吉川明日論の半導体放談 第171回 コンピューター・オデッセイ - WintelとApple

吉川明日論の半導体放談 第171回 コンピューター・オデッセイ - WintelとApple

  • マイナビニュース
  • 更新日:2021/01/14
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ふと昔の記憶が蘇った。1990年初頭にAMDのCOOを勤めた後、社長となったRich Previteが日本に来た時に「なぜMicrosoftがIntelを怖がるのかどうしてもわからない」、と私に漏らした言葉である。

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その当時、AMDはまだIntelのCPUセカンドソースの会社に過ぎず、技術的にもIntelに差をつけられていつも痛い思いをしていた。しかし、Intelのx86互換CPUを手がけた多くの挑戦者達は、x86市場が拡大するにつれIntelからの執拗な訴訟攻撃を受けて次々と脱落していって、最後にはAMDが唯一のx86互換CPUメーカーといえる状況となっていた。IntelはAMDが唯一の互換メーカーとなった後も、あの手この手でAMDを市場から排除しようと試みたが結局AMDは踏ん張り、現在ではIntelに技術で遅れを取らない強力な競合として存在している。

“Wintel”と呼ばれたMicrosoftとIntelの鉄壁の協業体制の中で、AMDとMicrosoftの関係は常に微妙なものであって、その時々のAMDとIntelの力関係によって変化した。MicrosoftのAMDへの見方が大きく変わったのは、PCが32ビットから64ビットに変わっていった頃であると思っている。後方互換性をとらない独自の64ビットコンピューターを目指したIntelに対し、32ビットx86の拡張命令という形で64ビット化を目指したAMDが市場から受け入れられたのがその理由である。しかし、そこまでに行き着くまでには紆余曲折があった。AMDはIntelとの競合においてMicrosoftのサポートは必須の条件であったが、Intelの意思に反してAMDをサポートするのは容易なことではない。AMDの社長として時として困難な交渉を強いられてきたPreviteがふと漏らしたこの疑問の答えがつい最近分かったような気がした。

そのきっかけは昨年(2020年)のApple SiliconことApple M1の登場である。米国の証券アナリストが書いた記事は、「Apple側から見たx86市場の成立過程と今後の行方」を語るもので、さながらx86アーキテクチャーをめぐるコンピューター技術の発展とその未来を記した「コンピューター・オデッセイ(叙事詩)」のようである。

Apple側から見たWintel(あるいはPC市場)の成立過程

2人のSteve(JobsとWozniak)がApple Computer Companyを設立したのが1976年。その後Apple I/II/IIIを矢継ぎ早に発表、1984年に傑作Macintoshが世に出た。私がAMDに入社した1986年当時、この小さなコンピューターはAMDのエンジニア達の間で大変に人気がありすでに一人一台を所有し、独自のネットワークなども設置し日々の仕事に使っていた。

今から考えてみるとインターネットなどもない時代に一人一台のパーソナル・コンピューターを40万円というとんでもない値段で各自が購入して使っていた環境はかなり先進的であったのだと思う。私も訳が分からず一台買ってしまったが、それ以来電子機器のマニュアルは読まなくなった。Macintoshの革新的なGUIは技術好きなオタクのみならず瞬く間に世界中の新しもの好きから絶大な支持を獲得し大成功を収めた。

1980年初頭、ちょうどAppleが後に爆発的ヒットとなるMacintoshを考案していたころ、IBMの一部のエンジニア達がビジネスの主軸であるメインフレーム・コンピューターとは別に、職場の各人がコンピューターを所有するPC(Personal Computer)というプラットフォームを提供することを考案していた。あくまでもIBMのビジネスの本流から外れたプロジェクトであったので、ハードもソフトも外部から調達してコストを下げようという考えでハードの中心となるCPUはIntelに、OSを中心とするソフトはMicrosoftに外注することにした。

その当時両社はかなり小規模なテック企業であった。そのころはIBM自身も含めて誰もがその後に起こるPCプラットフォームとPCベースサーバーのパラダイムシフトは予想していなかったが、IBMがPC/ATを発表した1984年から10年もたたないうちにIntelとMicrosoftはWintelという最強の協業体制を確立し、半導体とソフトの業界に君臨する大企業となった。その過程は下記のようなステップである。

IBMのPC/ATはWintelの技術を採用した共通仕様マザーボードを使うことによって参入障壁がなくなり、Compaq、AST、Gatewayといった互換メーカー製品が市場に大量に出荷されるようになると、それまでメインフレームをビジネスの主軸としていた大手コンピューターメーカーもこれに追従した。その結果メインフレームは消滅した。
Intelは急増するCPUの需要に応えるべくファブに大きな投資を行った、級数的に増えるトランジスタを集積するための微細加工技術も飛躍的に発展し、CPUの性能は「ムーアの法則」に沿って向上した。Intelが成長する過程で、特許で守られたx86の命令セットを使用する互換CPUメーカーはAMDを除いてすべて姿を消した。
Microsoftはx86の命令セットに準拠したソフトのアップグレードと、Windowsという業界標準のOSのもとで動くアプリケーションの開発に注力するだけでよく、Wintelの協業体制は非常に開発効率の良いビジネスモデルであった。独占体制が整うと、PCはWintelにとって利益率の高いビジネスとなり、IntelもMicrosoftも急速に成長したが、Wintel標準仕様のもとでのPCビジネスは完全にコモディティー化しPCメーカーは事実上Wintelのディストリビューターとなった。

ここまでがAMDにあって業界を経験した私の現代コンピューター史であるが、件の記事によればApple側から見た歴史は下記のようにさらに続きがある。

「コンピューターのパワーを個人に」という大きな夢を持ってMacを世に出したAppleのJobsにとってはこのWintelの躍進は想定外であったに違いない。MacはAppleのファンに対してはそれなりのポジションを確保したが、市場全体では大きな勢力とはならなかった。Wintelの性能が級数的に向上するにつれて、JobsはMacのCPUとして初代のMotorola68000の系譜を継ぐx86以外のCPUの方向性を探ったが、結局は半導体の経済学の必然でIntelのCoreアーキテクチャーに頼らざるを得なかった。
しかしJobsはMacで果たせなかった夢をまったく新しいデバイスで実現しようとした。iPhoneの構想である。当初iPhoneのCPUとしてJobsが話を持ち掛けたのはIntelであった。ところがIntelはこの話を「充分な利益が期待できない」という理由で断った。その結果AppleはSamsungとの協業に切り替えた。その理由はSamsungが持っていた半導体設計のノウハウと、何よりもIntelを向こうに回しても引けを取らない最先端のプロセス技術と充分な製造キャパシティを持っていたからだ。
ところが、AppleとSamsungの蜜月も長くは続かなかった。SamsungがGalaxyでiPhoneの競合となったからだ。AppleにとってはこれはまさにWintelの隆盛で起こったことの繰り返しに見えた。しかし今回は状況は大きく違っていた。Appleは自身で高性能CPUを設計する術を持っていた。それに加えIntel/Samsungを上回るプロセス/キャパシティを持つ頼もしい味方TSMCが登場した。Appleは今や高性能CPUの設計と製造を自身でコントロールするポジションを手に入れた。その最初の答えがApple SiliconことM1である。AppleはCPUという最重要ハードウェアの設計/製造を手に入れることによってWintelに互角に対峙する力を持ったソフト/ハードの所有者となったのである。

この見方は現在持ち得る情報で私が勝手に考えたものであって、その真偽については意見が分かれるところと思われるが、私がAMDを通して半導体業界に関わった35年がこれらの重要なイベントの連続の歴史とぴったり重なっていて、これは私自身が実経験した事実ともいえる。そんなこともあって、自然と私が敬愛するスタンリー・キューブリックの傑作「スペース・オデッセイ(2001年宇宙の旅)」にあやかった仰々しいタイトルになってしまった。
「MicrosoftはなぜIntelを怖がったか?」、AMD社長Previteの疑問の答え

さて、冒頭で述べたAMDのRich Previteの疑問「MicrosoftはなぜIntelを怖がったのか?」、についての答えは私自身がかなり長い間考えていたことであるが、Apple Siliconの登場でハタと気が付いた。MicrosoftがWintelのパートナーとして協業したIntelはその驚異的な半導体の技術力のパワーで他を圧倒する存在であったことだ。Intelが持つ半導体業界でのパワーは下記の3要素を全て満たしていた事実に拠っている。

競合を振り切る新アーキテクチャーによるデバイス設計
常に業界の最先端を行く微細加工プロセス
果敢な設備投資で可能となる最先端製造キャパシティ

これだけの条件が揃ったIntelに対し、いかにWintelのパートナーとして同等の力を持っていておかしくないと思われるMicrosoftもかなり気を使わざるを得なかったというのが真相なのではないかと思う。しかして現在のIntelはそのポジションを維持するパワーを持っているであろうか?

コンピューター・オデッセイはまだ継続されている先の長い叙事詩なのである。

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