コロナ後のバリ島バカンスで「ビールが飲めなくなる」可能性

コロナ後のバリ島バカンスで「ビールが飲めなくなる」可能性

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/21
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イスラム政党など3党が禁酒法案提出

インドネシア国会が11月11日、イスラム政党など3党が提出した「禁酒法案」の審議を開始した。

全てのアルコール類の国内販売、購入そして飲酒を禁止するというのがこの「禁酒法案」の内容で、世俗政党をはじめとする関係各方面から一斉に「冗談じゃない」と反発の声があがっている。

法案を提出した政党は「飲酒者から国民を守り、安全で平穏な社会を創出するのがこの法案の目的である」として、飲酒に関わる各種問題を解決して国民と社会の安全を確保するという「もっともらしい」目的を強調している。

この「禁酒法案」の審議開始に対して、世界的な観光地であるバリ島からは早速、「バリのビーチでビールが飲めなくなれば世界から観光客が来なくなるのは間違いない」と猛烈な反対論が起きている。

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〔PHOTO〕Gettyimages

また、「聖体拝領」という公の宗教行事で赤ワインを口にするカトリック教徒の間からも、「宗教の自由に反するとんでもない法案である」と怒りの声が沸き起こっている。

さらにイスラム教徒の議員が多数所属する与党の世俗政党などからも、「現在、飲酒がインドネシア社会に深刻な影響を与えているわけでもないのに、それを全面的に禁止するのは、アルコール類の摂取を宗教的禁忌とするイスラム教の価値観の押し付けにほかならない」との反対論も噴出しており、同法案が国会で可決される可能性は現段階では少ないとみられている。

しかし国民の圧倒的多数を占めるイスラム教徒の主張、さらにイスラム教徒に対する「忖度」が横行する傾向が強まっているインドネシアだけに、今後の審議の行方に大きな関心と注目が集まっている。

インドネシア主要メディアの報道によると、イスラム政党である「開発統一党(PPP)」と「福祉正義党(PKS)」に加え、最大野党から与党に転じた「グリンドラ党」の3党が共同で「禁酒法案」を提出した。

3党は法案説明の中でインドネシアに「禁酒」が必要なのは、

1)1945年憲法や国民の指針ともいうべき統一、民主主義、社会的公正などからなる「建国5原則(パンチャシラ)」の精神に反するという哲学的必要性
2)アルコールによる多くの人の死、犯罪の発生、暴力事案などという社会的視点
3)アルコールが関係した犯罪に対する不十分な刑法の規定という現在の法制面での問題
4)1〜3を総合した法治国家の社会秩序という立場にのっとった禁酒の必要性

が提案の趣旨であると説明している。

世俗政党などが多様性維持を理由に大反対

ところが、国民の間から沸き起こった反対論などを背景に、13日、与党でジョコ・ウィドド大統領の支持母体でもある「闘争民主党(PDIP)」と「ゴルカル党」という世俗政党2党が「禁酒法案」に反対を表明する事態に発展した。

両党関係者からは全面的、画一的な「禁酒法案」はインドネシアの多様な文化、宗教、民族に多大な影響を与えるものであり認めるわけにはいかない、との立場を強調した。

PDIPのカトリック信者の議員は、「ミサで行われる聖体拝領ではキリストの血を意味する葡萄酒をわれわれ信者は口にする。これを禁止しようとする今回の禁酒法案は信教の自由を侵すもの以外の何ものでもなく、到底容認することはできない」として、宗教的側面からの強い反対論を唱えている。

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現在、インドネシアでは、イスラム教徒以外は普通にアルコール類を口にしており、そうした多様な民族が居住するバリ州やパプア州、北スマトラ州、北スラウェシ州、東ヌサテンガラ州などでは、大多数が「禁酒法案」への反対を表明する事態となっている。

世界第4位の人口、約2億7000万人を擁する、東南アジア諸国連合(ASEAN)の大国インドネシアは、全人口の88%をイスラム教徒が占める世界最大のイスラム教徒の国でもある。

しかし多様な民族、宗教、言語、文化を統合した国家としてまとまるために、独立の父スカルノ初代大統領はインドネシアを「イスラム教を国教とするイスラム教国」とはせず、キリスト教(カトリックとプロテスタント)、ヒンズー教、仏教、儒教の5宗教を国家公認の宗教とすることで、「多様性の中の統一」「寛容性」という国是の実現を目指した。

多数派のイスラム教徒たちは教義に従い、アルコールや豚肉、犬肉は禁忌とされ、体内への摂取はもちろん、触れることさえも忌み嫌っている。

この教義は単に飲食物だけでなく、香水などの化粧品にも適用され、新型コロナウイルスへの効果が期待されるワクチンに関しても、イスラム教団体「イスラム教聖職者(ウラマ)協会(MUI)」の名誉総裁であるマアルフ・アミン副大統領が8月に「イスラム教徒が体内に摂取するコロナワクチンもハラール(イスラム法で摂取が許されたもの)であるべきだ」と発言した。

この時はイスラム教徒の間からも「命より宗教優先を副大統領が唱えるのか」と強い反発があり、結局、副大統領は前言撤回に追い込まれた。

「イスラム教徒が摂取するコロナワクチンはハラールであることが望ましいことに変わりはないが、命の問題に関係する医療上の緊急措置でもあり、今回のコロナワクチンに関しては必ずしもハラールにこだわらなくてもよく、イスラム教徒が非ハラールワクチンを摂取しても問題にはならないと考える」

このように表明するに至ったのは、つい10月のことであった。

酒類は普通に生活の中にある

一方、ヒンズー教徒が多く住むバリ島やキリスト教徒が多い北スマトラ地方、北スラウェシ地方、パプア地方、さらに中国系インドネシア人のキリスト教徒や仏教徒が多く住む首都ジャカルタ北部コタ地区などでは、各種の豚肉料理やアルコール類が普通に提供されている。

ジャカルタでは大型スーパーマーケットや日本食材店、韓国食材店などの一角では酒類が販売され、インドネシア国産ビール「ビンタン」「バリハイ」「アンカー」などは根強い人気を保っている。

酒類の販売に際しては、身分証明書提示などで購入者の年齢確認が求められることはあっても、「宗教確認」は行われていない。

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さすがに公共の場や屋外の人が集まる場所での飲酒はイスラム教徒への配慮から「咎められる対象」ではあるものの、外国系レストランやホテル内のレストラン、ラウンジなどではアルコールも問題なく注文することができる。

周囲の目を気にする必要がない海外訪問の際に「密かにたしなむ」イスラム教徒も実は結構いる。こうした「本音と建て前」の部分も多分に存在するのがインドネシアという国なのである。

典型的な例としてインドネシアでよく指摘されるのが、毎年約1ヵ月にわたり行われるイスラム教徒の重要な宗教行事である「断食(プアサ)」だろう。断食の期間中、ジャカルタ市内中心部にあるファストフードの店は、全面ガラス張りで店内が丸見えであることから一面白いカーテンで覆われる。

表向きの理由は、店内で日中飲食している非イスラム教徒や外国人の姿を外で断食しているイスラム教徒に見えないようにする配慮だといわれる。しかし実際には、「店内でこっそり飲食しているイスラム教徒の姿を隠すため」でもあるというのだ。

これは実際問題としてどうか、というよりインドネシアの「本音と建前」「融通無碍な実情」そして「寛容性」を示す格好の例として巷間に広く知られているエピソードでもある。

こうした文化が国是「多様性の中の統一」や「寛容性」の“よき例”として、1945年の独立以来続いてきたのがインドネシアであるといえる。

景気後退局面での「禁酒法」への疑問

今回国会で問題となり、国民的議論になろうとしている「禁酒法案」については、「コロナウイルスによる感染者、感染死者の増加に歯止めがかからないだけでなく、コロナ禍に伴う失業者や生活困窮者の問題が深刻なこの時期に国会が真面目に議論する法案なのだろうか」(地元紙記者)などという批判も広がっている。

インドネシアは10月初めに政府統計局が発表した第3四半期(7~9月)の国内総生産(GDP)の物価変動分を除いた実質が3.49%のマイナスとなった。

これで第2四半期に続いて2期連続のマイナスとなり、「景気後退局面」に入ったことになる。インドネシアの景気後退局面は1998年のアジア通貨危機以来、実に22年ぶりのことである。

失業者は新たに260万人増え、合計で977万人に達し、失業率は8%台になるという厳しい経済状況に直面している。全てコロナ禍の深刻な影響といえる。

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こうした状況の中、インドネシア国会は10月初めに新たな雇用促進を狙った各種関連法案の修正法案ともいうべき「オムニバス法」を可決し、ジョコ・ウィドド大統領も署名して成立させた。

同法には、海外からの投資をさらに呼び込み、国内企業での雇用促進を図るための諸策が盛り込まれている。

しかし、この景気後退局面でインドネシアに新たに投資する海外企業や雇用者を増やす国内企業が一体どれだけあるのかという疑問も多い。さらに、オムニバス法全体への理解が不足していることに起因する労働者や若者による「反オムニバス法」のデモが各地で頻発する事態を招いている。

そんな中で降って湧いた「禁酒法案」の審議であり、イスラム教徒の一部からも「どこまで緊急性のある法案か疑問を抱かざるを得ない」との声が上がっているのは、ある意味当然といえるだろう。

飲酒、購入で最高「禁固2年」

PDIPの幹部は、飲酒問題よりも喫緊の課題があると指摘する。

「これまでのように酒類を飲まない人は飲まなければよく、飲める人や飲みたい人は自分の責任で飲めばいいだけである。飲酒による犯罪や社会問題というが、アルコールよりそうした問題の原因としては麻薬の方がより深刻である」

失業や生活苦に直面している若者がアルコールや麻薬に手をだして犯罪に走るケースが増えているというが、そもそも「麻薬」は法律違反の犯罪であり、一方の「飲酒」は刑法に触れる犯罪ではなく、あくまで宗教上の問題でしかない。

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そうした厳然とした違いがあるにもかかわらず、3政党の国会議員が真面目に「国民を守り安全で平穏な社会を創出する」「飲酒により秩序を乱し、第3者の安全を脅かす行為の防止」を目的とする、などと主張することには強い違和感を禁じ得ない。

ただ、インドネシアでは圧倒的多数派のイスラム教徒の規範、主張に正面から反論や異論を唱えることは難しい状況があることも事実であり、そうした「不寛容」な風潮の拡大傾向に便乗する形で「禁酒法」の真面目な議論が続いている。

あまりに強い反対論に配慮したのか「慣習、宗教儀式、観光、医療・医薬品などでの飲酒は例外」とすることも検討され始めているというが、それでも3党提案の「禁酒法案」によれば、「飲酒及び酒類の購入」に対しては最高で禁固2年と5000万ルピア(約37万円)の罰金刑が科されることになるという。

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