女の子なのに、恥ずかしい。共用トイレから見えた“性”に対するさまざまな問題

女の子なのに、恥ずかしい。共用トイレから見えた“性”に対するさまざまな問題

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  • 更新日:2021/10/14
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「先生、トイレ行きたいです」

黒板にチョークが当たる音が響く教室で「先生、」と声をあげたとき、クラスメイトのすべての視線は黒板から私に移った。

少し間をおいて「いいよ」と言った先生の唇には「でも授業前に済ましておきなさい」の言葉が残っていたように思えた。やっと手を挙げられたのは、催してから30分後だった。

いやいや、先生だって急にお腹痛くなることだってあるでしょうが!私はその言葉を冷ややかな目線として先生に浴びせた。口に出すことはできないからだ。

私の高校は偏差値が中の上から上の下くらいを彷徨っているような“自称進学校”で、授業中は私語居眠り禁止のすこぶる厳しいところだった。

授業中のトイレ離席ですらけげんがる先生がいて、お腹が弱かった私はいつもトイレ離席の時間が大嫌いだった。その結果授業中にトイレに行きたいと言うのを我慢し、挙げ句の果てにはストレス性の便秘となって耐えられない腹痛で具合が悪くなり、保健室行きとなった。

『#厚生省は職場の女性用トイレをなくすな』のタグがTwitterで拡散されたとき、高校時代のこのエピソードを思い出した。

日本のトイレ問題は根深い。私は女性であるから女性の気持ちしかわからないけれど、小さいころから長いトイレ時間は恥ずかしいものだと思っていた人も少なくないだろう。

またいつのころからか、音姫がないトイレにためらうようなったし、男女共同トイレ自体に抵抗を感じたりする人もいるかもしれない。

今回は、『#厚生省は職場の女性用トイレをなくすな』というキーワードから日本のトイレ問題だけでなく、ジェンダーにおける価値観や女性の社会進出について紐解いていきたい。

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女性のわがまま?共用トイレひとつで起きる問題

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この『#厚生省は職場の女性用トイレをなくすな』という言葉はどうして拡散され、議論されるようになったのだろうか。

始まりは、厚生省が労働安全衛生法に基づく「事務所衛生基準規則」の見直しを図るため、2021年7月28日に厚生省労働政策審査会分科会が行われたことであった。

そもそも「事務所衛生基準規則」は1872年から変わっておらず、「男性用と女性用に区別する」ということと、壁で仕切られた便器の数は職場で同時に労働する人数によって定められるということしか明記されていなかった。

そのため、2018年の働き方改革関連法に関連して改革が始まったのだが、厚生省の有識者検討会で報告書がまとめられたのが2021年3月で、内容としては「同時に就業する労働者が常時10人以内」の場合は男女兼用トイレをひとつ置けば済むという特例を認めるというものだったのだ。

このまま了承されてしまうと、9月上旬に施行されてしまうことを受け、それを知った人々の声が集まり、議論や抗議のための『#厚生省は職場の女性用トイレをなくすな』という言葉が拡散されたのだった。

『#厚生省は職場の女性用トイレをなくすな』という文字面だけ見ると、女性が使うトイレがなくなってしまうのではないかという意味合いで取られてしまいそうだが、それは誤りであり、女性専用で使えるトイレがなくなってしまうことへの危惧なのである。

たびたび、このような女性ならではの悩みを受けた訴えに対して、一定数の「女性のわがままだ」「女尊男卑だ」という声が上がるのだが、その考えも受け止めつつ、まずはなぜ女性専用のトイレが必要だという声があがったのかをみてみよう。

なぜ女性専用のトイレが必要なの?

女性専用のトイレの必要性を訴える人のなかには、共用トイレしかないことで悩みや不快感を覚えたという声があがる。

たとえば、生理用ナプキンなどを捨てるサニタリーボックスに関してである。サニタリーボックスがない職場での汚物の処理に困ったという経験をしたり、サニタリーボックスを男性に漁られ身の危険を感じたり…という、女性の身体における物理的な問題。

私自身、友人のシェアアパートでトイレに入ったとき、サニタリーボックスがないことに戸惑ったことがある。

トイレットペーパーの芯を入れるゴミ箱は設置されているのに、サニタリーボックスはない。共用トイレはセクシャリティに関わらず使えるはずなのに、男性にはない特徴を持つ女性が我慢すればいいと言われているように感じた。

また、私が高校時代に苦しめられたトイレ問題のように、ひとつしかないトイレに女性が長くとどまることへの視線を気にして外のトイレを使うことを、“サボり”や“頻繁すぎる外出”として男性から注意されることもあるようだ。

→next page>> 「女の子なのに恥ずかしい」

「#厚生省は職場の女子トイレをなくすな」その真意とは

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「多くの声が集まるのが女性の物理的な理由からの訴えだから、それは仕方のないことで女性のわがまま」だと言われるのであれば、私自身が感じた共用トイレでの物理的な部分以外の不快感を例に挙げてみよう。

私が働くリラクゼーションサロンは、ビルの小さな隠れ家サロンであるため、トイレがひとつしかない。でも、お客様は男性も多く訪れるため、共用ということになる。

そのトイレは受付に近い位置にあり、廊下も響きやすいため、なかの音が聞こえてしまう構造となっているのだが、女性客が入っているときとは違う音量の音がするのだ。

そう、男性客が立ち姿勢で用を足す音だ。男性のなかには立ってでしか用を足せない・足したくないという人もいるだろう。

男女共用トイレとなると腰掛け便器になるだろうが、立ったまま用を足すことで、想像以上に飛沫が散る。床だけでなく人が触れる可能性のある壁やドア、便座をおろさない人ならばもちろん便座にも。座らざるを得ない人たちにとって他人の飛沫の上に座る…つまり肌で触れなくてはいけないのだ。

悪い場合だと、便座を下ろさずにトイレを出る人もいる。これは個人のモラルも関係するとは思うが、ご来店される男性の半分以上は立ち姿勢で用を足している。

「これが身体の構造だから仕方ない」と反論されるのであれば、生理に関する問題は解消すべきだ。

ここで感じるのは、この議論をするにあたり、女性の身体の構造から起きる問題を「我慢する」や「仕方ない」という問題で片付けてはいけないし、女性だけの問題にしてはならないはずだということだ。

ではなぜ、日本では女性の声が多く集まるのであろうか。

LIXILビジネス情報によると、スウェーデンでは、共用トイレが基本となっているという。ある程度の広さを取れる施設であれば、共用トイレがいくつか並んでおりすべて個室であるらしい。このトイレの作りだけで、トイレに関することだけではない日本との違いが垣間見えてくる。

スウェーデンは同性婚が認められている国であり、書類などで性別を区別する際も、男女の項目以外に“その他”が選択できる。また、国会議員の男女の比率はほぼ半数なのだそうだ(参考:男女共同参画局)。

ほかにも違いはさまざまあるが、これを見るだけでトイレに関する問題の根本的な原因がわかるはずだ。日本に不足したジェンダー教育並びにセクシャリティの固定概念が蔓延していることである。

高校時代の私の体験も、「女の子なのに恥ずかしい」が一番の原因であった。この原因は幼少期からジェンダーロールに縛られていたことだった。

共用トイレに対する抵抗は、女性が自分を女性たらしめること自体が、トイレに対する恥ずかしさを覚えるのだ。

さまざまなジェンダーを受け入れたり、正しく綿密な性教育をしたりすれば、そして何よりジェンダーロールに縛られなければこのような問題は起きなかったのではないだろうか。

性教育を正しく受け理解することで、生理などの女性の身体の構造によって起きる問題に配慮することができるし、共用トイレにおける性犯罪もいまより少なくなるかもしれない。サロンでの立ち姿勢での用を足す仕草も共用トイレに慣れていれば、座り姿勢にするなど配慮ができる。

『#厚生省は職場の女性用トイレをなくすな』は職場でのトイレの問題なのではなく、この国の性に対するさまざまな問題から生じたものなのかもしれない。

この問題を「女性のわがまま」「たかがトイレの話」と片付けるのではなく、性に対する価値観や教育制度を見直し改革するひとつのきっかけとして捉えるべきではないだろうか。

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朝日美陽

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