小中学生の「野球肘検診」実施が重要視される背景

小中学生の「野球肘検診」実施が重要視される背景

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2022/05/14
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3月20日に開催された兵庫野球肘検診(筆者撮影)

今年3月下旬、神戸市で「兵庫野球肘検診(前回まで神戸野球肘検診)」が行われた。「野球肘検診」とは、主として中学生以下の野球選手について肘や肩、腰などの検査を行って、故障個所を発見し、必要に応じて医師を紹介したり、治療のアドバイスを行うイベントだ。

特に「野球肘」の発見が重要であるために「野球肘検診」と言う名前がついている。

早期に発見すれば完治でき後遺症もない

成長途上にある小中学生時代に、投球練習などを過度に行うと「野球肘」と総称される障害を負う危険性が高まる。「野球肘」には、内側靱帯、筋腱付着部の損傷と、外側靱帯の骨軟骨がはがれるOCD(離断性骨軟骨炎)がある。

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実際の検診の様子(筆者撮影)

ともに軽症のうちは一定期間、練習を休むなどすれば治癒するが、重症化するとOCDは手術が必要になるほど深刻になる。また手術によって治っても、以後、競技が続行できなくなったり、日常生活に支障をきたすことさえある。

「野球肘」は早期に発見すれば、完全に治すことができ、後遺症も残らない。そこで、整形外科医や理学療法士、野球指導者などが声を上げて、全国で「野球肘検診」が行われるようになった。

兵庫県の野球肘検診は、一昨年まで1000人程度を集める大規模なものだった。今年は会場も変更し、人数も480人と少なくなったが、それでも2年ぶりに実施することができた。この検診の主催者である兵庫野球指導者会(HBCA)の谷中康夫代表は語る。

「私が野球肘について知ったのは、十数年前、千葉県で行われた野球指導者講習会で、柏口新二先生(当時東京厚生年金病院整形外科、現在は国立病院機構徳島病院)の講義を聞いたのがきっかけです。

その後、子供の投球過多による障害のメカニズムについて自分なりに調べて、投げすぎや間違った投げ方をすれば、どんな問題につながるかを知りました。私たちが指導者の指導に介入することはできませんが、野球肘検診を実施することで、指導者や保護者の意識変革を促すことができるのではないかと思いました」

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谷中代表(筆者撮影)

谷中氏は先行して行われていた京都の野球肘検診を視察して、専門家のアドバイスを受け、環境を整備。地元神戸での野球肘検診開催にこぎつけた。

「いろんな病院に声をかけて、応じてくださったのが神戸市の『あんしんクリニック』さんでした。

このクリニックと一緒に、年4回ほど小規模の検診会を開催していましたが、病院側の負担も大きいし、手間もかかるので、1度でやってしまおうということで、2018年からは神戸大学病院のご協力も得て、大規模な検診会にしたんです。今年で5回目になります」

前述したとおり、3年前までは1000人近くの選手が兵庫県だけでなく大阪府からも参加した。また野球肘検診だけでなく、リズム体操の講習や、整形外科医、理学療法士による野球選手の障がいについてのセミナー、管理栄養士による栄養教室などの催しが行われていた。

子どもにOCDが見つかると軽症でも数か月はノースローとなり、試合に出すことができない。当初は、それを恐れてエースだけ参加させない指導者もいた。また、野球肘にならないための練習方法やケアの方法をレクチャーしても耳を貸さない指導者も多かった。

そこで谷中氏らは、指導者ではなく主として保護者を対象とした講座を設けるようになった。

無料で行われるイベントはどう運営している?

野球肘検診やケアの指導、各種の講座などは、すべて無料で行われる。谷中氏はこのイベントをどのように運営しているのか?

「基本的にはボランティア、持ち出しですね。500円くらい参加費を取ろうか、と言う話もあったのですが、できるだけ参加のハードルを下げたいので、無料で実施しています。

運営費用は企業のスポンサーフィーで賄っています。今回は100以上のスポンサーさんが集まりましたし、組織をNPO法人化したので、手数料なども含めてとんとんという感じです。来年以降は少し残るんじゃないでしょうか」

しかし医師や理学療法士は、交通費などの経費は出るが基本的にボランティアだ。医療スタッフを統括する神戸大学医学部附属病院整形外科学分野助教で、オリックス・バファローズのチームドクターでもある美舩泰氏はこう話す。

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医師の美舩泰氏(筆者撮影)

「現実問題として費用の問題はあるんですけど、無料で実施しているのは一人でも多くの人に気軽に受診してもらいたいからです。

がん検診などと違って罹患率も低いですし、みなさんもそこまで危機意識がないので、ハードルを下げないと受診しないのではないかと思います。

検診でOCDが見つかる子はほとんどが軽症で、ノースローなど保存的治療で治る子です。対照的に異状を感じて病院を受診する子の半分くらいは手術をしなければならないほどです。重症度が全く違うんですね。

野球肘検診の最大の目的は、無症状や軽症のうちにOCDなどの障がいを発見して、悪化しないうちに治癒することです。最近は保存的治療の方法も進化しているのでその意義はますます高まっています」

野球肘検診は医師から見ても必要なこと

病院に来て治療をする患者は治療費を支払う。しかし野球肘検診は無料だ。この点についてはどう思うのか?

「確かにそうですが、患者が悪化することを喜ぶ医者はいません。手術でメスを入れても治すことはできますが、それでも一定の確率で合併症などが残ってしまいます。

それに野球肘検診に参加して、私自身の経験値も高まりました。医者の能力は経験値なので、多くの患者を診れば診断能力は上がります。その意味では有益なトレーニングだと思うので、若手の医者を連れて参加しています。

この会を永続的に続けるためにもどんどん若手医師を参加させたいですし、病院を転勤するなどで参加できない医師がでても、代わりの医師が参加できるように仕組みづくりをしようと思っています。

私はプロの投手も診断しますが、ドラフトでとったのはいいけどメディカルチェックで肘の損傷が見つかる投手も中にはいます。そういう投手も小さいころに故障が見つかればそうはならなかった可能性もあるでしょう。まだ、そんな状態でもプロまで行けたのは幸せで、途中でリタイアしている人がたくさんいると思います。そういう悲劇をなくすためにも野球肘検診は必要だと思います」

野球肘検診は徳島県で始まった。徳島大学病院が野球少年の障がいの実態を調べるために、少年野球組織と連携して大規模な検診を行ったのだ。

それ以降、各地で実施されている。筆者は新潟県、群馬県、奈良県などでも「野球肘検診」を見てきたが、これらはすべて「兵庫野球肘検診」と同様、医師、理学療法士などのボランティアで運営されている。

谷中氏のような実行力のある指導者と、美舩氏のような理解ある医師がいる地域では、こうした大規模な野球肘検診が実施できるが、実施資金やリソースが足りない地域では、実施されていない。

野球界に必要な意識改革

野球少年の心身の健康を守るのは、第一に保護者、そして指導者、さらには学校や各種野球団体の責務ではないだろうか。

日本高野連は2018年に「高校野球200年構想」を打ち出したが、その5大目標の一つは【けが予防】だった。

【けが予防】
けが予防講習会の開催
高校生対象の肩ひじ検診の実施
小中高生対象の継続的な肩ひじ検診の実施
けがの予防やセルフチェックのための手引書、DVDを製作
野球手帳の製作

しかし日本高野連が主催した大規模な野球検診などは、いまだに行われていない。

谷中氏は語る。

「今年は480人が参加して、OCDの罹患者は14人でした。回数を重ねることで、指導者が代わっても来てくれるチームも増えました。チームの中には公式ホームページに『兵庫野球肘検診に参加しています』と書いているところもあります。PRになるんですね。

また『OCDの子が出たらチームの恥や』と思う指導者も出てきました。意識は少しずつ変わってきていると思います。これからは後継者も育成して、ずっとこの活動を続けていきたいですね」

この分野でも野球界の意識変革を促したい。

(広尾 晃:ライター)

広尾 晃

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