さだまさし 「これから一生かけて永六輔さんの背中を追う」

さだまさし 「これから一生かけて永六輔さんの背中を追う」

  • NEWSポストセブン
  • 更新日:2016/11/30
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永六輔さんへの思いを語るさだまさし

さだまさしは「一般財団法人 風に立つライオン基金」を昨夏、立ち上げた(友人である医師・鎌田實氏は同基金の評議員を務めている)。2011年1月に南九州の新燃岳(しんもえだけ)が噴火した際、急遽コンサート会場に募金箱を設置し、わずかの間に250万円を超える額が集まったことが設立のきっかけだった。地元・宮崎県都城市の市長に手渡すと『避難施設の空調に活用します』と明言された。

新燃岳の噴火には、もうひとつのエピソードがある。実は、この噴火のすぐあとに東日本大震災が起こっている。いわば新燃岳の被災者は世間から瞬く間に“忘れられてしまった”存在だ。そんな中、さだまさしが「決して忘れていませんよ」と訪れたのだ。

「これはね、永六輔さんの影響もあるんです。僕は若い時分、永さんに随分かわいがっていただいたんですが、ある時、こんな言葉を教わりました。

〈まさし、人間は二度死ぬよ。まず死んだ時。それから忘れられた時だ〉

何が辛いって、人は忘れられることがいちばんこたえます。今回、南富良野町を直接訪れたのも、『日本全国、皆さんのことを忘れていない人がたくさんいますよ』と伝えるためです。コンサート、皆さん喜んでいただけるかなと不安な気持ちもありましたが、南富良野町の皆さん、結構、喜んでくださって……。嬉しかったですね」

さだまさしと永六輔。

この不思議な組み合わせに驚くかもしれないが、実は二人の関係は、さだが10代の頃に遡る。デビューする前から40年以上のつき合いだ。

「共通の恩人がいまして、その方に永さんを紹介してもらったんですが、永さん、他人の話をよく聞いていない(笑い)。永さんの中での僕は、しばらくの間、『落語家になりたい青年』という認識でした。ある時、『いや落語じゃなくて、歌です』と訂正したら、『それなら落語みたいな歌を歌いなさい』といわれましたけどね。実際その後、『雨やどり』とか『関白失脚』とか、落語みたいな歌を歌ってますが……(苦笑)」

さだの恩人でもある永六輔が、今年の7月7日に亡くなった。さだにとってもこれは、大きな出来事であり、とてつもない喪失感を伴った。

「永六輔という人物は、不思議な人です。全貌を掴むのが本当に難しい。世間には、『浅田飴のおじさん』としか認識していない人がまだいるようですが、何せテレビ放送が始まった頃の放送作家ですからね。放送文化の開拓者であり、歴史をつくった人といってもいい。それだけじゃなくラジオ文化を根付かせ、『大往生』というベストセラーも出してしまう。

もちろん優れた作詞家です。『こんにちは赤ちゃん』や『見上げてごらん夜の星を』、そして『上を向いて歩こう』。どれも名曲です。人と人とを繋ぐプラットフォームのような役割も果たしていました。永さんという存在そのものが、ひとつの文化といってもいいんじゃないかな」

今回さだは、永六輔を2つの方向から振り返った。そのひとつは歌だ。今月、『永縁~さだまさし 永六輔を歌う~』という永六輔作詞の歌をカヴァーしたアルバムをリリースしたのだ。

「改めて、永さんの歌をCDに吹き込む──自分の根っこを見るみたいな感じでしたね。気づいたら、釈迦の手のひらにいたような。ここに歌詞のすべてがありました。人は生まれ、生きて、死ぬ。その折々の風景を見事に捉えている。『遠くへ行きたい』なんてまさにそう。あれを超える旅の歌はありません。もっと勉強して、短くわかりやすく、誰もが聴いて楽しめる歌をつくれ。そう永さんに言われている気がしたな」

もうひとつは、「永さんの思い」だ。

「永さんは1年中旅をしているような人だから、なかなか会えない。バッタリ会うと『まさし、時間ある?』と聞いてきて、底の見えない引き出しの奥から話を引き出してきて披露する。呆気にとられていると、『じゃあね』と颯爽と去って行く。これは心して話を聞かないといけないぞと思ったまま時が過ぎ、ようやく念願の対談が実現したんです。今回じっくり話を聞いて、『そうだったのか』と頷くこと、考えさせられることがたくさんありました」

それが、永六輔最後の対談集となった『笑って、泣いて、考えて。永六輔の尽きない話』(小学館刊)だ。

さだは、永六輔が「旅人の系譜」にあると気づいたという。

「日本では昔から、芭蕉や西行、そうした詩人たちが、旅をし、そこで感じたことを文字で伝えてきました。日本の文化の特徴です。こうした旅人の系譜に、永さんもいます。永さんは日本全国津々浦々を旅し、そこで見つけたことを、ラジオという電波に流して伝えました」

テレビ番組の『今夜も生でさだまさし』を、あえてラジオの生放送スタイルで放送しているのも、さだまさしにとっては、ラジオに生きた永六輔へのリスペクトなのかもしれない。

「勝手な思い込みですが、永さんから“バトン”を渡された気がしているんです。これから一生かけて、背中を追わないといけません」

そう言うとさだは、番組の終わった深夜過ぎ、次の旅先へと車で向かった。

●さだ・まさし/長崎市生まれ。フォークデュオ・グレープを経てソロ歌手に。『関白宣言』などのヒットを飛ばす。小説に『かすてぃら』『風に立つライオン』など。今年11月に永六輔の作品を歌い継ぐCDアルバム『永縁~さだまさし 永六輔を歌う~』をリリースした。永六輔の「好奇心」「行動力」「人脈」「仕事」の秘密を聞き出した、新刊『笑って、泣いて、考えて。 永六輔の尽きない話』が発売中。

●撮影/江森康之 文/角山祥道

※週刊ポスト2016年12月9日号

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