結婚を見据えた彼との別れを経験し、私は「新たな視野」を広げていく

結婚を見据えた彼との別れを経験し、私は「新たな視野」を広げていく

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/07/21
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インドネシア・バリの空港で私たちはハグをして別れた。

フォークは別れ際、涙ぐむ私に「愛してるよ」と言ったのに、私は直前にした些細な喧嘩で崩れた機嫌をまだ直すことができていなくて、その大切な一言に返事をせず流してしまったのだった。それは、フォークが私の目を見て言った最後の言葉だったのに。

私を振ったくせに。身体だけで繋がっている、最高で最低な彼へ

2020年4月はバンコクで彼と同棲して「結婚する」予定だったのに

フォークは私がタイで2年ほど働いていたときに現地で出逢った、年下のタイ人の男の子だ。私がタイでの勤務を終えてオーストラリアに拠点を移してからも交際は続いていて、私たちは3年の記念日を目前にして、タイとオーストラリアの中間地点であるインドネシアのバリ島でバカンスを楽しんだ。

波は青く、太陽が肌をジリジリと焦がし、世界中のからの多くの旅行者たちでバリは賑わっていた。が、そんな景色が今では遠い昔のことのように思えるのは私だけではないだろう。

2020年、2月。バリからオーストラリア・シドニーへ戻ると、街はざわついていた。野生のネズミやコウモリを食べた中国人がコロナ最初の感染源だとか、嘘か本当かも分からないネット記事に人々は踊らされ、そうこうしているうちに私は日本へ帰らないといけない状況になったのだった。

4月からは再びタイへもどり、タイの首都・バンコクでフォークと同棲し、結婚する。当たり前だと思っていた未来が揺らぎ始めたのは、この辺りからだったろう。

私が日本へ帰国するも、タイへの渡航を断念せざるを得ない状況になったころ、フォークと私の間では喧嘩やすれ違いが増え始めた。次にいつ会えるかも分からない、不安定な心情がぶつかり合っては心をすり減らし、泣いた。

私の地元である北海道では日本で1番早く緊急事態宣言が発令されたこともあり、外出ができないストレスも追い打ちのように私の不安を煽って、その度に私はフォークに当たった。

結婚を見据えた交際がコロナに蝕まれ、あっけなく終わりを告げた

そして6月8日、私はフォークに振られたのだった。そのとき、私は人目もはばからず電車の中で泣いた。マスクがベチャベチャになり使い物にならなくなった。

結婚を見据えた3年の交際がコロナとかいうウィルスに蝕まれ、あっけなく終わり、私は心底このウィルスを憎んだ。そして、病に感染したかのように体調を崩しては寝込んで泣き続けた。

友人たちは私のことを心配し、励まし、家にこもろうとする私を北海道の豊かな自然の中に連れ出してくれた。コロナになる前はあまり見向きもしていなかった地元の自然が心を癒し、幸いなことに、周りの人たちのおかげで私は失恋から3ヶ月ほどでだいぶん心が回復して、泣くことも少なくなっていった。

そんなある日、ふと思った。海外へ気軽に行くことができなくなったのは悲しいことだが、私は今まで海外ばかりに目を向けて日本国内のことはほとんど何も知らずに生きている、と。日本の首都にすらあまり行った事もない。

私がキャリーケース一つに最低限の荷物を詰め込んで、東京へ引っ越したのは2020年11月のことだった。ああ。本当は今ごろフォークとバンコクに住んでいるはずだったのに。人生はコロナのせいでおかしなことになったものだなと、東京行きの飛行機の中で思いながら落ちていく夕陽を眺めていたのを覚えている。

とはいえ、このころはすでに北海道よりも東京都の方が圧倒的に感染者数が増え、都の規制に厳しさは増す一方。東京にきたからといって、遊びまわるようなことも出来ずただ毎日を過ごしていた。

ああ、渋谷は人が多すぎて苦手だけど素敵な人がたくさんいるな、なんて思いながら(ああ、この東京の景色をフォークに見せたらどんな反応するだろうと、この頃はまだ少し引きずりながら)。一人そんなことを思いながら、あっという間に都会での数ヶ月が過ぎた。

東京の生活にも慣れたころ、出会いを求めマッチングアプリを始めた

外に出て出会いを求めることも難しい奇妙な時代、私は友達が欲しくてマッチングアプリを始めた。東京にも気軽に話せるような友達が近くにいて欲しいな、と思ったのだ。2021年、7月。私はいま机に向かってこれを書いている。彼は畳に寝っ転がって、レコードを聴いている。

初めて過ごす東京の梅雨は噂通りにジメジメして暑くて、北海道の気候が恋しくてたまらないけど、横を向くと、くるくる天パでパジャマの彼がリズムにのっている。マッチングアプリで出会った彼とはこの上なく気があって、出会ったその日にカフェで4時間話し続けた。

またその次の日も当たり前のように会い、7時間一緒にいて他愛も無い会話をしたのだった。そしてその次の日も、あたかも今までにもそうしていたかのように私たちは会って話し続けた。

そして今では、二人で毎日同じ部屋に帰り眠っている。人生は予想だにしないことの連続だ。いま私の隣にいるのは誰だろう。コロナがなかったら絶対に出会うことのなかった人に、今は「愛してるよ」と言っている。

【厳選】別れを告げられた彼の言葉で知った私の裏切り。恋人のためにほかの男と過ごした私の思いの行方。6月に読まれたエッセイ

若林文

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