他人任せが招く政治の危機 『ローマに消えた男』【コラム 映画再見】12

他人任せが招く政治の危機 『ローマに消えた男』【コラム 映画再見】12

  • OVO
  • 更新日:2020/10/16
No image

とてもイタリア的な、同時にとても静かで辛辣(しんらつ)な作品だ。物語や設定そのものよりも、登場人物の演説に引き込まれる。『ローマに消えた男』(2013)は、7年も前の他国の作品だが、今日本に暮らすわれわれが聞いて身に染みる言葉が紡がれる。危機というのは本来一時的なものだが、危機にある政治というのは普遍的なのかとため息をつきたくなる脚本だ。

イタリア最大の野党を率いるエンリコは、国政選挙を前に支持率低迷の責任を問われて党大会で罵声を浴びせられ、精神的な限界がきたのがすべてをすっぽかして失踪。誰も行先の心当たりはなく、側近は本人を見つけるまでのその場しのぎのつもりで、エンリコに瓜二つの双子の兄弟、ジョヴァンニを替え玉に仕立て上げる。彼は哲学教授で、心を病み投薬を受けているが、ユーモアとキレのある演説は聴衆を魅了。物静かな性格が消極的とネガティブにとらえられたエンリコとは対称的だ。

“ニセモノ”が大衆を前に始めた演説。物語だと分かっていながら、一人の選挙民として聞き入っている自分に気付く。
「われわれは優柔不断で空疎な存在だった。あやふやで意志薄弱、万事が人任せだった。われわれには明確に語る声がなかった。私がここに来たのは、明日こう言わないためだ。あの時代が暗かったのは、誰もが黙っていたからだ、と」。

作品の厚みを作っているのは、なんといっても一人二役を演じたイタリアの至宝、トニ・セルビッロ。『修道士は沈黙する』(2016)で思慮深い修道士役を、『LORO 欲望のイタリア』(2018)ではその対極といえるあのベルルスコーニを演じた人物だと思うとさらに楽しめる。ラストに映し出された人物が誰なのかという判断は観客にゆだねられている。そして、なぜその答えを導き出したのかについての説明が、観客のこの作品の解釈を示すことになるだろう。

text by coco.g

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加