ある中国映画大ヒットの背景に見える「失われた世代」の傷痕

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/01/12

相変わらず毛沢東信仰は激しく

2017年の年末、中国社会では「キリスト対毛沢東」のバトルがあった。2期目を迎えた習近平政権が思想、言論の統制を強める中で、やり玉にあがったのがキリスト生誕を記念するクリスマスだった。

湖南省の地方政府はクリスマスを「精神のアヘン」と呼び、共産党員、幹部がクリスマスを祝うことを禁止。各地で商店に飾られたクリスマスツリーやサンタクロースを倒すなどの動きがあった。

一方で人々たちが崇拝したのが、クリスマスの翌12月26日に生まれた毛沢東だった。毛沢東の生誕の地、湖南省韶山では、数万人の毛沢東崇拝者がお祝いに駆けつけ、革命の赤い旗を振り、『東方紅』などの革命歌を歌い、毛沢東像にひれ伏して拝む数多くの「信者」の姿もあった。

だが毛沢東が権力を振るった1960~70年代は文化大革命(文革)のまっただ中にあり、「毛主席」は神格化された一方で、人々はあらゆる思想や行動の自由が奪われ、「階級闘争」による多くの犠牲者を出した時代だった。

そうした時代を背景に描いた映画『芳華』(英語題名は『YOUTH』)がこのほど公開され、12月15日の公開から2週間で興行収入が10億元を超えるなど、大ヒットしている。

中国映画にはよくあることだが、その時代の歴史的背景を知らないと映画の持つ意味が分からないことが多い。この映画の何が多くの中国の人々を惹きつけたのかを、中国のネットに現れた数多くの評論などを読み解きながら考えてみたい。

文革世代の青春

『芳華』の原作は厳歌苓、米国在住の女性作家、脚本家であり、映画化された『シュウシュウの季節』(1998年)、『妻への家路』(2014年)がそれぞれ日本でも公開された。

監督は今中国で最も売れっ子の1人、馮小剛(フォン・シャオカン)、北海道を舞台に理想の結婚相手を求める男女を描いた『非誠勿擾』(2008年、邦題は『狙った恋の落とし方。』)などで知られる。

映画の舞台となるのは1970年代から80年代にかけての人民解放軍の文工団(正式には「文芸工作団」)。前線の兵士を慰問したり、軍関係のイベントで音楽や踊りを披露したりする軍専属の芸能部隊だ。

映画に描かれた文化大革命中は、「現代革命京劇」「現代革命舞劇」と呼ばれる、中国共産党(実際には毛沢東夫人だった江青)が指定した政治宣伝目的の作品のみの上演が許された。

映画に出てくる『草原女民兵』や『紅色娘子軍』、『白毛女』などバレエを取り入れた作品だ。そして厳、馮のいずれもこの文工団出身で、作品には2人の青春時代への追憶が描かれている。

映画の前半は文工団に所属する劉峰という男性と何小萍という配属されたばかりの少女を中心とした青春ドラマだ。

「活雷鋒」(生きている雷鋒)というあだ名のある劉峰はまさに、模範兵士として政治的プロパガンダでもてはやされた「雷鋒」のように苦労を厭わず、仲間を思いやる文工団の中心的存在。

何小萍は実は父親が「反革命」として弾圧されるなど暗い過去を引きずっている。彼女にとっては、エリート階層出身の仲間によるいじめも受けつつも、「毎日シャワーを浴び」、宿舎と食事が与えられた文工団は夢のような場所だった。

若々しい少女らが白い素肌を露わにしながら革命バレエを踊り、プールで泳ぐ姿がまぶしく、過剰サービスとも言える画面もある。

だが劉峰は長年思いを描いていた女性へ愛を告白、抱きしめたところを仲間に目撃され、組織から取り調べを受ける。当時は革命や共産党、毛沢東への忠誠が個人の感情よりも優先された時代で、文工団内部の恋愛はご法度だった。

女性が自らの保身のため「劉に抱きつかれブラジャーを外されそうになった」と嘘の証言をされた劉は激昂し、それが原因で文工団を退団、最後には中越戦争(1979年)の最前線に送られ、ベトナム軍との激戦で右腕を失う。

一方、劉を慕っていた何小萍は、組織の劉に対する処分に抗議するため、舞台上で踊ることを拒否したため、同じく文工団を去り、中越戦争が起きると野戦病院で看護士となる。

全身に大やけどを負った瀕死の若い兵士ら、多くの傷病兵が担ぎ込まれる血まみれの“戦場”で、彼女は看護に全身全霊で取り組む中、ついに心を病んでしまう。

一方で文工団も時代の流れに合わないとして解散が決まり、団員は送別会で涙を流しながらそれぞれの人生に進んでいく。

置き去りにされた中越戦争

映画後半の圧巻とも言え、話題になっているのが中越戦争のシーンだ。中越戦争を描いた中国映画としては、まだベトナムとの紛争が続いていた1984年、謝晋監督(日本でも公開された『芙蓉鎮』で有名)による「戦場に捧げる花」の戦闘シーンが生々しい。

だがそれから30年以上を経た本作は、ハリウッドの戦争大作『プライベート・ライアン』や『フューリー』のような映像効果が加わり、銃弾の閃光が飛び交う中、兵士が次々と血まみれになって倒れていく。

中越戦争は1979年、大量虐殺を起こしたカンボジアのポル・ポト政権に、ベトナムが軍事介入したのをきっかけに起こった。

ポル・ポト政権を支持していた中国は、元からソ連寄りだったベトナムと関係が悪化、中越戦争はベトナムへの「懲罰」として当時の最高指導者鄧小平が発動したが、実際はベトナム戦争を戦った百戦錬磨のベトナム軍の前に中国軍は多くの犠牲者を出し、軍事的には完敗を喫した。

このため多くの元兵士らは革命戦争のように英雄として賞賛されることもなく、多くは体や心に深い傷を残したまま、歴史の中に置き去りにされ、さらに改革開放後の経済の高成長に彼らの多くは取り残され、十分な補償も得られていない。このため中越戦争などの退役軍人による抗議デモが各地で頻発している。

今回この映画は国慶節休暇の10月初めに公開される予定だったが、映画の内容が退役軍人を刺激し、10月に開かれた共産党の党大会に影響するのではとの懸念から、突如公開が延期となった。

今回改めて上映が認められたが、雲南省昆明では400人もの老兵が軍服を着て集団で鑑賞に訪れ、さらに一部の地区では映画館に万一に備え警察が配置されたという。

中国の傷は癒えない

さて、文工団解散後、ある者は軍の幹部だった父親のコネクションを生かしてビジネスで成功し、ある者は華僑と結婚して海外で裕福な生活を送る中で、負け組となったのは身体と心に障害を負った劉峰と何小萍の2人だった。

90年代初め、海南島で劉は三輪(自転)車で本を売り歩いて生計を立てていたが、地元政府の取り締まりにあって三輪車を奪われる。月300元の収入しかない劉に政府の役人は1000元の罰金を要求、争いになり、義手が外れ劉は倒れる。

そこを偶然通りかかった元文工団の女性がポケットマネーから1000元を出してくれた。劉は1000元を返すと言い張るが、親のコネを使ってビジネスで成功したこの女性からは断られる。一見温かい友情を感じさせるが、持てる者と持たざる者の間にある深刻な格差を示している。

ラストは(劉と何の)2人が戦友の墓参りに訪れ、駅で肩を寄せ合うところで終わる。2人は結婚により結ばれることはなかったが、お互いに助け合って生きているというナレーションが流れる。社会の低層で懸命に生きる2人に、原作者や監督の温かい目が向けられている。

「初心を忘れなかった馮監督」というネット上の評論は、「中国では幸運なのは永遠に特権階級の子弟であり、運に恵まれないのは永遠に低層平民の子どもたちだ」として「馮小剛は劉峰や何小萍の低層の立場から物語を叙述している」と指摘し、「馮監督は成功し上流階級と付き合うようになったが、初心を忘れていない」と高く評価した。

この映画を見る多くの世代が「銀髪族」、つまりシルバー世代であり、彼らは映画を見て涙を流した。政治的動乱や戦争に短い青春を奪われた思いが共通するのだろう。

「映画『芳華』をどう理解したらよいか」という微信に載った評論は「(『芳華』)を見終わって、この映画は21世紀の『傷痕電影(傷跡映画)』と感じた。(文革の悲劇を描いた)1980年代の『傷痕文学』とはるか遠く離れて向かい合っているが、当時と比べて、より深い意味合いが込められている」として、「文革と毛沢東時代」「中越戦争」「改革開放がもたらした社会の激変」などが作品の構成要素として織り込まれていると指摘。

「この映画は非常に真実を描いている。人々が家や車、お金にしか関心がない現在、ノスタルジアの感情は魂の洗礼(汚れた心を洗い流す)となる」「若く美しい時は過ぎ去ったが、真、善、美なるものは失われることはない。劉、何の2人がホームで寄り添うシーンはいかに心あたたまるものだろう!」と結んでいる。

若々しくセクシーな文工団の女性たちの身体を強調したシーンは当時の状況にそぐわないなどの批判もあるが、商業映画としては戦闘シーンと合わせ、このような観客を引きつけるビジュアル効果は必要だろう。

厳しい検閲制度やなど、多くの制限もある中で、政治的に敏感なテーマである文革や中越戦争を取り上げ、これまで歴史の被害者であるにも関わらず冷遇されてきた人々に「集団的癒やし」(ドイチェ・ヴェレ)をもたらした。興行収入の高さがこの映画の完成度を物語っていると言えるだろう。

私事だが、大学の卒論で陳凱歌監督の『黄色い大地』(1984年)を選ぶなど、30年近く、様々な中国映画を見てきた。映画はそれぞれの時代の中国社会を知る優れた教材だと考えている。

この『芳華』は2時間の作品に「政治や歴史、戦争、民族、体制、青春、人間性を描いた」(ネット上の評論より)深みのある作品だ。米国でも上映されているが、2018年に日本での公開を期待したい。

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