社説[原爆投下77年]「核なき世界」決意共に

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  • 更新日:2022/08/06

77年前のきょう、米軍による一発の原子爆弾で広島の街が壊滅した。9日には長崎にも投下された。

強烈な熱線と爆風は一瞬にして多くの人の命を奪った。生き延びた人々も長きにわたって放射線の影響による病気や偏見に苦しむ。戦争の傷は今も消えることはない。

原水爆禁止日本協議会(原水協)と原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の世界大会が4日から広島市でそれぞれ始まり、長崎大会を含め9日まで続く。被爆者や市民団体メンバーは「核兵器を地球上からゼロにしなければ」と訴えている。

ウクライナに侵攻したロシアが核の威嚇を続け、核を巡る国際情勢が厳しさを増す中で迎える「原爆の日」だ。核の恐ろしさを身をもって知る人たちの「ノーモア・ヒバクシャ」の声が心に重く響く。

日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の箕牧智之代表委員は「77年前の8月6日、広島にいたらどうなっていたか想像してみてほしい」と話している。

3歳の時に広島で被爆した箕牧さんは今年6月、代表委員に就任した。「被爆者運動は曲がり角に来ている。被爆者が生きているうちに核廃絶を実現させなければ」と切実な思いを語る。

厚生労働省によると、被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は2021年度末で11万8935人となり、前年度から8820人減った。平均年齢は84歳を超え、高齢化が進んでいる。核廃絶を求める運動や惨禍の継承は、極めて重要な問題だ。

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現在、地球上には1万3千発以上の核弾頭が存在する。抑止力の名で「国防の武器」へと変わりつつある懸念もある。

核軍縮や核不拡散の進め方を議論する核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、岸田文雄首相は1日、日本の首相として初めて演説した。「長崎を最後の被爆地に」と呼びかけた一方で、核兵器を全面的に禁止する核兵器禁止条約には触れなかった。

広島出身の首相として「核なき世界」への取り組みを公言するが、東アジアの厳しい安保環境の中で、日本は米国の「核の傘」への依存度を高めている。

きょうの平和記念式典で、何を語るのか。「核なき世界」へ明確なメッセージを発信してほしい。首相のかけ声がパフォーマンスに終わるなら、被爆者のさらなる失望を招くだけだ。唯一の被爆国として「核兵器の非人道性」を世界に発信する責任と義務がある。

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核の恐怖は沖縄も隣り合わせにある。中国軍は4日、日本の排他的経済水域(EEZ)を含む、台湾周辺で「重要軍事演習」を開始し、5発のミサイルが波照間島沖に落下した。

日本復帰50年経た今も広大な基地が存在する沖縄には、台湾有事が起きた場合、標的になるのではないかという不安がある。

核廃絶に向けて国際社会が連携し、あらゆる努力が求められている。核の時代を生きる当事者として、被爆者の声に改めて耳を傾け、共に声を上げ続けたい。

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