米子城跡の石垣にワクワク!伸びしろいっぱい鳥取西部の名城跡

米子城跡の石垣にワクワク!伸びしろいっぱい鳥取西部の名城跡

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  • 更新日:2020/11/20
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米子城跡の石垣にワクワク!伸びしろいっぱい鳥取西部の名城跡

鳥取県の西部・米子市に「国史跡 米子城跡」があります。米子城は、伯耆国の中心地として栄えた商業都市で「山陰随一の名城」と称されるほどでした。
見事な石垣が当時のまま残され、天守台からの360度パノラマビューの他に四国霊場八十八カ所の石仏めぐりなど、意外な見どころまであります。近年の発掘調査では、登り石垣や竪堀など次々と歴史的な発見が続いています。
今、大注目の米子城跡を歩いてみましょう。

米子城跡のおすすめ登城ルートは枡形虎口から

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写真:塚本 隆司

米子城跡の本丸への登城ルートは4つあります。このうち駐車場があるのは、湊山公園側だけですが、一番のおすすめ登城口は三の丸や二の丸側にある大きな枡形虎口です。天守台までは徒歩で約30分。

枡形虎口には、立派な石が多く使われています。中には、石の加工の見本ともいうべき、切り取り線のような矢穴が残ったままの石もあります。

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写真:塚本 隆司

枡形虎口から二の丸へと向かうと門が見えてきます。米子城跡には、建物は一切残っておらず、この門も城下から移築された米子で唯一残る武家屋敷門です。

旧小原(こはら)家長屋門といい、城下にあった120石取り(推定年収500~600万円ほど)の武家屋敷門で、立派すぎたため分不相応と使用を禁じられ、改築したといわれています。1953(昭和28)年に、この地へ移築する時も、大きすぎたため小さくされました。今の姿でも立派なので、元の大きさはどれくらいだったのか、想像できません。

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写真:塚本 隆司

門の石垣部分に、亀甲の彫刻があります。刻印石ではなく吉兆的な縁起担ぎと考えられており、加茂川沿いの旧家の蔵の石垣には、打ち手の小槌や扇などさまざまな彫刻が残っています。

時代が異なる石垣美を堪能できる番所跡

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写真:塚本 隆司

米子城跡の登城道は、いつの時代のものか特定はできていない場所があります。2006年に国史跡に指定されて以降、発掘調査などでさまざまな発見が続いており、今とは違うルートの可能性が出ています。元米子市営湊山球場がある三の丸跡での発掘調査も予定されており、御殿などの新発見が待たれるところです。

写真は、2016年に発見された登り石垣。草木で見づらいですが天守遠見櫓の方向へと続いています。登り石垣は、文禄・慶長の役の際に日本が朝鮮半島南部沿岸に築いた「倭城」に用いられたことで知られる、山の斜面に設けた石垣です。国内では5例しか見つかっていません。

写真:塚本 隆司

番所跡まで来ると天守台がハッキリと見えてきます。吉川広家時代の天守があった四重櫓台(写真左)と中村一忠時代の天守があった天守台(写真右)の共演は、見事。関ケ原合戦で陣営の異なる天守が、明治まで共存していました。

石垣の積み方にも注目です。戦国時代の野面(のづら)積みから江戸初期の打込接(うちこみはぎ)、四重櫓には幕末の切込接(きりこみはぎ)と多彩。近年に修復された箇所もありますが、3つの時代の石垣が見られる米子城の象徴的な場所です。

特に四重櫓は、幕末の嘉永年間に石垣が崩れ天守(四重櫓)が傾いた際、藩は財政難で修築できず、豪商鹿島家が1万両を拠出して石垣を積み直し、天守を修復しました。近くで見れば、美しい算木積みに長方形や五角形、変則三角形、正三角形、円を描いたような石まであり、石工たちの遊び心か技のデモンストレーションの場だったように感じます。

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写真:塚本 隆司

天守台にあがり、番所跡を眺めながら当時の建物を想像するのも楽しみのひとつ。左手方向には登り石垣、右方向には2017年に見つかった竪堀があり、防御力の高さが実感できます。

天守台からの風景は360度の大パノラマ

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写真:鳥取県

城好き石垣好きでなくても米子城跡は人気です。米子城跡の天守台は米子屈指の絶景スポットで、360度見渡せます。秀峰大山の姿はもちろん、条件が良ければ遠くは隠岐の島まで見えるといいます。

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写真:一般社団法人米子観光まちづくり公社

太陽は、大山の方角から昇り、「錦の海」と呼ばれる中海のむこう島根半島へと沈んでいきます。島根半島の一部のシルエットは、観音様が寝ているように見えることから「寝観音」と呼ばれ、赤く染まった空と錦のように輝く中海が見られる夕景は最高です。

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写真:一般社団法人米子観光まちづくり公社

夕刻から夜の明かりが広がっていく様も美しく、境港の夜景まではっきり見えます。ただし、下山道は暗いので懐中電灯など用意しておくことをおすすめします。

米子城跡内に残る不思議な石たち

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写真:塚本 隆司

米子城内には謎とされたり、特徴的であったりと石にまつわる話が多くあります。

写真は、もともとの山に残る岩肌を生かした石垣です。角のゴツゴツとした岩肌の上に石垣が組まれており、同様の場所が4カ所あります。

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写真:塚本 隆司

こちらは、四重櫓の隅にある「忘れ石」。明治時代の写真からも、この場所にあったことがわかっています。一節によると、盗人が掘り起こして持って逃げようとしてここで力尽きたとか。最近の説では、天守が解体され重みが無くなったことで、一番不安定な場所に重しとして置かれたのではないかと、いわれています。

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写真:塚本 隆司

矢穴のあることから割ろうとしながらも割らなかった石があります。この山に元々ある岩盤なので、取り出そうとしたのかは不明ですが、割らずに残されてしまった「残念石」と呼ばれています。

帰り道は鉄門と四国八十八カ所霊場めぐり?

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写真:塚本 隆司

帰りは、登り口とした枡形虎口に近く、国道9号側へ降りるルートがおすすめです。雨の日などはスベりやすく注意が必要ですが、米子城最強の防御力を誇った鉄門(くろがねもん)跡から下城しましょう。振りかえれば、息をのむような素晴らしい光景が広がっています。攻め手の気持ちになれば、ゾッとします。

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写真:塚本 隆司

米子城跡は市民憩いの場所「湊山公園」としての役割が大きく、多くの人が日々の散歩コースにしています。そして、特徴的なのが、四国八十八カ所霊場のミニチュア版ともいえる霊場巡りです。

大正時代、四国遍路で病が治った人にあやかり、寄付を募り当時の米子城所有者の許可を得て、持ち帰った霊場の土を埋めた上に二体一対(本尊と弘法大師)の像を建立、八十八カ所霊場としました。
城内を8の字を描くようなルートで、約1時間半でまわれます。御利益は、四国遍路と同じだそうです。

米子には「札打ち」という、身内が亡くなると49日まで7日ごとに追善供養としてお地蔵様に札を貼って回る風習があり、ここ八十八カ所の石仏も札打ちの場ともなっています。お地蔵様ではなく観音様ですが、そのあたりは関係なく石仏は皆、お地蔵様のようです。

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写真:塚本 隆司

見どころが満載の米子城跡。天守台からの眺めや石垣ばかりに注目がいきがちですが、珍しい風習の場であり桜の名所でありと市民に守られてきた城跡です。

観光スポットとしての整備は、これからの部分もあるので「米子まちなか観光案内所」でガイドを依頼(有料)すれば、この土地に伝わる伝説や逸話などを含め、細かな部分まで案内してもらえるのでオススメします。

今後は、空からのレーザー測量や三の丸跡(写真)の発掘調査により、新たな発見の情報が聞こえてくるでしょう。
米子の城下町も魅力がたっぷりなので、きっと急上昇する注目の観光スポットですよ。

国史跡 米子城跡の基本情報

住所:鳥取県米子市久米町
営業時間:終日
入場料:無料
アクセス:JR米子駅から枡形虎口まで徒歩15分、路線バス「久米町」下車徒歩3分
駐車場:湊山公園無料駐車場 100台(無休、無料)

2020年11月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

取材協力:鳥取県

関連MEMO

米子観光ナビ(外部リンク)

鳥取県観光案内 とっとり旅の生情報(外部リンク)

城下町米子 観光ガイド(外部リンク)

「米子の城下町めぐり」歩けば歩くほど面白い鳥取県西部の街

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