観光都市・川越、次なる100年へ 地域経済を潤す新循環づくり

観光都市・川越、次なる100年へ 地域経済を潤す新循環づくり

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2023/09/19

地方自治体の首長が、それぞれの地域で「一番の誇れるもの」を語るシリーズ企画「Governor's Letter」。今回は、蔵造りの町並みが続く川越市の川合善明市長が登場する。

「小江戸」として知られる、埼玉県きっての観光都市・川越。市内に多く残る歴史的遺産と都心から好アクセスの立地を強みに、国内外から多くの観光客が訪れている。かつては城下町として栄え、近年は商業・工業・農業がバランスよく発展してきた市の長が、市制施行100周年から次の100年に向かうターンで、新たな発展への道筋を語る。

「川越まつり」3年ぶりに復活

蔵造りの町並みに、鐘の音が響く。「時の鐘」のシックな鐘楼を見上げながら、川合善明は静かに語り始めた。川越に生まれ育ち、時を告げるこの鐘音に親しむ。幼い頃から慣れ親しんだ「川越まつり」。精巧な人形を乗せ、町中を曳かれる絢爛豪華な山車に魅了された。

「『時の鐘』は、環境省が選定した『残したい日本の音風景100選』のひとつ。蔵造りの町並みを歩いていると、鐘の音が良く似合います。鐘楼は江戸時代の寛永年間、ときの川越城主である酒井忠勝が建てました。こちらは明治期の川越大火後に再建されたもので、現在も川越のシンボルです」

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いわゆる、歴史まちづくり法のもと、埼玉県内で唯一、歴史的風致維持向上計画の認定を受けた都市でもある。370年以上も続く川越まつりをはじめ、一番街エリアに続く蔵造りの町並み、川越城本丸御殿や川越大師喜多院──「小江戸」を象徴するスポットは数多い。「歴史の集積によるアセットこそ、このまちの誇れるものだ」と、川合のことばにも力がこもった。

「2022年の観光客数は約551万人で、最も多かった2019年の約776万人の7割まで回復しました。コロナ禍では年間400万人未満まで落ち込んでいましたが、3年ぶりに川越まつりが開催され、外国人観光客の入国制限も緩和。観光面も復活の兆しが見えてきました。アジア圏から来た観光客の姿が目立ちます」

2012年には観光庁「訪日外国人旅行者の受入環境整備事業」の地方拠点に。東京オリンピックのゴルフ競技会場が市内の霞ヶ関カンツリー倶楽部となったこともあり、インバウンド受け入れ体制の整備が加速した。川合市政では多言語への対応やキャッシュレス決済、Wi-Fi基盤の整備など、グローバルな観光都市を目指した施策が進められている。

川越市中心部は、昭和の町並みから大正ロマン、そして江戸情緒が薫る蔵造りの町並みと、江戸から現代までの連続性を感じさせる動線がある。その先にたたずむのが、若者に「パワースポット」として人気を集める川越氷川神社だ。

アジア圏の観光客や国内の若年層を惹きつけるのは、川越氷川神社の「縁むすび風鈴」。こちらは1500個以上の江戸風鈴が境内に飾られ、涼やかな音色が響き渡る夏の風物詩だ。ライトアップもあり、SNSではインスタ映えするイベントとして知られる。(2023年は終了)

「太平洋戦争で空襲の被害をほぼ受けなかったこともあり、古くからの町並みが残されました。市民も、祭りやランドマークである時の鐘などを大切にしながら、文化を守り続けています。そうした先人たちの積み重ねが、SNSを通じて国内外に発信され、さらに多くの方が集まる好循環に。しかし、私たちも観光のみに頼るわけにはいきません。川越市のもう一つの強み『商工農のバランス』を活かしながら、将来への道筋を描いていければ」

強みを生かして、地域経済の循環を

川合が言及した「商工農のバランス」を掘り下げる前に、川越市の地勢を確認しておこう。都心から30km圏内にあり、東武東上線、JR川越線、西武新宿線の3路線により、都心から1時間以内でアクセスできる。道路は、関越道と国道254号が南北に、国道16号が東西に、圏央道も近くを通るなど、流通拠点としてのプレゼンスも高い。

「江戸時代は城下町として栄え、周辺部の農産物や織物などが集積。新河岸川の舟運を生かして大消費地の江戸へ輸送する物流拠点として発展してきました。交通の要衝であり、地域における商業・工業・農業の中心地だったのです。こうした歴史的なバックグラウンドが市の強みにつながります。商業だと年間商品販売額が県内4位で、工業では製造品出荷額が県内3位、農業産出額は県内6位です。この商業・工業・農業のバランスの良さは埼玉県内でも屈指なのです」

川越駅周辺部は繁華街として商業が発展しており、郊外には高度経済成長期に多くの工業団地が出現した。農産物では「川越いも」など地域名を冠したブランドで知られる。観光都市としてのブランド力に加え、こうした商工農のバランスの良さは、鬼に金棒に思える。

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しかし、この交通アクセスの良さが諸刃の剣になる。川越市の観光アンケート調査(令和4年度)を参照すると、市内を来訪する観光客は日帰りが94.2%に及び、宿泊に伴う消費が発生しにくい現状がある。コロナ禍が明けて人流が増えても、地域経済の循環に直結しないのだ。

「観光客はまちの活気を生み出してくれます。しかし、あらゆる産業が潤って経済的に発展しなければ、持続的な川越市の姿を思い描くことはできません。そこで私たちが力を入れるのが企業誘致や創業支援の取り組みです。スタートアップの起業から吹く新しい風に大きな期待があります」

川越市に拠点を置く企業にも、グローバルに接続する注目株はある。Forbes JAPAN SMALL GIANTS AWARDでは、2018年にイーグルバスが部門賞(ローカル・ヒーロー賞)を受賞し、2020年には「COEDO(コエド)ビール」を手がける協同商事がグランプリを獲得した。ICTと人間力をマッチングさせるイーグルバス、日本発のクラフトビールとして世界20カ国で愛飲される協同商事のように、各業界でキラリと輝くリーディングカンパニーが登場する期待はあるのか。

次の100年に向けた、市政ビジョン

「川越市は、民間調査機関やメディアによる各種ランキングで『住みやすいまち』『暮らし心地のよいまち』として上位入りの常連の都市です。蔵造りのメインロードや駅周辺の繁華街など、多くの人でにぎわうエリアがある一方、高齢化が進んで買い物客が少なくなってしまった商店街、また老朽化するままに残されている建物があります。

住みやすく、誰もが住み続けたいと思うまちとして発展していくためには、観光だけではなく、住む人たちに寄り添ったまちづくりをしていかなければなりません。そのための取り組みの一つが産業振興であり、まちの価値を高め続けるものでもあるのです」
産業振興の面では、企業から進出や規模拡大の相談を数多く受けているが、余剰の産業用地がほぼなく、事業拡大や起業のニーズに応えられない。これが川越市の課題だという。

「工場を拡充したいという市内の企業があったのですが、土地が確保できずに市外に工場を構えるケースがありました。産業を興し、起業を支えたいと考える私たちは忸怩たる思いにかられました。産業用地に適した土地の調査を進めており、企業にアピールできるよう、職員と一丸となり対応しています」

商業・工業・農業の産業が好バランスを持つ川越市として、それらをかけ合わせた新たな産業スキームもイメージしている。

「たとえば、農業と観光を結びつけたグリーンツーリズムです。従来の農業ふれあいセンターをリノベーションし、バーベキュー場を併設する農業×観光の拠点が稼働しています」

地場産の野菜がキーアイテムになり、芋掘りや直売会などの体験型ツーリズムへの波及も期待される。歴史や農業基盤と時代に即した体験を結びつけて「面」で訴求していく。これも新たな川越型ツーリズムのかたちだろう。

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復原された川越市の旧川越織物市場

最近では、市指定文化財として歴史的・文化的にバリューを持つ旧川越織物市場を復原。趣のある建物の特長を生かしつつ、地域経済の活性化を担うクリエイターの創業の支援や様々な分野の方との交流を通じて新たな価値を生み出す拠点として活用する取組みを進めている。

「使うことのできる歴史文化遺産」という、この建物ならではの個性を活かし、川越に住む人たち・地域の資源・ビジネスをつなぐ役割を果たすことで、川越の特性を活かしたさらなる魅力の創出を目指す。

「2022年12月に市制施行100周年を迎えました。次の100年も企業や起業家、観光客、そして何より市民に選ばれ続ける都市を目指しています。スピード感を重んじながら、調和を持って取り組んでいければと思います」

川合が見上げる鐘楼からは、鐘の音が一帯に届いている。川越市が進む次なる100年のビジョンも、このセンタースポットから市外、そしてグローバルへ。多くの共創を重ね、響き渡っていく。

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川合善明◎川越市長。1950年埼玉県川越市生まれ。1973年早稲田大学政治経済学部卒業。1977年東京教育大学(現筑波大学)卒業。1979年に弁護士として活動を始め、1985年に川合法律事務所を開設した。川越青年会議所財務室長、川越市選挙管理委員長、東京弁護士会副会長、筑波大学法科大学院客員教授などを歴任。2009年に川越市長選挙に出馬して初当選。現在4期目を務める。

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