「考えるヒット」連載終了を惜しむ。「第一印象から語る」近田春夫スタイルを徹底考察

「考えるヒット」連載終了を惜しむ。「第一印象から語る」近田春夫スタイルを徹底考察

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  • 更新日:2021/01/14
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『週刊文春』の名物連載「考えるヒット」の終了を惜しみながら、サブカルを愛するライター・近藤正高が、筆者・近田春夫の功績を考察する。

首位を獲得するなら、韓国人になる

(……きこえますか…株式会社文藝春秋をはじめ…出版関係者のみなさん…いま…あなた方の心に…直接…呼びかけています……近田春夫の「考えるヒット」の…『週刊文春』に連載された…すべての回を読めるよう…単行本の完全版を出すのです…電話帳みたいに分厚くなってもいいので……後世のためにもぜひ……)

うっかり私の心の声がダダ漏れしてしまったが、ミュージシャンの近田春夫が、その時々のヒット曲について考察してきた『週刊文春』の連載コラム「考えるヒット」が、この新年号(12月31・1月7日合併号)をもって終了した。最終回では近田と川谷絵音(ゲスの極み乙女。)による対談が組まれ、連載された24年の間に日本の音楽シーンがどのように変わったのかを振り返っている。

この対談でとりわけ印象に残ったのは、《長らくあの連載を続けた中でも、それが一番の自慢の種なのよ(笑)》という近田の発言だ。これは、彼が10年ぐらい前に同連載で、坂本九の『SUKIYAKI』(『上を向いて歩こう』の欧米でのタイトル)の次に米ビルボードのシングルチャートでアジア人アーティストが首位を獲得するなら、韓国人になるだろうと書いたことを指す。

この“予言”は、昨年9月、韓国の男性グループ・BTSの『Dynamite』の快挙により見事的中した。BTSは12月にも『Life Goes On』により、韓国語で歌われた曲では史上初となるビルボート1位も獲得している。

予言の書かれた「考えるヒット」がどの回なのか、調べてみたところ、2010年11月11日号掲載の第677回だとわかった。韓国の女性グループ・少女時代の『Gee』を取り上げたその回で、近田は《『sukiyaki』以来極東から国際的ヒットは出ていない。今度そういうことがあったなら間違いなく韓国産だろう》と確かに書いていた。

驚いたことに、近田は少女時代のその曲を、量販店の家電売場で流れていたミュージッククリップでたまたま耳にしたという。喧騒に包まれた店内では、全体を聴き取るのは難しかったが、バックで使われている電子音が効果的に聴こえてきた途端、それを引き金に彼の頭の中で事件が起こる。《「あッ、今、日本の商業音楽が韓国に抜かれようとしている!」まさにその瞬間に立ち会ったような気がしてしまった》というのだ。彼に言わせると、キック(バスドラム)とベースによる低音のバランスが、欧米のサウンドとしか思えないほどかっこよかったらしい。

外でたまたま耳にした曲、それも必ずしもはっきりとは聴こえなかったにもかかわらず(いや、だからこそか)、そこに時代の変化を感じ取ってしまう。そんな近田の勘のよさ、慧眼に感服する。

一発で獲物をしとめる凄腕のハンター

昔、私がブログでやりとりをした人(たしか大衆音楽を研究している大学の先生)が、近田春夫について「印象批評であれ以上のものを書ける人はいない」といった意味のことを言っていたのを思い出す。通常、印象批評という場合、対象を印象だけで捉えて本質的に見ていないとか、あまりいい意味では使われない気がする。それだけに、その人が近田春夫を評価するのにこの言葉を使っていたのが、ちょっと意外だった。

だが、どれだけデータを尽くして分析していようとも、本質に届いていない批評やレビューはいくらでもある。それらと比べれば、近田が楽曲の第一印象から語ることは、遥かに精度が高い。まるで一発で獲物をしとめる凄腕のハンターのようだ。

なお、「考えるヒット」は、連載スタート時から2002年までの回が6巻の単行本にまとめられているほか(このうち4巻までは文庫化もされている)、2011年から13年までを収めた電子書籍3巻(以上、文庫版も含めて文藝春秋刊)と、『考えるヒット テーマはジャニーズ』と題して、ジャニーズアイドルの楽曲を取り上げた回をセレクトした単行本(スモール出版、2019年)も刊行されている。

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『考えるヒット テーマはジャニーズ』近田春夫/スモール出版

これらを読むと、印象をもとに論をたたみかけるように展開して、結論をずばりひと言で言い切ってしまう近田のスタイルにすっかりやられてしまう。

たとえば、福山雅治の「fighting pose」(2011年)を取り上げた回(『考えるヒットe-1 J-POPもガラパゴス』文春e-Books所収)では、イントロに薄っすらと初期デヴィッド・ボウイの匂いを嗅ぎ取ったところから、ボウイの作品以上にそのビジュアルと発声法が日本のヤンキーたちの魂に火をつけ、いわゆるビジュアル系を生んだことに言及する。その上で福山と楽曲について《歌い出しの低いところからすくい上げるクセなどまさに伝統だし、なんとも中性的に整った(化粧などなくとも美しい)顔立ちも、流れから見て理想といっていい》と、こんなふうに断言してみせた。

そう考えると(ビジュアル系の)すべてが淘汰統合された、ここが到達点だからこそ、福山雅治はセールス的に強いのだ。ひょっとしてこのひとは“ビジュアル系”を最高に無駄のない形で概念化してみせたアーティストなのかもしれない。

『考えるヒットe-1 J-POPもガラパゴス』文春e-Books

福山雅治というアーティストを技術面からルックスまで総合的に分析しながら、ある系譜(それも意外なところ)に位置づけ、そのヒットの理由まで解いてみせる。それを一気に読ませて納得させてしまうところに、一種の名人芸すら感じる。

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『考えるヒットe-1 J-POPもガラパゴス』近田春夫/文藝春秋

アイドルとは歌うヒトではなく歌わされるヒト

近田の批評はまた、極めて公正でもある。AKB48の選抜総選挙が話題になっていた2011年には、《“子供キャバクラの政局ごっこ”に日本国中いい大人までがうつつを抜かしている》と現象に対しては眉をひそめつつも、いざ楽曲(「フライングゲット」)に向き合えば、《ラテンディスコっぽい曲調はとても聴きやすい作りで王道的、といいつつコードにしろ仕掛けにしろ決して安易な予定調和には陥っていない。なんともスムーズな流れの中にもきらびやかな飾りを刺激的にちりばめた、仕事の密度を感じさせるサウンドプロダクションに、思わず聴き入ってしまった》と評価してみせた(『考えるヒットe-1 J-POPもガラパゴス』)。

アイドルについて、近田は連載初期にTOKIOとV6を取り上げた回で、《どんなに時代が変わろうが、アイドルとは歌うヒトではなく歌わされるヒトなのだ。歌い手、といわず歌わされ手、と彼らのことは呼ぶべきだ》と書いていたことがある(『近田春夫の考えるヒット』文春文庫)。まあ、これぐらいはわりと誰でも書きそうだが、これにつづけて、次のようにはなかなか書けまい。

だから、アイドル当人には楽曲に関する責任は一切ない。じゃ彼等の責任範囲はどこまでなのか、というと性的魅力の発揮、そこのみだと私は思う。ムロン、そのなかに「歌いっぷり」は入る。アイドル歌謡を完結させる一番の要素といってもいい。雑ないいかたをすれば、アイドルとオペラ歌手は同じことを競っているわけである。(中略)とにかく、アイドルを評価する場合、楽曲に言及するのは的はずれだと私はいいたい。三大テノールだのマリア・カラスだのの歌について語る時、作曲家の能力に触れるヒトはいないのと同じ話である。

『近田春夫の考えるヒット』文春文庫

ポピュラーミュージックは、楽曲、アレンジ、歌詞だけでなく、歌唱や演奏の技術、歌い手の個性、さらには作品を世に送り出すためのシステムや背景となる時代状況など、さまざまな要素で成り立っている。すべてが作詞・作曲家やプロデューサーの思いどおりにいくわけではなく、誰が歌うかによって作品の聴こえ方が変わってしまうということも往々にしてある。

だからこそ論じるには、ひとつの曲も総合的に捉えながら、各要素を整理する必要があるはずだが、それができている書き手は少ない。アイドルについて評価するときも、プロデューサーの能力や責任もごっちゃにしてしまう人のなんと多いことか。それだけに近田の仕事はよけいに際立つ(それにしても、アイドルとオペラ歌手を同列に置いてしまったのはすごい)。

先入観に捉われず、作品と向き合った上で公正に判断を下す。アイドルをアーティストの下に見たりしないし、大御所にだって容赦はしない。それができたのは、近田が常に非主流派、アウトサイダー的ともいうべき立場にいたからでもあるのだろう。

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『近田春夫の考えるヒット』近田春夫/文藝春秋

まさかこれほどの長寿企画に成長するとは

70年代後半には、テレビドラマ『ムー』『ムー一族』に出演するなど、芸能界でも活躍したが、やがて一線から退いている。同時期には雑誌やラジオで歌謡曲論を展開し、のちに物書きとなるような青少年に影響を与えた。しかし、これも80年代に入ってしばらくするといったん休止してしまう。

1985年にコラムニストの泉麻人の取材を受けた際には、《本筋、っていうのが嫌いみたいねオレは。(中略)最近の傾向としては、こういった世界の人みんながマルチ人間化しちゃったでしょ、文章書いたり、唄うたったり……。そうなってくるともう嫌なわけ、だからいまオレ、異常に音楽一本にのめり込んでる。常に本筋とはずれたことしたい、ってのはあるね》と語っていた(泉麻人『けっこう凄い人』新潮文庫)。

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『けっこう凄い人』泉麻人/新潮社

ミュージシャンとしても彼はパイオニアであった。70年代末には、郷ひろみや森進一などの曲をカバーした歌謡曲論の実践盤ともいうべきアルバム『電撃的東京』を近田春夫&ハルヲフォン名義でリリースして、一部で注目された。その後も80年代から90年代にかけては、プレジデントBPMやビブラストーンといったユニットを組んで、いち早く日本語によるラップミュージックに挑戦し、玄人筋からの評価を得た。

だが、根っからの飽き性である彼は、数年も経つと、さっさとやめてしまう。《その理由は、ひとたびそのジャンルの音楽の構造が分析できてしまうと、その時点ですっかり興味が失せてしまうからだ》と、「考えるヒット」を企画した同連載の初代担当編集者・井上孝之は説明する(『考えるヒット テーマはジャニーズ』「解説」)。

そんな近田に、当時まだ20代だった井上が「考えるヒット」の企画を持ち込んだのは1996年。ちょうど小室哲哉プロデュースの楽曲が相次いでメガヒットになるなど、日本の音楽市場が絶頂にあったころだ。CDの売り上げは連載が始まって2年目の1998年をピークとして、以後、凋落の一途を辿ることになる。「考えるヒット」はそうした状況のなか、四半世紀近くにわたって書きつづけられた。この仕事を依頼した井上からして、まさかこれほどの長寿企画に成長するとは予想外であったという(前掲)。

ちなみに、「考えるヒット」の始まった当初、近田は原稿を手書きしていたという。それがのちにはiPhoneの音声入力で執筆するまでになったとか。前出の泉麻人は、テレビ雑誌の編集者だった80年代初めに近田に原稿を依頼したとき、彼から《しゃべるのと同じスピードで書けないとキモチ悪いんだよね》と言われたのが印象に残ったと記している(『けっこう凄い人』)。そんな近田にとって音声入力はまさに福音であっただろう。この点で時代はようやく彼に追いついたといえる。

最近になって、関ジャニ∞のメンバーがミュージシャンや評論家を招いてヒット曲を分析する『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日)のような番組が注目されるなど、近田の仕事はここへ来て継承され、一般にも受け入れられつつある印象を受ける。しかし、だからといって彼の役割が終わったとは言いたくない。むしろ、サブスクリプションサービスによって、古今東西の音楽がより自由に聴けるようになった今だからこそ、近田の仕事は価値判断の指標となるものとしてますます重要になってくるはずである。連載は終わるが、今後も別のかたちであれ、批評家・近田春夫の活躍に期待したい。

近藤正高

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