「痛み」の分かるリーダー 米国でバイデン大統領が誕生する意味

「痛み」の分かるリーダー 米国でバイデン大統領が誕生する意味

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2020/11/22
No image

未だトランプ陣営は否定しているが、バイデン大統領が誕生するのは確実だろう。

アメリカで、リベラルな人たちに囲まれて暮らしていた私たち家族は、トランプ支持者たちから見たら「バイアスに満ちた」リベラル人間だろう。ここではコラムとして主観を記すが、アメリカにいる私たちの家族や多くの友達にとっては、まさにいま、暗闇の4年間に一筋の光が差した感じがしている。

今回はバイデン氏について書いてみたいと思う。私は1度だけ実際に彼と会い言葉を交わしている。

バイデン氏が「犯罪被害者支援」に注力する理由

アメリカ政府が女性に対する暴力防止と加害者への厳罰処置についての議論を本格化させたのが2000年前後。フォトジャーナリストである私は、アメリカとカナダで約70人の性暴力被害者の取材、撮影したプロジェクト「STAND:性暴力サバイバーたち」を2001年に発表した。このプロジェクトはテレビドキュメンタリーとなって2002年に全米で放映された。

その直後、アメリカ人でもない私が、ワシントンの上院議員特別議会に呼び出され、女性に対する暴力の被害者支援、防止対策そして予算検討会で発言を求められた。

議会の後に行われた関係者パーティーの主催がバイデン氏だったことで、私は彼に会う機会を得たのだった。

バイデン氏はもともと犯罪被害者の権利を守るために活動してきた政治家だ。女性に対する暴力法「Violence Against Women Act(VAWA)」は、彼が1990年に導入、1994年に正式に可決され、アメリカでの家庭内暴力(DV)の発生率を50%以上も減らしたという功績を持つ。

パーティーの席で彼は、当時中西部のローカル紙で働く名もなきフォトジャーナリストに向かって「ワシントンでも君のサバイバーの写真展をしようね」と握手してくれた。

その3カ月後、上院議員オフィスの入り口で、性暴力サバイバーが実名で顔を出した写真展「STAND:性暴力サバイバー達」を行った。バイデン氏からの依頼で、DV被害者支援に力を入れていたミネソタ州の議員ウェルストーン氏が叶えてくれたのだ。写真展のオープニングでは、バイデン氏は控えめに後ろの方で参加してくれていた。

なぜバイデン氏は犯罪被害者など、心に深い傷を負った人たちへの支援に力をいれてきたのか。それは、妻と娘を交通事故で失い、事故を生き延びた小さな子どもたちのシングルファーザーとなった体験を通して、心の痛みとそこからくるトラウマを彼自身いやというほど味わったからではないだろうか。

1972年、当時のパートナーのニリア氏とバイデン氏の間には3人子どもがいた。クリスマス前の買い物中、彼女が運転していた車が信号で止まり切れず、横から来たトラックと衝突した。車には、彼女と3歳と2歳の息子、0歳の娘が乗っていた。病院に着いた時、すでにニリアさんと娘の死亡が確認され、2人の息子たちは重症を負っていた。

事故の過失が妻にあるとわかった時、彼はどこにもぶつけられない怒りと、トラックの運転手に対する罪悪感と、突然失った家族への悲しみと、そして息子たちの介護との狭間で、生きることを諦めることも考えたという。

加害者側の家族としてのやるせなさ

今年の夏、日本での話になるが、独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)の本部で「生命(いのち)のメッセージ展」が開かれた。犯罪・事故・いじめ・医療過誤等、理不尽に命を奪われた犠牲者を主役とするアート展の主催者「特別非営利活動法人いのちのミュージアム」から借りてきたパネル展では、交通事故で命を奪われた人たちが紹介されていた。

犠牲者の等身大の人型パネルの胸元には、顔写真や家族からのメッセージが貼ってある。足元には、本人が生前履いていた靴が置いてあった。写真に写る犠牲者の笑顔から、残された家族のやるせない思いが痛いほど伝わってくる。

No image

「生命(いのち)のメッセージ展」。交通事故で亡くなった人たちの等身大パネルと足元には靴が置かれている。Photo by Nobuko Oyabu

愛する家族を突然失った時、人はそのトラウマとどのように向き合い、どのように絶望から立ち上がるのだろうか。当然、人それぞれ起こったことに対する捉え方は違い、心の回復にかかる時間もその方法も違うけれど、そこからどう生きていくのかは、残された、または生き残った人たちに委ねられている。

バイデン氏も、重症を負った2人の息子たちを置いてこの世を去ることはできなかったという。幸い彼はその3年後に現在のパートナ―のジル氏と出会い、結婚を戸惑う彼の背中を、子どもたちが押したそうだ。悲しみと喜びがいつもそんな風に「背中合わせ」だったらと思う。

絶望の中にいながら、ポジティブに前を向いて歩ける人は少ないだろう。特に加害者側の家族としてのやるせなさを抱えたバイデン氏は、きれいごとでは済まされない怒りと悲しみと罪悪感を抱えてきたに違いない。

ただ、そんな体験によって理解した痛みがあるからこそ、犯罪被害者たちに寄りそうことが、彼にとって政治家であること以上に重要なことなのかもしれない。

ところで、トランプ大統領を支持する「福音派クリスチャン」たちがトランプ政権誕生時に語った言葉を借りて言うと、バイデン大統領が誕生するのはまさに「神の計画」だ。キリスト教徒が信じるイエス・キリストは、社会的に忌み嫌われた人々、傷ついた人々、難民や社会で最も弱く小さいとされる人々を愛した。

白人至上主義者たちを奮い立たせ、平和的デモに暴力をふるってきたトランプ大統領はイエスとは全く逆のキャラクターだが、今回の選挙でも明らかであるように、「福音派クリスチャン」と名乗る人たちが、トランプ大統領を大いに支持している。結局のところ、そのような人たちは、信仰より権力重視なのだろう。その証拠に、コロナ禍よりアメリカ政府が打ち出した中小企業への経済支援では、なぜかそのような数々の教会も恩恵を受けている。

痛みの分かるリーダーが求められている

アメリカ社会の現状に目を向けると、トラウマを抱える人々は増大している。

トランプ政権が誕生した2017年から2018年にかけて、メキシコとの国境で引き離された難民の子どもたちのうち454人が未だ保護者と再会できず、子どもたちが移民・関税局の管理下で性的、精神的虐待に遭っていることも報道されている。また、新型コロナウイルスにより亡くなった約25万人とその家族、自粛体制の中で急増するDVや性暴力の被害者たち。こうした現状を変えていくためにも、まずは心の痛みを抱える人たちの存在に気づくことができてこそである。

痛みのわかるリーダーが求められている世の中の状況が、今回の大統領選の結果に影響を及ぼしたのではないかと思わずにはいられない。

バイデン氏に対する意見も多様だけれど、少なくとも、心の痛みがわかる人がリーダーになることは、社会にとって悪いとは思わない。

連載:社会的マイノリティの眼差し

関連記事はこちら>>

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加