~18歳だった3人の少年が、中学1年の少年Xをカッターナイフで43回切りつけて殺害するという事件が起きた。過酷な住環境の中をヤクザが闊歩し、貧困が連鎖するこの街では、陰惨な中1殺害事件のほかにも、ドヤ街での火災、ヘイト・デモといった暗い事件が続く。その一方で、この街からは熱狂を呼ぶスターも巣立っている。

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ここは地獄か、夢の叶う街か――。負の連鎖を断ち切ろうとする人々の声に耳を傾け、日本の未来の縮図とも言える都市の姿を活写して話題の『ルポ川崎』(磯部涼著)から、第1話「ディストピア・川崎サウスサイド」を紹介する(全2回の1回目/後編を読む)

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©iStock.com

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全身に痣や切り傷を負った少年の遺体

平和な光景だった。よく晴れた日曜の午後、なんの変哲もない川沿いの土手を、ぽつりぽつりと人が通り過ぎていく。ベビーカーを押す若い夫婦、雑種犬を連れた老人、トレーニングウェアを着たジョガー。下方の河川敷では中年の女性が野草を摘み、親子が釣りをしている。水面に目をやれば、やはり魚を狙っているのだろう小鳥が空中から勢いよく下降し、かすかな飛沫を上げて飛び去った。そう、実に平和な光景だった。しかし、ほんの数カ月前、まさにこの場所で、世間を騒がせる陰惨な事件が起こったのだ。

2015年2月20日、午前6時頃。神奈川県川崎市川崎区港町で、多摩川沿いの土手を散歩中の地元住民が、河川敷に全裸で転がっている遺体を発見した。被害者は中学1年生の少年X。全身に痣や切り傷といった暴行の跡が見られ、特に首の後ろから横にかけては頭部の切断を試みたのではないかと思えるほど、深く傷つけられていた。死因は頸動脈の損傷による出血性ショック。遺体は血だまりや凶器と見られる工業用カッターナイフの刃が落ちていたところから、数十メートル離れた場所にあり、被害者は暴行を受けた後、助けを求めるため這って移動し、途中で事切れたようだった。

“川崎国”なるキーワードが生まれ報道は過熱

そして、2月27日。当初から主犯格として捜査線上に浮かんでいた18歳の少年Aが川崎署に出頭。同日、やはり、共犯と目されていた17歳の少年BとCが殺人容疑で逮捕された。彼らは日頃から少年Xを子分のように扱い、犯行当日は態度が悪いと言いがかりをつけて暴行。さらに、最低気温4度の寒夜に裸で川を泳がせた末、致命的な傷を負わせたまま放置。犯行現場から700メートルほど離れた児童公園のトイレで被害者の衣服を燃やし、証拠隠滅を図ったとされる。

事件は近年稀に見る凶悪さに加えて、容疑者のグループと少年Xが、当時はまだ目新しかったソーシャル・ネットワーキング・サービス、LINEでやり取りしていたことから、現代的な事件だと捉えられ、報道が過熱。また、少年Xの膝には擦り傷があって、加害者は彼を跪かせた上で首にナイフを当てたと見られたが、それはやはり当時話題だったイスラム国の処刑映像を模したのではないか、という憶測が“川崎国”なるキーワードを生み出し、下世話な興味を煽っていった。現場の河川敷にも、少年Xの死を悼む人々はもちろん、メディアや野次馬が押し寄せる。献花が山になる一方で、火災も発生した。

質問サイトの答えに従い、事件現場へ

事件の現場は、検索エンジンに「川崎 殺人 場所」と打ち込めば簡単に知ることができる。話題は当然のようにインターネット上でも駆けめぐり、結果、今でも様々な情報が転がっているのだ。

「川崎中1殺害事件の詳しい場所を教えてください。冥福を祈りに行きたいのです」

質問サイトに寄せられたそんな問いに対する答えに従って、京急川崎駅から多摩川沿いに臨海部へと向かう短い路線、京急大師線に乗り、隣駅の港町で下車する。真新しいホームに降り立つと聞こえてきたのは、1957年、日本コロムビアから発売された美空ひばりの代表曲のひとつで、港町が歌詞のモデルになったという「港町十三番地」のメロディだ。壁には大きくこう記されている。

「音楽のまち・かわさき レコード発祥の地 アナログからデジタルへ」

現場は地元住民の生活圏にあった

1912年、農業が主な産業だった川崎町(現・川崎区)は工場誘致を開始。以降、多摩川沿い~臨海部に日本鋼管(現・JFEスチール)や、鈴木商店(現・味の素)、浅野セメント(現・太平洋セメント)の工場が次々と建設、工場地帯として発展していった。日本初のレコード会社で、米コロムビア・レコードと提携関係にあった日本蓄音器商会(現・日本コロムビア)はそういった流れに先駆けて川崎町に本社工場を構える。最寄り駅はコロムビア前駅と名づけられ、44年には港町駅と改称。そして、70年後の2014年に改装される際、“レコード発祥の地”というイメージを打ち出したのだ。ちなみに、日本コロムビア・川崎工場は07年に閉鎖され、跡地は現在、マンション〈リヴァリエ〉になっている。港町駅の改装もその建設に合わせて行われた。

港町駅北口を出ると、そのまま、リヴァリエの敷地に入り込むことになる。見上げれば、29階建てのいわゆるタワーマンションが青空に突き刺さっている。周辺にはほかに高い建物がないため、その大きさが際立つ。綺麗に整えられた芝生が日差しを浴びて輝く中を歩いていくと、エントランスから、中年の白人男性とヒジャブを被った女性、大きなサングラスをかけた少女が出てくるところだった。いかにも裕福そうな家族だ。A棟とB棟があるリヴァリエは、さらにC棟が建設中(取材当時)で、最終的には3棟の巨大なマンション群になるのだという。

やがて、道は多摩川の土手に突き当たり、下流の方向に味の素の工場と立派な水門が見える。1928年に建設、現在は登録有形文化財となっている、その昭和モダニズムを感じさせる川崎河港水門の足元の河川敷で、少年は暴行を受け、事切れたのだ。報道を通じて、現場はひと気のない場所だという印象を受けていたが、実際は地元住民の生活圏にあった。しかし、取材(2015年10月)の8カ月前に何が起こったかを伝えるのは、安全管理の観点から献花を撤去したことを記した、川崎区役所こども支援室による立て看板と、それに向かって手を合わせるのがむしろ場違いな我々のみだ。少年が迫り来る死に怯えながら泳いだ水面に釣り糸を垂れる親子が、珍しそうにこちらを眺めている。

11人が死亡した火災事件

中1殺害事件はJR川崎駅の北東1.5キロほどの場所で起こったが、2015年には、南西1キロほどの場所でもやはり、世間を騒がせる事件が起きている。同駅は年間利用者数が全国10位(14年)の巨大ターミナルだ。東口を出ると繁華街が広がっているが、そこから南に向かうといつの間にかテーマパークに迷い込んだような気分になる。イタリアの街並を模してつくられたというショッピング・ストリート〈ラ チッタデッラ〉。その中にはシネマ・コンプレックス〈チネチッタ〉があり、通りの終わりにはキャパシティ一1300人規模の大型ライヴホールで、1988年の開店以来、日本のラップ・ミュージックをはじめとするかつてはマイナーだったジャンルを支えてきた〈クラブチッタ〉がある。

ただし、家族連れや若者で賑わう〈ラ チッタデッラ〉の裏手は、ソープランド街として知られる南町で、川崎をテリトリーとする暴力団・山川一家と、その傘下の内堀組も本部を構えている。そして、大通りを挟んだ隣町が日進町だ。一見、なんの変哲もない住宅街だが、少し歩いてみればちょっとした違和感を覚えるだろう。例えば、児童公園では日中にもかかわらず酒を飲んでいる男性が目につく。そして、住宅街を抜けて高架をくぐると、ふるびた旅館が建ち並ぶエリアに出る。それらは、3000円ほどで四畳半の部屋に1泊することができる簡易宿泊所である。このあたりは日雇い労働者のための居住地区、いわゆるドヤ街なのだ。

2015年5月17日午前2時頃、川崎区日進町で、マンションの住人から「近所で火災が発生している」という通報があった。出火元は1961年開業の簡易宿泊所〈吉田屋〉。やがて、隣接する62年開業の簡易宿泊所〈よしの〉へと燃え移り、11人が死亡、17人が負傷する大惨事となる。ようやく鎮火したのは夜7時だった。出火原因は放火の可能性が高いと見られているが、依然、犯人は捕まっていない。

陰惨な事件があっという間に忘却されてしまう空間

火災から約半年。現在、〈吉田屋〉と〈よしの〉がどうなっているのかを知るために、やはり、インターネットで得た情報を元にグーグルマップが指し示すあたりを歩いてみるが、見つからない。しかし、引き返すときに気づいた。それは、すっかり消失していたのだ。マンションと駐車場に挟まれた小さな空間が跡地だった。仕方なく、駐車場のブロック塀に残った黒い焼け跡を眺める。そのとき、背後の公園からひどく酩酊した中学生ぐらいの男子が千鳥足で出てきて、隣にある公団住宅の駐車場に倒れ込んだ。そこではもう2人、同世代の男子が寝転び、焦点の合わない目で宙を見つめ、その周りをいずれかの弟とおぼしき幼い男児がケラケラ笑いながら走り回っている。壁を隔てた公園では、若い夫婦がジャングルジムで子どもを遊ばせている。老人がストロングゼロを片手に動物の遊具に乗って、ゆらゆらと揺れている。それらを、ほんの10メートルほど先に建つ川崎警察署の巨大な建物が見下ろしている。なんという密度だろう。こんな空間の中では、陰惨な事件があっという間に忘却されてしまうのも仕方がないことなのかもしれない。

酒のつまみのように火災事件を振り返る若者

「あの後、何日か後にもデカい火事が起きたんですよ」

「それも放火じゃないかって言われてる。タイミングからして、日進町のヤツと同一犯かも」

「まぁ、川崎は放火が多いからな。前に友達のばあちゃんが捕まったこともあったし」

川崎区の臨海部を横断し、絶えず行き交うトラックの排気ガスが近隣住民を悩ませてきた、産業道路こと神奈川県道6号東京大師横浜線。その脇にあるファミリーレストランで話を聞いた若者2人は、ビールのジョッキを空けながら、酒のつまみにでもするかのように、簡易宿泊所火災事件について振り返った。

「同じような事件でも報道されるものとされないものがあって。『あ、そっちはされて、こっちはされないんだ』みたいな」

「逆に小さい事件は騒がれたりする。強盗とか」

「あの河川敷はリンチをやるときの定番の場所」

彼らは中1殺害事件についても同じような調子だ。

「もはや、懐かしいな」

「ああいう事件も川崎ではよく起こるから」

「そもそも、あの河川敷はリンチをやるときの定番の場所で。今までだって死んだヤツはいるし」

では、「最近、起きた気になる事件は?」と聞くと、2人は俄然、盛り上がり始めた。

「友達が捕まったことかな。150万ぐらい保釈金払って出てきたのに、またすぐ」

「無免許で轢いたんでしょ?」

「相手が植物状態になったみたい」

「えー、それ知らなかった。ヤバいね」

確かに、端から見ていても、2015年、川崎駅周辺では立て続けにインパクトのある事件が起きている。メディアもまた中1殺害事件に関してはすっかり飽きてしまったようで、今盛んに取り上げているのは、川崎駅西口側にある有料老人ホーム〈Sアミーユ川崎幸町〉で入居者の転落死が相次ぎ、その後、施設内で虐待が行われていることが発覚した事件だ。

#2へつづく

「これまではヤクザになるか、捕まるかしかなかった」川崎から巣立った人気ラッパーが明かした「中1男子殺害事件」へ続く

(磯部 涼/Webオリジナル(特集班))

磯部 涼

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