「なんでこんなに政治の世界が酷いんだろう」...この国で“痛みを抱えて生きる”ということ

「なんでこんなに政治の世界が酷いんだろう」...この国で“痛みを抱えて生きる”ということ

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/21
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「おばあちゃんって、ほら、一人娘のお嬢さまだったでしょ? 畑仕事もしたことのないひとだったのに一生懸命覚えてくれて、安月給のなかで子どもたちを育て上げて、あのひとは本当に素晴らしいひとだっておじいちゃんは思っているんだよ」
祖母の子ども時代のお嬢様ぶりは、せいぜい鶏の卵を毎日食べていたという程度なのだけど、祖父が祖母を大切にしているのは本当だった。
(『海をあげる』所収「ふたりの花泥棒」より)

(取材・文:山本ぽてと、写真:長谷川美祈)

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「なんか、書けました、、、、。」

――『海をあげる』は初のエッセイ本ですよね。上間さんは、ふだん論文を書くことが多いと思うのですが、エッセイの形式だから書けたことはありますか?

上間:エッセイの形式は狙ったわけではありません。編集の柴山さんから「SNSで友達に書いているようなことを書いてみてはどうか」と言われたのがきっかけです。

はて? と思ったんですけど、ちょっとやってみようかなと。だいたいいつも柴山さんに言われてやってみて、後からそうだったのね、と気づくことがある。それで「アリエルの王国」という原稿を泣きながら書きあげて、「なんか書けました」と。柴山さんに送りつけた。

柴山(編集者):メールの本文が「なんか、書けました、、、、。」でした(笑)

上間:そのほかの原稿も、書きたいことをダダダダダッと書いて、ダダダダダッと送りつけることをした。そして、この本のもとになった連載がはじまります。そのころは、半年ほど書けない時期で、論文もいくつか止めていたんですよね。だから連載をはじめても、書けなくなって迷惑をかけるかもしれないと不安でした。でも論文のようにうんうん悩むようなことはせずに、日常の言葉を使ったら、あまり苦しくなく書けた。

そうそう、あと、盛らないようにしました。

――盛らないように?

上間:生活のことだから、盛れるっちゃ盛れるじゃないですか。例えば「アリエルの王国」では、朝ごはんに「玄米のおにぎりとほうれん草の炒め物」が出てきます。少なっ! と書きながら私は思っている。いつもはお味噌汁とか、果物とかあるのにって。

――ふふっ、そこですか。

上間:そんなふうに、本当は盛りたいんですけど、でも事実を書こうと思いました。あと娘のことを書いているので、夫にこういう話を出していいのか読んでもらいました。彼は傍若無人にふるまう娘の様子を読んだときも、「ちょっと、かわいすぎないかな?」と心配していて、親ばかぶりを発揮していました(笑)

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頭の中でやかましく、喋っているのを書く

――本の中で「自分の声を聞き取るような1年でした」と、書いたときのことを振り返っていますよね。

上間:そこは、少しかっこつけたかもしれません(笑)

――上間さんは沖縄の若い女性たちの話をずっと聞いてきたと思うのですが、自分の声を聞くことと、人の声を聞くことの違いはありましたか。

上間:一緒だと思います。どちらも、なぜそこに傷ついているのか、なぜ言葉が出て来なくなっちゃうのかとその体験を掘っている作業なので。わりと似ているような気がします。

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――自分にインタビューをする感じですか?

上間:そんなんではない。頭の中でやかましく、喋っているのを書くというか。

――喋ってる?

上間:喋ってませんか。頭の中で。

――言われてみれば。ちょっとわかります。

上間:色々なやかましさがある。話し言葉で、日常のことを淡々と書いてみたら書けた。書くときは連想して書いています。

例えば、祖母について書いた「空を駆ける」では、「骨」がキーワードだなと思いました。この話は、「祖母は、八四歳のときに、膝に人工骨を入れる手術をした」から始まりますが、校正の方に「人工骨」ではなく、「人工関節」ではないか? と提案されました。でも私は「人工骨」にこだわって残してもらった。

おばあちゃんは、おじいちゃんと話しているときに、「わっち(私)は、たくさん子どもを産んだから、骨がなくなった」と言ってました。この人は、骨を削りながら、溶かしながら、子どもを生んできたんだと。

祖母は、黙っていると、静かな、おしとやかにみえる人だったんですけど、ものすごくケチンボで、クセのある人でした。まぁ、今なら「毒親」って言われるようなおばあちゃん。でも、母や孫たちの中には、この人は骨を削りながら生きているんだという了解みたいなものがあったんだと思います。

そういうキーになる言葉を使って、この本は書いているような気がします。「骨」だったり「花」だったり。ひとつのエッセイで、3パターンくらい書いているんですよ。やっぱり、キーになる言葉を間違えると、なんか違うと書き直しました。

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先回りして奪うようなことはできない

「こんなに眠れないの、昔のこととか関係あると思う?」と尋ねてみると、「あると思います」と七海は言った。「病院、行ってみる?」と私が言うと、「話すくらいで変わるんですかね? それにひとに話すのできないんですよ、病院でもどうせ話せないと思います」と、七海はきっぱり言い切って押し黙る。仕方がないので私は治療の話を封印する。
(『海をあげる』所収「何も響かない」より引用)

――上間さんは、沖縄をフィールドにして、夜の街で働く女性たちや、若くして出産する女性の聞き取り調査を続けていますよね。「何も響かない」では、その中で出会った17歳の若い母親・七海が出てきます。

上間:私はいつも、自分が書いたものについては、その本人の前で読んで聞かせる「読み合わせ」をしています。七海さんと読み合わせをしたときに、彼女は珍しく泣いていました。「これは他の人に読んでもらえるんですか?」「この原稿を記念として持って帰ってもいいですか」と言ってくれて、やっぱり嬉しいんだと驚きました。

当時、彼女は大変な時期でした。抜け出す方法が本人にもわからないし、このままだと酷い目にあってしまうという怯えが私にもあって。

私は大人なので、どういう支援を使えるのかは分かっています。七海さんにも、こうしたほうがいいと思う方法を伝えました。でも最終的には、私が言ったようにはしない。自分のやりたいようにしかやらない。七海さんだけではなく、女の子みんなね。

いま「若年出産女性にみる沖縄の貧困の再生産過程」について調査をしています。そこで分かったのは、困難層の中でも、お金は少ないけれども親がしっかり働いていてルーティンがはっきりしている子と、暴力やいろんなことでルーティンがつくれなかった子がいる。

後者の子たちはが「博打」を打つんです。私からみると、ちょっとこの選択はないな、危ないなと思うんだけど。話をすると、「でも、頑張る!」と決意表明をする。ここで私が、暴力回避や最短の方法を指南して無理矢理動かしても、そっちをやりたかった欲望は残るし、その先に同じことがおきてしまうんです。

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――危ないことが分かっていても、止められないのはもどかしいですね。

上間:でも私が伝えられるのは、あくまでも制度的な中での最良です。本人たちにとってみれば、生活に地続きの中の最良があります。最終的にはこの子の体験だから、先回りして奪うようなことはできないなと思うようになりました。殴られるようなことも含めて。

だから私は、これがいいよと提案するときに、「自分はこうしたい」と反論の余地をこの子が言えるようにする。きちんと自分の願いを言葉に出して、主体化することのほうが先だと思っています。ただ、「私は殴られて欲しくない」とは伝えます。そうして境界線を引いている方が、会い続けられるような気がしています。手探りですけど。

私は、調査として関わってきて、大量のトランススクリプト(インタビューの記録)も取り続けている。これを機に、あなたとの出会いがどうだったのか、あなたの今の状況はどのようなものなのか、書くことはできると思っています。

七海さんについて書いた原稿を発表したときは、柴山さんにお話しして、ふだんの連載の更新日時を変えてもらい、彼女が成人して施設から出る日にしてもらいました。彼女にはすごい大変なことも、酷いことも起こった。でも一区切りのような日だったので、長い人生では意味を持つ日になることもあるかもしれない。そんな思いで変えてもらいました。

「加害者の被害性」について

いつか加害のことを、そのひとの受けた被害の過去とともに書く方法をみつけることができるといいと、私はそう思っている。(『海をあげる』所収「ひとりで生きる」より)

――もうひとつ、『海をあげる』で印象に残ったのは、「ひとりで生きる」の章。沖縄で、彼女である春菜を援助交際させてお金を稼いでいた男性・和樹のインタビューです。和樹は上間さんがいつも調査をしている女性たちから見ると、加害者のような立場ですよね。でも彼自身も親から殴られて生きてきた。加害の中の被害を書くと、加害も肯定されてしまうのではないかという問題がありますが、どのように考えて書きましたか。

上間:加害者の被害性については、本当はもっと徹底してやられた方がいいと思っています。加害を無くすためには実は、加害者の受けた傷を確定し、その修復の話はせざるを得ない。

社会学の領域では、実態を把握するやり方や、理論の検証という点に強みがあると思います。一方、私の専門の教育学では、人間の発達や変化を目指すことを内包しているんです。よりよい社会を作りたいと願う市民を育てることが、この領域の主題のひとつです。

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たとえば、教育学の中では、暴力をふるう子どもをどう扱うのかはテーマになっています。そこに対していま文科省がやっているのは、ゼロトレランス(寛容度ゼロ)方式の導入です。例えば、なにかの違反をすると、叱られる、あるいは排除する。罰する対象にするんです。厳罰化の流れと連動しているように思います。

でも本当に暴力をなくしたいと考える市民をつくるためには、暴力をふるう本人が変化を目指すことが必要だと思っています。暴力をふるう自分をどう考えるのか、なぜふるうのか、今後もそれでいいはずない、生活を変えていこうという願いを本人のなかに形作る。これが教育学の固有性になると思います。

なぜこの話をしているのか。和樹のことを、すごく擁護して書くなら、子どものときのことをしっかり書けば、なぜ彼は暴力をふるわないことを目指せないまま育ってしまったのか?という社会の側の話になります。そして、半分はそこを目指しているんです。

幼少期の頃に辛い目にあったのに、いまもまだ家族を捨てられずにいるところ。そして春菜のことを「好き」と認めるまでに、とても時間がかかるところ。こんなに自分の欲望を口にするのに、時間がかかるのだという点を掲載しています。

そして、和樹のようになりそうな子は沖縄にたくさんいます。その子たちの問題も考えないといけないと思っています。「好き」だということがあれだけ語れないのは、小さいころから彼らが何を感じているのか周囲の大人が聞いてこなかったからです。

同じことを起こさないためにはどうしたらいいのか。テコ入れできたのはどこなのか。なぜこんなに放置されたのか。やらなければいけないことが沢山ある。これは教育学の実践部門で引き取れる問題だと思っています。

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――今回、上間さんは「いつか加害のことを、そのひとの受けた被害の過去とともに書く方法をみつけることができるといい」と書いて、取材のインタビューの書き起こしデータをかなり忠実に載せていますよね。それが、上間さんにとって、現時点で加害の中の被害を書く方法なのでしょうか。

上間:同時期に刊行した『地元を生きる』(ナカニシヤ出版)では、同じタイトルで元彼女の春菜の話を書いています。和樹の育って来た環境の話をひとつの本でして、でも現状の中ではジェンダーの格差もあり、さらに奪われた子がいることをもうひとつの本で書きました。同じタイトルにしたのは、ふたつの原稿の連なりを見てもらうことで、和樹の被害者性と加害者性の両方を見てほしいという希望もあります。

なんでこんなに政治の世界が酷いんだろう

近所に住む人たちは、みんな優しくて親切だ。でも、ここでは、爆音のことを話してはいけないらしい。切実な話題は、切実すぎて口にすることができなくなる。
(『海をあげる』所収「海をあげる」より)

――『海をあげる』では、上間さんの生活の話や、祖父母の話や基地の話など、様々な題材を扱っていますが、共通するテーマはどこにあるのでしょうか。

上間:「政治」だと思います。

――政治ですか。ああ、そうか。

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上間:沖縄でも本土でも、こんなにも、みんなけなげに生きているのに、一生懸命つくっているはずの日々があるのに、なんでこんなに政治の世界が酷いんだろう。いま、娘に水道水を飲ませるのがこわくて、水を九州から買っているんですよ。

昨年、宜野湾市の住民の血液検査をしたら、発がん性のリスクがある有機フッ素化合物PFOSの濃度が全国の4倍、国際的に規制が進むPFHxSは全国の53倍だという数字が出ていました。水源は嘉手納基地近くの浄水場です。基地近くの湧き水が汚染されていたことは知っていましたが、まさか水道水まで汚染されているとは思っていませんでした。

そうしていたら、今年の4月にはPFOSを含んだ泡が街中をもやーっと飛んだ。ひどい状況でしたが、全国での報道は全然なかったですよね。蛍も今年は飛ばなかったですね。夏の始まりに、一匹だけ見つけた。でも、本当にいなかった。

そんなことになっても、基地内へ立ち入り検査もできない。日米地位協定の問題ですよね。みんなそれぞれの生活を一生懸命生きていても、簡単に、想像を超えていくようなことが起こる。なんで営まれている日々と、政治の世界とがつながらないのかという思いがありました。

だからこの本では、連載していたときと、原稿の順番を変えました。私の長い自己紹介、仕事や、暮らしについて書いたあとに、でもこんな生活が、こんな目にあっている。どんなに生活を大切に過ごしていても、水は汚染される。辺野古では、無謀な工事をやろうとして、海に土砂が入れられる。止まらない。

――辺野古に軟弱な地盤が見つかり、工費も想定より莫大になって、工期も全然見通せないひどい状態なのに、止まらないですね。そもそも、本土では話題にもされていない。

上間:どう考えてもできない工事なのに、政権がやると決めたから、海が壊されている。普天間の負担軽減で進めているといっていますが、普天間はなにもかわっていません。本土の人たちはなにを見ているのだろうという思いがあります。だから最後の原稿は「海をあげる」にしました。

――一方で、基地のことになると、沖縄の中に「語られなさ」があることも印象的でした。

上間:あるある。それは本当にあって、どんどん語れなくなってきている。諦めさせられる過程は、こんなにみじめなんだなと思う。でも嫌なんだって、私は思っています。そして、そういう場所で育った若い女の子、口を閉ざされる人に、何が集中しているのかも見てきました。

口が重くて、語り切れない。でも動き続けている人がいることを、語ろうとしている人がいることを、記録していこうと。

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自らが受けた性暴力についてインタビューで語ってくれた女の子がいました。それは当初、#MeTooとは連動する形で語られていませんでしたが、私に語ったあと、フラワーデモについてネットで調べていたんですよね。後日お会いしてトランスクリプトをみてもらっているときに、デモに参加している私が「フラワーデモでこんなことについて話しているひとがいたよ」と話したら、「本当に本人が喋ったの? すごい」と言っていました。当事者が語り出していることが彼女の救いになったようで、いま彼女は語りだそうとしています。

語りだした当事者がいて、それが被害を受けたひとにも見える。実際に会ったことがなくても、言葉が支えていくんだなと思います。その女の子は、この前、店の前で、10代の女子が知らないおじさんに絡まれていたのを間に入って止めているんですよ。「こんなに年齢差があるのに声をかけて、迷惑がっているように私は見えました。警察を呼びますよ」と。自分のことを語りだし、そしてフラワーデモに触れて、次の被害者を出したくないって思ったんだと思います。

だから、基地の問題が「語り切れない」という言い方であったとしても、そこに痛みがあることがわかれば、自分の体験ともリンクしていくのだと思います。

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さっき本土のひとはなにをみているのだろう? という言葉を口にしましたが、この本は、基本的には沖縄を気にかけてくれる優しいひとが手にする本だと思っています。

本当は、「沖縄にこれ以上の負担をおしつけないで」って言いたいけど、でもそうやって言っても聞いてくれないから。重すぎて。みんなそれぞれ、生活に重いものを抱えているから。そこに、もう一個重しを置くのは無理。だからどういう言葉なら聞いてくれて、政治に参加してくれるのか考えました。

だから、本土の人がちゃんと電車で読めるような本にしたいという気持ちがありました。責められても人は動かないと思っていて、自分にもある痛みが遠い沖縄にもあることが分かって、それは辛いことであることが腑に落ちたら、今度は自分は何をしようか考えてくれる人はいると思っています。

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