「頼むから救急車だけは呼ばないでくれ......」階段で泡を吹いて倒れていたオヤジが、筆者に懇願した理由とは?

「頼むから救急車だけは呼ばないでくれ......」階段で泡を吹いて倒れていたオヤジが、筆者に懇願した理由とは?

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/21

「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」角刈りの2人に案内されて、西成の飯場で働き始めたら…から続く

【画像】ドヤの棚の間から出てきた「使用済みの注射器」

筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。

元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った、國友公司氏の著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて4万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。

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(筆者提供)

◆ ◆ ◆

【5月12日】部屋から注射器

勤務中にも関わらず昼休みになるとこっそりと部屋でグビグビと缶ビールを飲んでいるアル中の芳夫が、高圧洗浄機を持ち出して215の部屋を磨き上げている。ちなみに私と芳夫と九州出身のK太郎は南海ホテルの部屋に社員寮という形で泊まっており、皆川さんと市原さんは近くのドヤに泊まっている。

清掃スタッフにはもう1人、ひとみちゃんという私と同じ年齢くらいの綺麗な女性がいたが、女性にはちょっとプレッシャーになりかねない皆川さんのオラつき具合と、K太郎のネチッこく陰気臭い視線のせいであっという間に辞めてしまった。

「215、なんかあったんですか?」

酒の入っている芳夫に聞いても「いやあ」とか「ああん」としか言わないので、気になることがあればすべて皆川さんに聞くようにしていた。市原さんは関西弁がキツすぎて、内容が入ってこないし、28歳のK太郎はコミュニケーション能力に大きな問題があるようで、話しかけただけでも目が泳いでしまうのだ。

「215のおっさんな、昨日とうとう追い出されたんや。隣の部屋のクシャミだけで怒り狂うからな、たまらず支配人が追い出したんや。結構長いことおったからな、臭くてあの部屋はしばらく使えないやろな」

「へえ、どの人か分からないですねえ」

「結構その辺ウロウロしとるような奴やったで。たまに部屋に掃除入ったんやけど、なんちゅうか気持ち悪い部屋やったで」

「他の部屋でも打ってる人間はゴロゴロいるやろ」

215の部屋は匂いこそキツいものの、部屋中の物という物が1ミリとも狂わず直角に並べられていたらしい。隣の部屋のスマホのバイブ音だけで怒り狂うくらいなので、慎重にならざるを得ない。その時点で皆川さんは気付いていたとはいうが、早い話がドポン中。

棚の間からは使用済みの注射器が出てきたし、2階の廊下にあるゴミ箱にはパケの袋も捨てられていた。

かといって特に通報するわけでもない。「こんなの日常茶飯事や」と皆川さんは言うし、店長も警察を呼んだところで面倒なことになるだけなので、黙って出て行ってもらったというわけ。初めて使用済みの注射器を見た私は思わずテンションが上がってしまったが、「他の部屋でも打ってる人間はゴロゴロいるやろ」とのこと。

「たまに血走った目の奴がホテルに駆け込んでトイレだけ借りることがある。そういうのは大体個室でシャブ打っとるからな。従業員としては注意せなあかんだろうけど、変に刺激するとホンマに刺される。危ないと思ったらとにかく放っておけ」

2年ほど前、そんな感じでK太郎がシャブ中に胸ぐらをつかまれて騒然となったそうだ。(略)

【5月25日】住所不定無職

南海ホテルには何をして生活しているのか分からない、住所不定無職の長期滞在者が数人いる。1階にいるある男は、服装、髪型などドヤとはそぐわないほどしっかりとしており、成金といった雰囲気まである。

この男は1日中部屋にいるが、毎日午後2時半頃、分厚い封筒が20枚ほど入った紙袋を持ってどこかへ歩いて行く。本当にそれしかしていない。

K太郎が密かに想いを寄せているという通称“ブーちゃん”はその名の通り太った女の子。K太郎は1週間に1回、率先してブーちゃんの部屋に掃除に入っては、1人で10分も20分も何やら楽しんでいるそうだ。歳は20代で私も可愛いと思う(私がデブ好きということもあるが)。なぜこんな女性がこんな場所に何ヶ月も住んでいるか本当に分からない。

ギターを持って外へ出るイタリア人ミュージシャン

6階にいる紫色の髪の毛をした通称“紫のババア”もよく分からない人間の1人だ。歳は60を過ぎたくらい。見た目は髪の毛が紫色というだけでれっきとした日本のババアなのだが、国籍がドイツになっている。フロントの劉君に対しては「芸能活動が」などと言っているらしい。

そんな紫のババアは自らのブラジャーやパンティーを5階の共用ベランダに、わざわざドヤスタッフの男たちに見えるように干す。私は「お前セックスしたれや」と皆川さんに言われていたが、ある日こんなことが起きた。

紫のババアが突然私たちにバナナを1本差し入れした。しかもそのバナナは日本ではあまり見ることのないくらいに太く長く大きく反り返った立派なモノ。先端がなぜか濡れていたため、誰も手を付けなかったのだが、市原さんはそのバナナに躊躇なくかぶりついては、「なんだか生臭いな~」と首をかしげるのであった。

4階にはいつもギターを持って外へ出るイタリア人のミュージシャンがいる。こいつがまさに典型的な伊達男の道を歩む人間で、毎晩のようにその辺で拾った日本人の女を連れ込んではセックスをしている。

こんな3畳一間の、下の階にはシャブ中はじめ日本の最底辺が巣食うドヤで初めて会った男に股を開くのはどんな気持ちなんだろう。まあどんな場所であれセックスはみんな好きなことなのでいいとは思うが、近くで民泊殺人事件が起きたばかりのことである。(略)

【5月28日】南海ホテルの日常

もう1人の台湾人スタッフ陳さんから、この日私は衝撃的な事実を聞くことになる。なんでも今は南海ホテルの経営する銭湯で番台をしている前支配人であるおばちゃんいわく、リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件で逃亡中の市橋達也が、我らが南海ホテルに宿泊していたというのである。

「そう、ニュースを見た時にどこかで見たことあるなあって思ったんだけど、南海に泊まっていたのよね」

もちろん宿泊時は偽名を使っていたとはいうが、たしかに市橋だったそうだ。私も市橋の手記は読んだが、「西成は汚くて住めたもんじゃない」というようなことを言っていた。だからこのあいりんでは4つ星ホテルと呼ばれる一流高級ホテル南海を選んだのだろう。

ちなみに陳さんは南海ホテルに来てすでに10年近く経つという大ベテラン。他にも犯罪者まがいというか、犯罪者はいっぱいこのホテルに泊まっていたそうだ。

「ある日警察官が数人いきなりホテルに入ってきてね、『この男はいないか』って写真を見せるわけ。ドラマみたいでしょ。そしたらその写真の男が普通に知っている顔なわけ。結構いい人で何回かお話もしてたんですよ。でもその男、九州の連続空き巣事件で指名手配がかかっているらしく、『いますいます! あの部屋に泊まってます!』て興奮気味に言ったんですよ。そのまま連行されたんですが、去り際にフロントに『お世話になりました』だって」

その男は刑務所から南海ホテルに手紙を送り続け、出所後は律義に手土産を持ってフロントまで挨拶をしに来たらしい。

部屋から使用済みの注射器が出てきた215のように、ドヤにおける覚せい剤ネタはラブホテルの部屋にウンコが盛られていたという清掃員の話くらいの鉄板話。隣の部屋から断末魔の叫びのような悲鳴が聞こえたという客が見に行くと、垂れ流し状態のオヤジが気を失っていた。布団の上には注射器が4本。オーバードーズで三途の川の岸に打ち上げられていたという話。

「頼むから救急車だけは呼ばないでくれ……」

また別の日は、陳さんがフロントにいると1階の階段あたりから「グエエエエッ」という声が聞こえ、走って向かうと、踊り場に泡を吹いたオヤジが全身を痙攣させながら倒れていた。「大丈夫ですか!?」と駆け寄った陳さんに対しオヤジは「頼む、頼む……」と続けてこう言った。

「頼むから救急車だけは呼ばないでくれ……」

「それで陳さんどうしたんですか?」

「いや、救急車呼ぶでしょ」

そしてオヤジは覚醒剤取締法違反の罪で、刑務所に連れて行かれたのであった。やはりドポン中の人間を目の当たりにするのは気分のいいことではないというが、そんな陳さんでも「これは笑うしかなかった」という経験がある。

ホテルのエレベーターが故障し、業者に修理してもらった時のこと。業者がエレベーターの下に潜ったところ、そこからおびただしい数の使用済み注射器がごっそり出てきてしまったらしい。シャブ中たちが揃いも揃って、エレベーターの隙間から注射器を落とし続けていたというわけだ。

「あとは病気で人が死んでいるなんてこともたまにありますよ。酔っぱらって帰ってきたオヤジがフロントで転んで頭を打ったんです。『大丈夫や』って部屋に戻ったけど、そのまま死んじゃった。全然部屋から出てこないからマスターキーで中に入ると、身体はベッド、頭は床という体勢で倒れてたの。触ると常温の水くらいの冷たさで救急車呼んだんだけど、袋に詰めて持って行かれちゃった」

※本書は著者の体験を記したルポルタージュ作品ですが、プライバシー保護の観点から人名・施設名などの一部を仮名にしてあります。

(國友 公司/Webオリジナル(特集班))

國友 公司

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