32歳の若さで命を絶った歌人が映画『滑走路』で示した希望

32歳の若さで命を絶った歌人が映画『滑走路』で示した希望

  • ハーバービジネスオンライン
  • 更新日:2020/11/22
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©2020「滑走路」製作委員会

11月20日より、映画『滑走路』が公開されている。

本作の原作は、32歳の若さで命を絶った歌人・萩原慎一郎の遺作にしてデビュー作である、同名のベストセラー歌集だ。詳しくは後述するが、この映画は2020年が終わりを迎えようとする今、閉塞感が漂う社会にストレスを感じたり、苦しみを抱えたりしている人にこそ、ぜひ観てほしいと願える内容だった。その具体的な魅力と特徴を、以下に記していこう。

◆3つの物語に隠された“つながり”

この映画『滑走路』には、3つの大きな物語の軸がある。それらを、まずは簡潔に記しておく。

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©2020「滑走路」製作委員会

厚生労働省で働く若手官僚の鷹野は、日々激務に追われ、自身の無力さに打ちひしがれていた。ある時、NPO団体が持ち込んだ非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリストの中から、自分と同じ25歳で自死した1人の青年に関心を抱き、その死の真相を探り始める。

切り絵作家の翠は30代後半に差し掛かり、将来への悩みを抱えていた。同時に、高校の美術教師である夫との関係性に違和感を覚えながらも、彼女自身は夫の子どもを欲していることを自覚していた。

中学2年生の学級委員長は、幼馴染の少年を助けたことをきっかけに、いじめの標的になってしまう。彼はシングルマザーの母に心配をかけまいと1人で問題を抱え込んでいたが、ある1枚の絵をきっかけに、クラスメートの少女とのささやかな交流が始まることになる。

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©2020「滑走路」製作委員会

初めこそ、この3人の主人公の人生は、それぞれ関わりが全くないように見える。しかし、観ていくうちに少しずつ、そこには密接な“つながり”があることが明らかになっていく。バラバラに思えたエピソードが、やがて有機的に絡み合うという流れには、謎解きをしていくような面白さがあるのだ。

本作の制作メモに参考として記されていたのは、『ショート・カッツ』(1993)、『マグノリア』(1999)、『クラッシュ』(2004)といった、やはり複数のキャラクターの運命が交錯していく“群像劇”だったという。これらの映画が好きな方であれば、きっと『滑走路』も気に入るだろう。

◆人生そのものが表れた歌集

原作である歌集『滑走路』には、言うまでもなくストーリー性はほとんどない。だが、映画では前述したように3つの物語が交錯する群像劇にすることで、ドラマを作り出すと共に、原作のエッセンスを存分に引き出すことに成功している。

その歌集に収録された短歌は、時には将来への不安を自嘲気味に語っていたり、時には社会の閉塞感を示していたり、時には希望に満ち満ちていることもある。非正規雇用やいじめ、叶わぬ恋心などが、弱者に寄り添いながら詠まれており、わずか数十文字の文字列に自己憐憫、孤独、解放感など、様々な感情が渦巻いていた。その印象は映画でもほぼ踏襲されており、3つの物語それぞれは実力派の俳優たちの熱演も相まって、強烈な印象を残してくれる。

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©2020「滑走路」製作委員会

それ以上に重要なのは、作者である故・萩原慎一郎の人生が、その歌集の内容そのものと密接に関わっており、この映画の物語にもはっきりと反映されていることだ。

萩原慎一郎は、中学高校時代に遭ったいじめを起因とする精神不調に悩まされながらも、早稲田大学の通信制を卒業。その後は、アルバイトや契約社員など非正規雇用で働きながら短歌を詠み続けたという。2017年に『滑走路』の出版が決まり、5月にはあとがきの原稿を提出したが、その後の6月に自ら命を絶つことになった。

劇中の中学2年生の学級委員長の物語は、まさにいじめにより精神的に追い詰められていくという、萩原慎一郎の少年期を下敷きにしたような内容だ。若手官僚が(非正規雇用が原因で)自死したとされる人々のリストを見るというのも、明らかに萩原慎一郎が “その1人”であったことが理由だろう。

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©2020「滑走路」製作委員会

作品に作者の人生が色濃く反映されているということはままあるが、歌集『滑走路』の内容は、作者の萩原慎一郎の人生そのものと言っても過言ではない。この映画もまた、彼の人生の足跡を綴ると共に、その哲学や感情が濃厚に表れているということが、これでもかと伝わってくるのだ。

◆10代半ばの新星の熱演

主演である浅香航大と水川あさみの他、吉村界人、染谷将太、水橋研二、坂井真紀など脇を固める大人の俳優も素晴らしいというのはもちろん、中学2年生の少年少女を演じた新星たちのことも、特筆しておかなくてはならない。

大庭功睦(おおばのりちか)監督は、少年少女役をオーディションで選ぶことを強く希望しており、約500人の応募者の中から、寄川歌太、木下渓、池田優斗がキャスティングされた。大庭監督は、これまで助監督として映画づくりに携わってきた中で、才能があっても選ばれなかった子役たちをたくさん見てきた経験から、「知名度や経験値にとらわれず、真っさらな状態から彼らを見たい」と願っていたのだという。

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©2020「滑走路」製作委員会

実際に10代半ばの年齢だからこその彼ら彼女らのリアルな存在感、すでに演技経験もある上に、さらに努力を重ねていたからこその熱演がなければ、劇中のエピソードの切実さを示すことはできなかっただろう。観た後は、日本映画の未来を担うであろう、彼ら彼女らの活躍をさらに追いたくなるはずだ。

◆劇中のどこかに、自分に似た人間がいる

本作を群像劇にするという案を思いつき、実際にプレゼンを経て企画を進めていた大庭功睦監督は、WEBサイトにおける『滑走路』のレビューからも、映画化のためのヒントを得たという。読者が自身の体験を反映させながら歌集を読んでいることを知り、映画でも自分と原作の間にその“読者”を挟んで、彼らの人生をドラマにするというアプローチを思いついたのだそうだ。

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©2020「滑走路」製作委員会

3つの物語の中でも、特に萩原慎一郎の人生とは関係なさそうに見えていた(実際は関係があることもわかっていくが)30代後半になり将来に悩んでいる切り絵作家は、歌集『滑走路』の読者であり、この映画を観ている観客の投影と言えるかもしれない。その他にも、脇にいるキャラクターや、若い人であればいじめに遭う中学2年生の学級委員長、はたまた若手官僚という“権力者”側の人間に、自身の姿を重ね合わせる人もいるだろう。いずれにせよ、この大庭監督の試みは、「劇中のどこかに、自分に似た人間がいる」と思えるという、作品により没入しやすくなるという効果を生んでいる。

また、岩上貴則プロデューサーは、原作の歌集の「読む人によって思いを寄せる歌が異なり、読者それぞれが自身の体験と照らし合わせて熱量高く語れる」ということに、多面的な魅力と、映画化する上での可能性を感じていたのだという。この言葉通り、本作は人によって感情移入するキャラクターも、そして作品から受け取るメッセージも変わってくる。ぜひ、誰かと一緒に本作を観たのであれば、観賞後に語り合ってみてほしい。きっと、人によって異なる、豊かで多様性のある価値観について、知ることができるだろう。

◆この時代にこの映画を送り出す意味

大庭功睦監督は、「この時代にこの映画を送り出す意味」について、以下のように語っている。

「非正規雇用やいじめの深刻な影響のひとつは、その当事者を深い孤独に陥らせてしまうことだと思います。その救いとなるのは、かけがえのない他者と触れ合う事しかありませんが、社会の分断と対立が深まり不寛容が幅を利かせる今、『自分は誰かにとってのかけがえのない他者である』という想像力が何よりも求められていると思います。この映画が、その想像力をもたらす一助となれれば嬉しいです」

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©2020「滑走路」製作委員会

本作の物語の根本には、自死という重い出来事がある。中学高校時代にいじめに遭い、そして非正規雇用で働いていた、原作の歌集の作者である萩原慎一郎が、32歳の若さで命を絶ったという事実は、あまりに重く、悲しい。2020年には芸能人の自殺報道が相次いだため、この“死”を見つめている本作を観ることを、躊躇する人もいるかもしれない。

だが、その萩原慎一郎の歌集は、これからも遺り続け、この世に生きている人の希望になっていくのかもしれない。転じて、この映画の3つの物語にある“つながり”は、現実に生きている誰もが、他の誰かに影響を与えていて、時にはお互いに希望にもなっているかもしれないのだと、まさに「想像できる」ようになっている。

だからこそ、本作はやはり新型コロナウイルスが蔓延し、誰もが社会に不安を覚え、物理的にも精神的に分断されやすくなった、苦しい世界の今だからこそ観てほしいと思える内容なのだ。それこそ、滑走路を飛び立つような、高らかな希望も得られることだろう。そのことがより伝わってくる、エンドロールの最後の“あるもの”まで、ぜひ見届けてほしい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】

インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“CHINTAI”で映画記事を執筆。“カゲヒナタの映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。ブログ「カゲヒナタの映画レビューブログ」Twitter:@HinatakaJeF

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