住みたい街、あの川崎が吉祥寺を逆転間近?足立区・北区等「東側諸国」も人気上昇

住みたい街、あの川崎が吉祥寺を逆転間近?足立区・北区等「東側諸国」も人気上昇

  • Business Journal
  • 更新日:2017/08/11
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近年、長らく“住みたい街”の王者に君臨していた東京・吉祥寺に異変が起きている。吉祥寺といえば、新宿駅・渋谷駅まで各15分と交通アクセスが抜群によく、駅前は23区レベルの繁華街として栄えている。それでいて、駅から少し歩けば自然豊かな井の頭恩賜公園が広がり、大学も多く立地しているので文教都市としての趣が強い。さらに、若者が多いため文化の発信地としての側面もあった。そういった住みよい環境から、不動産業界では人気ナンバーワンの街とされてきた。

ところが、近年は順位が急下降しているのだ。その原因は、なんといっても吉祥寺の高級住宅街化が挙げられる。今では首都圏の市町村といえども少子高齢化の問題を抱える。他方で、地方から東京都心部へ流入人口は増加しており、東京の一極集中は加速している。10年前から千代田区・中央区・港区といった都心では都心回帰現象も目立つようになり、人気の街は不動産価格が高止まりしている。吉祥寺も例外ではない。

こうした不動産事情と、今般の雇用の非正規化の流れによる低賃金化といった複合的な要因が絡み合い、東京23区の不人気エリアとされたために、割と便利なのに家賃が安かったエリアが脚光を浴び始める。北区・赤羽、足立区・北千住、墨田区・錦糸町、葛飾区・新小岩などは、これまででは光が当たらない“東側諸国”とされてきた。しかし、安い賃料などが魅力的な点が若者から支持されるようになり、最近はこれらのエリアの巻き返しが始まっている。

一方、ファミリー層にとっては東側諸国よりもさらに郊外の魅力的なエリアに居を求めるケースが目立っている。ファミリー層で人気を博しているのが千葉県船橋市だ。特に船橋駅には、JR・東武が乗り入れており、東京の丸の内・日本橋まで電車で30分以内とアクセスは抜群。市内には、ららぽーとをはじめとした大規模商業施設も多数あり、ショッピングをするのにも、休日に家族で外出するのにも困らない。そんな理由から船橋の人気が急上昇しているという。

●川崎市=住環境が悪いというイメージ

同様に不動産関係者や都市開発事業者から注目されているのが川崎市だ。川崎市は1980~90年代に出稼ぎ労働者が集まる街として有名だった。競輪・競馬といった公営ギャンブルがあり、さらに居酒屋や風俗店など出稼ぎ労働者向けの娯楽が充実している都市だったことも、ファミリー層からの人気を押し下げる要因になっていた。

加えて川崎市は、臨海部に立ち並ぶ工場群のイメージが強く、工業地帯と認識されがちだった。工場が多く立地することで大気汚染や水質汚染、ゴミ問題などが深刻化。また、工場群を走るトラックによる排気ガス・振動・騒音なども工業都市・川崎のイメージを悪くした。それらはファミリー層や若者から敬遠される一因でもあった。川崎市の職員は、当時をこう振り返る。

「大気汚染・水質汚染を嫌悪するニューファミリー層が住む住宅地は市の北側に広がっていますが、川崎市の工業地帯は沿岸部なので市の南側。つまり、工場と住宅地は距離的にも離れています。北部地域は渋谷駅を基点とする東急田園都市線、新宿駅を基点とする小田急小田原線が走っていることもあって、70年代から東京に通勤するサラリーマン世帯が爆発的に増加して過密状態になっていたのです。そのため、住宅街が北部地域に偏在してしまい、北部地域では毎日排出されるゴミが処理しきれなくなりました。そうした問題によって、川崎市は住環境が悪いというイメージが広まってしまったのです」

危機に直面した川崎市は、90年にはごみ非常事態宣言を出す。非常事態宣言を機に、川崎市は負のイメージから脱却すべく環境改善の取り組みを開始。ゴミの減量化に取り組むとともに、現在では当たり前になっているゴミの分別収集にも着手している。また、97年からは資源ゴミの収集を開始。空き缶・空き瓶・乾電池の収集から開始し、2年後にはペットボトルのリサイクル回収も始まった。

ゴミ行政の取り組みによって、川崎市は地方自治体関係者の間から環境先進都市として注目を浴びるようになる。

●シティプロモーション

しかし、一度ついた負のイメージは簡単に払拭されない。環境改善のための取り組みを継続する一方で、川崎市が2005年に打ち出したのは「川崎市イメージアップ認定事業」だった。同事業は、川崎市のいいところをひたすら内外にPRするシティプロモーションと呼ばれる手法だ。近年、人口減少が顕著になっていることもあって都市間で定住人口の奪い合いが熾烈を極め、シティプロモーションに力を入れる自治体も目立つようになってきた。

ところが当時は状況が違った。多くの自治体はシティプロモーションに取り組んでいなかった。まして、首都圏に近い川崎市のような自治体がシティプロモーションに取り組むなどとは誰も考えていなかった。前出の職員とは別の部署で働く職員は言う。

「当時、市役所内でも『シティプロモーションって何をしたらいいんだろう?』といった具合で、みんな手探り状態でした。なかには、『観光PRならまだしも、自治体PRで人口が増えるの?』というような懐疑的な意見もありました」

当時は政府主導によって市町村合併が進められており、新しい市町村が次々と誕生していた。合併によって生まれ故郷に対する愛着が薄れてきているという声もあり、それらが引き金となって自分たちの街を見直そうという機運は高まっていた。川崎市が始めたシティプロモーションは先駆的な取り組みとなった。その結果、川崎市のイメージアップ・ブランドは向上していく。

同時期、川崎駅や武蔵小杉駅の周辺に立地していた工場群が移転。跡地がタワーマンションとして生まれ変わったことで新住民が流入してくるようになった。

「今般、川崎市の人口増・成長を牽引しているのは再開発が著しい武蔵小杉駅とその周辺エリアだといわれます。10年に横須賀線の武蔵小杉駅が開業して都心部へのアクセスが向上したこと、また周辺が再開発されたことでタワーマンションが林立したことなどが注目されている背景です。また、テレビや住宅雑誌などではあまり取り上げられないのですが、新百合ヶ丘駅を中心とした麻生区の存在も見逃せません。麻生区は東京23区や横浜市をはじめとした他市町村から引っ越してくる人が多いのが特徴です。麻生区は、まさに川崎のイメージアップが結実したエリアといえるかもしれません」(前出・川崎市職員)

20年以降、急速に人口減少が進むとされる日本。しかし、一時期は不人気だった川崎市のような都市が巻き返す現象も起き始めている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

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