日本人は自分が恵まれていることに気づいていないかもしれない|月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

日本人は自分が恵まれていることに気づいていないかもしれない|月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

  • 幻冬舎plus
  • 更新日:2022/09/23
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(写真:Unsplash/ayumi kubo)

14時間のフライトを終えて羽田空港に到着した私はとにかく眠かった。早く娑婆に出たいけど、羽田空港の入国前コロナ検査チェックとパスポートコントロールは大行列。ロンドンの免税店で買ってきた、数本のお酒が入っていた重いビニール袋が私の腕に変な赤いあとを残していた。

2回も在英日本大使館に足を運んで出してもらったビザを入国審査官に見せて荷物をピックアップ。ようやく到着口を出たら、そこに3年ぶりの日本が目の前にあった。ワクワク。

日本はこの3年間、どう変わったのだろう。

でも、日本の大地を踏んだ瞬間に感じた。変わったのは日本じゃなくて私の方。

パスポートコントロールで外国人向けにマナーの動画がずっと流れていた。内容は「電車の中は大声を出さない」「タバコは喫煙スペースで吸う」などなど、日本国内での基本マナーの説明。きっと私が日本に住んでいた時にも似たような動画が流れていたんだろうけど、当時は全然気づいていなかった。

日本に入国する時に見せられる動画とイギリスに入国する時に見せられる動画のギャップには、笑うしかなかった。イギリスに入国する時、空港で流れているのは綺麗な景色やロンドンの街並みなど、イギリスの魅力を強調して観光客をワクワクさせるような動画。一方日本では、到着する外国人を不審者かよそもの扱いして「どうせマナー守らないだろうからこの国での立ち振る舞いを教えてやる」みたいな内容になっている(笑)。

空港から都心に向かうリムジンバスの中で流れていたのは、「新しい東京と古い東京、両方楽しんでください」っていう感じの普通の観光ビデオだったから、空港で最初に――つまり入国前に――見せられる動画があれってのは、初めて日本に来た外国人にはかなりのインパクトだろう。

最初の数日間、実は日本のマナーと丁寧な接客に慣れなくて店員にイライラした。ロンドンの適当な接客に染められたからだろう。それと、どこに行くにも、どの店に入るにもマスクをつけないといけないこともすごく邪魔だった。ロンドンではもう誰もマスクをつけていない。マスクつけて、入り口で消毒して、いちいち指図される。トイレの中にさえあれこれマナーが書いてある。

日本に住んでいた時に何も思わずに守っていたマナーだけど、今回はそれらに強い違和感を覚えた。

時差ぼけが少し治ると緊張感もなくなり、マナーに対するイライラも溶けてようやく日本が楽しくなってきた。

そこで、日本が本当にどう変わったか、本格的に観察し始めた。

結論から言うと、大きな変化はないね。表面的な変化――在宅勤務が増えたとか、レストランやお店での事細かな衛生対策とか――はあるけど、日本は相変わらず、自然豊かで食べ物が美味しくて移動と買い物が便利だ。電車はちゃんと走るし、道路はきれいだし、喉乾いたら、生理用品忘れたら、どこにでもコンビニがある。これほど便利で住みやすい国はない、と改めて思った。

でも、友達や元同僚と話すと、自分の国の将来に関して悲観的な人が多い。「日本終わってる」「日本おかしくなってる」「日本経済はもうだめだ」みたいな話ばかり耳にする。たしかに賃金も上がってないみたいだけど、東京を歩くとあっちこっちで新しい建物ができたり工事現場は雑音をひっきりなしに立てたりして、少なくとも建設業がすごい儲かってるんじゃないかと思う。熱海に二日行ったけど、平日にもかかわらず駅前商店街は観光客で溢れていた。私が見る限り、日本経済がそこまでダメになっているとは思えない。

むしろ、日本人は自分がどれだけ恵まれているのに気づいていないかもしれない。

自分の国の良さを自覚していないのはなぜだろう。日本の働き方と関係しているかもしれない。期間限定で日本に来て、美味しいご飯と買い物を毎日楽しめている観光客の私と違って、日本で働いている人は本当に大変。女性、マイノリティはもっと大変。ニュースを見たり、人と話したりすると、ありのままの自分でいられないと感じている人がすごく多いような気がする。自分の将来を悲観し、国を悲観し、自己肯定感を感じることができない。みんながそんなだったら、この国は良くならない。

風邪引いたらちゃんと安く薬が買える。洋服も安く買える。失業したら失業手当や生活保護が出る。その上、食べ物はとにかく安い! 大手町界隈を歩いていたら380円でお弁当を売っている屋台があった。イギリス格安スーパーで一番安いお弁当(サンドイッチ+ドリンク+ポテトチップス)は円換算すると500円。

日本がどれだけ恵まれているのを実感するのは、私がたくさん海外に行っているから。ロンドンに住んでいる、というだけじゃなくて、いろんな国に行って、そこのいいところと悪いところを見てきたから。短くても海外滞在経験を通して自分の国のことがより客観的に見えるようになる。そして、自分の国のいいところを一生懸命守りたくなる。場合によって危機感――いいところを守らなきゃって――も持つようになるかもしれない。

だから日本人がもっと海外に目を向けて外の世界のことを見てたら、悲観ばかりするんじゃなくてもっと自分の国のいいところが消えないように必死になるんじゃないだろうか。

食べ物、食事の例をあげよう。

日本人は気づいていないのかもしれないけど、日本の食糧自給率はわずか38%。補助金で国内の農業は非効率のままずっと守られてきた。国民に対して安定して食料を提供できるような改革は行っていない。それでも今まではなんとかなっていた。

ちゃんと国内の農業を育つために、国内の農業は強くならないといけない。さらにいうと若者に「農業をやってみたい」と思わせるような利益を生む産業にしないといけない。消費者もちゃんと対価を払う覚悟がいる。そうしないと産業が育たないし、みんな豊かにならない。

なのに、この国はずっと、そして今でもまだデフレマインド。

今回熱海に行って、居酒屋をハシゴした。どこも味が美味しくて、値段がとても良心的だった。かつ、どこも年配の方が経営している。インフレの話を持ち出すと、返事がかなり面白い。食材は高くなっているけど、お客さんを怒らせたくない。年を取っているので、儲からなくていいから価格を変える予定はない、と。

お客さんはハッピーかもしれないけど、みんながこれだったら国内の産業がどんどん衰退する。

でも誰も難しい話をしたくないし、自分だけ突出するようなことはしない、反発されるかもしれないようなことはしたくない。

先週、夕方の6時ぐらい、私が日本にいたときにはなかった渋谷のビルを見に行った。その渋谷スクランブルスクエアのお店を見て回って、いつの間にか6階までのぼっていた。仕事帰りにショッピングをしていた人が多くて、エスカレーターで降りると時間かかると思って、あえて階段で降りた。

途中、階と階の間にあるの踊り場を、中学生の女の子がまさに「踊り場」として、TikTokの動画を撮影していた。空港のマナー動画だったらアウトな大声を出して楽しそうにキャアキャアしていた。

私から見たら、この瞬間、彼女たちはとても恵まれている。ありのままの自分でいられる時間と場所が、彼女たちにはある。羨ましいくらいだ。

この国は彼女たちのような若者たちに希望を与えてこなかったんじゃないのか。誰が彼女らに希望を持たせるのか。友人がよく言っているけど、子供は褒めて育つんだよね。「君はそのままでいいんだ」「君はすばらしい」「君ならできるよ」とたくさん言わないとだめ。

日本もね、もっと自分を褒めて、希望を持って、いつもダメなところじゃなくて、これからみんなはどうやってもっといい社会を一緒に作れるかと考えたらいいと思う。

スクランブルスクウェアの下まで降りたけど、彼女たちの声は階段でずっと響いていた。

もうつまらないマナーなんか気にせずにいいから、叫んで――。

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鈴木綾

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