ゼロからわかる「イスラーム国」が世界的な一大現象になるまで

ゼロからわかる「イスラーム国」が世界的な一大現象になるまで

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2016/10/20

オバマ大統領がISの「創設者」!?

「ISIS(「イスラーム国(IS)」)は、オバマ大統領に敬意を持っている。彼こそがISISの創設者だ。彼こそがISISを創設した。であれば、インチキなヒラリー・クリントンが共同創設者であると言えるだろう」

米国大統領選挙の投票日を3ヵ月後に控えた2016年8月10日、共和党のトランプ候補は、フロリダ州フォートローダーデールで行われた集会でこう述べた。

むろん、オバマ大統領自身が実際にISを創設したはずもなく、この発言は、対中東政策をあげつらうことで、民主党政権を批判するためのレトリックに過ぎない。

しかし、ライバルをあたかもISの仲間であるかのような言い方、あるいは、ISを生み出した「犯人」として吊し上げるようなやり方は、(おそらくトランプ候補の思惑通りに)米国社会でも大きな波紋を呼んだ。

「犯人捜し」の難しさと危うさ

ISに対する怒り、戸惑い、恐怖が世界に広がるにつれて、政治の世界では「犯人捜し」のレトリックが目立つようになってきた。中東各国の首脳やロシアのプーチン大統領なども同様に、ライバルや敵対する勢力を貶めるために、こうしたレトリックをたびたび用いてきた。

なぜISのようなものが生まれてしまったのか。それ自体は重要な問いである。

しかし、それが「犯人捜し」のかたちで政治的な印象操作の道具にされていることに対して、私たちは十分な注意が必要である。人は見たいものだけを見がちであり、それによって複雑な現実を理解するための歩みを止めてしまうことがある。

そもそも、ある現象の発生要因は複合的なことがほとんどであり、特定の要因だけでは説明することは難しい。さらに大きな問題は、今やIS自体が単なる過激派の「組織」ではなく、世界規模での一大現象となっていることである。

すなわち、ISは「組織」であると同時に、自称「国家」であり、また、共感者を次々に生み出す「思想」として、猛威を振るっている。

ここでは、「犯人捜し」からは距離を置き、ISがいかにして今日の世界における一大現象となっていったのか、その過程を今一度整理してみたい。

「組織」としてのIS──イラク戦争後の権力闘争

ISは、本質的にはイスラーム過激派の「組織」である。

そのイデオロギー的なルーツを辿っていくと、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件を引き起こしたアル=カーイダ、さらには20世紀に発展したイスラーム過激派の思想へと行き着く。

しかし、「組織」としてのルーツを見た場合、2003年のイラク戦争後の暴力をともなう激しい権力闘争――フサイン政権の崩壊とその後に生じた権力の空白――を考えなくてはならない。すなわち、米国による占領統治とその後に誕生した新政権に対する「反国家」(ないしは反政府)の「組織」としてのルーツである。

「組織」としてのISの内実は、米国の占領に対する武力闘争を謳うイスラーム過激派(アル=カーイダ系)と、戦後統治政策において粛正(パージ)された旧フサイン政権の残党(バアス党員)の「愛なき結婚」であった。

この両者を結びつけたのは、反米感情だけでなく、反シーア派感情であった。イスラーム過激派のすべてが、バアス党員のほとんどが、スンナ派出身者であった。

イスラーム過激派はシーア派を「不信仰者」や「背教者」として断罪し、他方、バアス党員はシーア派を米国の手を借りて国家権力を奪取した「非国民」として敵視したのである(その意味において、俗に言う「宗派対立」は、信仰や教義のあり方をめぐる対立ではなく、あくまでも政治的・社会的な問題として捉える必要がある)。

両者は、当初「イラクのアル=カーイダ」を名乗っていたが、2006年10月に「イラクのイスラーム国」に改称、そして、2013年4月にはシリアの一部のイスラーム過激派組織を糾合し、「イラクとシリアのイスラーム国(ISIS、ISIL)」となった。

その後、2014年6月にイラク第二の都市モースルを攻略した際、組織名から「イラクとシリア」を削除し、「イスラーム国(IS)」を名乗るようになった。

このように、ISのルーツを考えるとき、イデオロギー的にはアル=カーイダやそれ以前のイスラーム過激派の諸組織にまで遡ることができるものの、「組織」として見た場合には、米国が主導したイラク戦争とその後の占領統治の失敗に見ることができる。

トランプ候補は、冒頭で紹介した発言において、2003年のイラク戦争を「過ち」であったと厳しく批判し、それが後のISの出現を含む、今日の中東の混乱の一因となったと述べている。この認識はおそらく間違っていない(筆者を含む多くの中東研究者も共有している)。

しかし、イラク戦争を主導したのが当時の共和党ブッシュ政権であった事実を思い起こせば、民主党批判のレトリックとしては的を射ていないように思われる。

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〔PHOTO〕gettyimages

「国家」としてのIS──誰でも国民になれる

ISは、モースルを攻略した後、イラクとシリアの両国にまたがる「国家」の樹立を宣言し、シリア北東部の都市ラッカを「首都」とする広大な実効支配地域を手に入れた。

なぜ、過激派の「組織」に過ぎないISが「国家」になり得たのか。むろん、その「国家」は国民国家ではなく、近代的な国家の考え方を否定する「脱国家」としての性格が強い。

その考え方は、特定の民族を単位とする国民国家ではなく、宗教に基づく共同体の原理に基づく。それゆえに、ムスリムであれば、あるいは、ムスリムになれば、誰でも「IS国民」になることができる。

事実、ISは、世界中のムスリムにその「国家」への移住を呼びかけている。領域的には、イスラーム王朝の系譜に基づく独自の歴史観に基づき、西はイベリア半島やサハラ以北のアフリカ大陸から、東はインド亜大陸、中央アジア、中国の一部までに広がるものとされる。

このような荒唐無稽な「国家」建設のプロジェクト、あるいは「脱国家」(近代的な国家の否定)のプロジェクトが現実のものとなった原因については、次の3つを指摘できる。

第1に、イラクとシリアがそれぞれ戦争と紛争によっていわゆる「破綻国家」と化したことである。両国ともに、中央政府の統治の及ばない地域が生まれ、国民同士が互いに争う状況に陥った。その政治的混乱の隙を突くかたちで、ISは武力によって実効支配地域の獲得が可能となった。

第2に、「大シリア」ないしは「歴史的シリア」と呼ばれる東地中海地域――現在のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ/イスラエル、イラクとトルコの一部からなる地域――において、「どのような国家をつくるのか」という問いが、20世紀初頭のオスマン帝国の崩壊からおよそ100年にわたって続いてきたことである。

西洋列強の植民地分割によって創出されたシリア、レバノン、ヨルダン、イラクなどの国民国家については、あるべき国家や地域秩序の完成形と必ずしも見なされず、そこで暮らす住民のなかから再編や改編を求める動きが繰り返し出てきた事実がある。

その筆頭がパレスチナ問題やクルド問題であり、また、レバノン内戦(1975〜90年)に代表される各国でたびたび起こってきた内乱である。

近年のイラクとシリアの破綻国家化は、政治だけでなく、国家を支える思想の面での隙をも生むことになった。ISは、「どのような国家をつくるのか」という古くて新しい問いに対する1つの答えとしての側面を持つこととなった。

第3に、中東においてイスラーム主義と民主主義への失望が広がったことである。「大シリア」の政治的・思想的混乱の隙に生まれた「国家」がISのような過激主義に基づくものとなったのは、単なる偶然ではない。

中東で長年の独裁政治に苦しんできた人びとの希望を引き受けてきたのは、民主主義であった。そして、それを担いうる存在として、穏健なイスラーム主義を掲げる組織や政党に期待が寄せられてきた。事実、2011年の「アラブの春」後のチュニジアやエジプトでは政変後に実施された選挙ではいわゆるイスラーム政党が躍進した。

ところが、新政権の拙い執政、国際社会の冷淡な態度、旧体制派の勢力回復、激しい内戦などによる政治的混乱が深刻化するなかで、民主主義と穏健なイスラーム主義への失望が広がっていった。

そうしたなかで、独裁政治のオルタナティヴとなり得るのが、ISのような過激主義だけとなってしまったのである(拙稿「『アラブの春』とは何だったのか?http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47972)。

「思想」としてのIS──単純さと過剰さの追求

2014年の後半以降、ISによるテロリズムが、中東、アフリカ、北米、そして、欧州の各国で頻発するようになった。

これは、ISがもはや単なる「組織」でもなく、イラクとシリアの地にとどまる「国家」でもなく、「超国家」の「思想」として世界に拡散していることを意味する。

その共鳴者たちのなかには、実際にイラクとシリアにおける「国家」としてのISに渡航した者たちもいれば、ヴァーチャルな「IS国民」を自認しているだけの者もいるが、いずれにしても、自国で個人や組織としてテロや政治的暴力に手を染めたり、ISの「属州」の設立を宣言したりするケースが見られる。

例えば、アフガニスタンではターリバーンの一部が「ホラーサーン州」を、ナイジェリアではボコ・ハラムが「西アフリカ州」を「樹立」した。

このように、世界の各地でISの共鳴者は続々と増えていると見られるが、「思想」としてのISの力は何に由来するのだろうか。ここでは、「思想」の発信者としてのISの巧みさに注目してみよう。

実際のところ、ISの過激主義は、イスラーム過激派の思想としては凡庸なものに過ぎず、その中身は空虚である。

預言者ムハンマドの時代を絶対的な理想と見なし、その後の時代の長年にわたって築かれたイスラームにおける知の伝統や権威に対する強い反発や嫌悪を見せるだけである。異教徒に対する戦い(ジハード、聖戦・義戦)も、「不信仰者」や「背教者」の断罪(タクフィール、不信仰者宣告)も、以前のイスラーム過激派の主張と大差ない。

しかし、問題は、ISの「思想」が空虚であるからこそ、ムスリム/非ムスリムの別にかかわらず、多くの人びとに伝わりやすい、という逆説である。

ISはおそらくそのことを熟知しており、それゆえに、体系化・理論化された深淵な思想ではなく、画像や映像を駆使したイメージの発信に徹しているように見える。そのコンテンツは、残虐な処刑や奴隷制復活の様子など、現代世界の普遍的価値観や常識を執拗なまでに踏みにじるようなものがほとんどである。

単純さと過剰さを追求することで、インターネットやマスメディア、世論での「炎上」を引き起こし、自らの「思想」に触れる人びとの数を極大化していく。テロは、そのための究極的な手段になっている(詳しくは、拙稿「なぜイスラーム国の『過激思想』に吸い寄せられる人が後を絶たないのかhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/48315)。

「思想」としてのISに何らかの画期性があるとすれば、その世界観や価値観がイラクとシリアで目に見える「国家」のかたちで既に結実してしまっている点だろう。

かつて、アル=カーイダが領域的な拠点を持たず(持てず)、世界各地で反米テロリズムを繰り返すのみであったのに比べると、ISは、そうした破壊に徹するよりも、目に見えるかたちでの創造に注力している。

ISの「国家」の出現が、その「思想」の実体や実現性にリアリティを与えているのである。

一大現象への包括的な対応が必要

以上見てきたように、ISは今や「組織」「国家」「思想」という異なる側面を持っており、それぞれが相互に関わりながら世界を巻き込む一大現象となっている。

むろん、すべての始まりを「組織」としての創設に見るならば、その背景に米国の対中東政策の甘さがあったことは否めない。しかし、世界にとっての脅威、一大現象となった過程には、それ以外の諸要因が存在する。

だとすれば、ISに対抗するには、「犯人捜し」は言うまでもなく、「組織」「国家」「思想」のどれか1つの側面だけに対応するだけでは不十分であり、むしろ、ある側面への対応が他の側面にとっての逆効果になる可能性を考えなくてはならない。

「有志連合」によるイラクとシリアで活動する「組織」としてのISへの空爆作戦は、「思想」としてのISの持つ訴求力を強め、世界各地でのテロを誘発する危険をはらんでいる。

事実、作戦が本格化した2014年8月以降、ISのメンバーやシンパによるテロが急速に拡散した。

また、仮に軍事力で「国家」としてのISを壊滅させることができたとしても、この地で100年にわたって続いてきた「どのような国家をつくるのか」という問いを暴力で一時的に封印することにしかならず、結果的に、現行のイラクやシリアとは異なる国家を築こうとする思想や運動を結局のところ過激化させてしまう恐れがある。

イラク国家のあり方に対しては、クルド人が自治や独立への動きを見せているだけでなく、権力から疎外されていると感じるスンナ派住民が不満や不信感を強めている。

シリア国家にいたっては、多種多様な国家構想を掲げる無数の勢力が離合集散を繰り返しており、その将来の姿がまったく見えない状況にある。暴力による解決は一時的な対処療法にはなり得るが、中長期的には中東の不安定化の火種を残しかねない。

こうしたジレンマが存在する以上、現象としてのISへの包括的な対応が必要となる。

それは、「組織」としてのISの破壊だけでなく、「国家」としてのISに代わる国家の建設(再建)に向けた平和構築や開発援助、それから、「思想」としてのISの訴求力を奪うための手立て、例えば、イスラームにおける知の伝統的や権威の復権に加えて、欧米諸国におけるムスリムに対する差別や偏見の解消に向けた努力が不可欠であろう。

末近浩太(すえちか・こうた)
立命館大学国際関係学部教授。中東地域研究、国際政治学、比較政治学。1973年愛知県生まれ。横浜市立大学文理学部卒業、英国ダラム大学中東・イスラーム研究センター修士課程修了、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科5年一貫制博士課程修了。博士(地域研究)。英国オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ研究員、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授、SOASロンドン中東研究所研究員を歴任。著作に『現代シリアの国家変容とイスラーム』(ナカニシヤ出版、2005年)、『現代シリア・レバノンの政治構造』(岩波書店、2009年、青山弘之との共著)、『イスラーム主義と中東政治:レバノン・ヒズブッラーの抵抗と革命』(名古屋大学出版会、2013年)、『比較政治学の考え方』(有斐閣、2016年、久保慶一・高橋百合子との共著)などがある。Twitter:@suechikakota、公式サイト:SUECHIKA'S OFFICE

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クーデタ、内戦、デモーー世界で起こるさまざまな政治現象。そうした政治現象を理解するためには、どういった点に着目すればよいのか。構造、制度、アクターという3つの点に着目し、比較政治学の「考え方」を説明する

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