前田大然は”韋駄天苦戦の歴史”を覆すか。ポルトガル移籍を決めた理由と先輩が残した教訓【コパ・アメリカに挑んだ若き日本代表の今(3)】

前田大然は”韋駄天苦戦の歴史”を覆すか。ポルトガル移籍を決めた理由と先輩が残した教訓【コパ・アメリカに挑んだ若き日本代表の今(3)】

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  • 更新日:2019/07/22
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日本代表としてコパ・アメリカに出場した前田大然【写真:Getty Images】

ゴールを置き土産に松本を発った

松本山雅に所属するFW前田大然がポルトガル1部・マリティモに期限付き移籍をすることが決まった。6月に開催されたコパ・アメリカ2019(南米選手権)で日本代表デビューを果たした韋駄天は、どのような思いを持ってポルトガルへと旅立ったのか。似た特徴を持つ先輩は、海外挑戦の失敗から得た教訓を残している。(取材・文:元川悦子)
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6月からのJ1・6戦未勝利でJ2降格圏に沈んでいた松本山雅。だが、20日のホーム・サンフレッチェ広島戦はモチベーションが違っていた。ポルトガル1部・CSマリティモへの期限付き移籍が秒読み段階に入っている前田大然の国内ラストマッチになるとあって、何としてもいい結果がほしかったのだ。

異様な熱気の中、迎えた一戦。松本はまずまずの入りを見せながら、いつものように決定力を示せず、前半を0-0で折り返す。そして後半開始早々、柏好文に一瞬のスキを突かれて1点を献上。「自分が2010年に来てから先制された試合をひっくり返したのは数回しかない」と飯田真輝が言うように、先制された松本の勝率の悪さは明らかだった。

それでも前田は諦めず、自慢の快足で圧力をかけ続ける。その姿勢が奏功したのが、後半25分の同点シーンだ。新戦力・阪野豊史が落とし、右サイドの田中隼磨が角度のないところから折り返したボールに背番号7が鋭く反応。右足を豪快に振り抜いたのだ。

「その瞬間はあんまり覚えてない。来たボールを蹴った感覚」という自然体のシュートは確実にネットを揺らした。6月のコパ・アメリカ2019(南米選手権)では決めるべきところで決められず、その後も好機を逃し続けてきた韋駄天がついに壁を乗り越えた。意地の一発が最終的に2-2のドロー、16位浮上を引き寄せたのだから、松本にとっても意味あるものだった。

「今までずっと迷惑をかけてきましたし、今日決めるか決めないかはホントに個人的に大事だった。いろんな思いがこみあげてきました」と万感の思いを吐露して、彼は翌21日朝、松本を後にした。

転機となったコパ・アメリカ

「そんなに器用な選手じゃないし、普通に考えると海外では難しいけど、自分のよさを出すしかない」と反町康治監督も苦言交じりのエールを送る。21歳のスピードスターは1年後の2020年東京五輪出場の夢を叶えるため、思い切ったチャレンジに踏み切ったのだ。

山梨学院大学付属高校から2016年に松本入りし、水戸ホーリーホックへのレンタルを経て2018年に復帰してからは、コンスタントにピッチに立ち続けてきた前田。その爆発的スピードが日本代表の森保一監督にも買われ、東京五輪の有力候補と位置付けられてきた。

同世代の板倉滉や堂安律らが海外移籍を選ぶ中、本人も「いずれは外へ出たい」と感じていたが、J1で戦うのは今季が初めて。育ててくれたチームに恩返ししたいという気持ちもあって、この半年間は献身的なプレーを続けてきた。

その思いが大きく変化する契機となったのがコパ・アメリカ参戦だ。大会直前に久保建英のレアル・マドリー行きが決まり、安部裕葵にバルセロナからオファーが届く中、前田も「もっと高いレベルに身を投じないと競争に勝てない」と危機感を強めた。

準々決勝進出の懸かったエクアドル戦で終盤のビッグチャンスを逃して「自分がここに来てよかったのか…」と失望感を口にした時、本人の中では「ここままではいけない」という感情が渦巻いたに違いない。

マリティモはどんなクラブか

川島永嗣(ストラスブール)や岡崎慎司(レスター)らベテラン勢からの「できるだけ早く海外へ出た方がいい」というアドバイスも移籍への追い風になったはず。そのタイミングでマリティモからオファーが届いた。反町監督も「ポルトガルならちょうどいいかもしれない」と語ったが、チャレンジしやすい環境だったからこそ、彼自身も決断を下すことができた。

マリティモはクリスティアーノ・ロナウドの出身地として知られるマデイラ諸島フンシャルにある中小クラブで、昨季は11位。かつて相馬崇人がプレーしていたことがあるが、権田修一や安西幸輝が所属するポルティモネンセのように日本人受け入れに慣れていないと見られるだけに、前田もピッチ環境や言葉、生活面を含めて環境適応に苦労するかもしれない。

指揮を執るのは42歳のフランス系ポルトガル人のアルマンド・ティシェイラ(通称=ペチート)監督。2006年のドイツワールドカップでポルトガルが4強入りした時のMFで、指導者に転じてからはボアビスタなどでキャリアを積み重ねてきた。

自身がバランス感覚に秀でた選手だっただけに、スピード系FWの生かし方は熟知しているはず。そこは前田にとっても心強い材料だ。武器がハッキリしているだけに、そこを前面に押し出すことで、生き残っていける可能性は少なからずある。

永井謙佑が残した教訓

しかしながら、日本の快足FWが海外で成功した例はそう多くない。永井謙佑も浅野拓磨も異国でのブレイクは叶わなかった。そこは松本の先輩・田中隼磨も懸念する点だ。

「ソリさんのサッカーの中での大然は自由に動けるし、やりやすかったと思う。だけど外国へ行ったら『サイドに張ってろ』『守備はしなくていい』と言われて、動きを固定されるかもしれない。『何でお前はムダに動くんだ』と苦言を呈されて違和感を覚えるかもしれない。そこで自分をどう変えていくか。それが大然にとって重要なテーマになってくると思う。どの監督にも適応できないとダメだし、頭を使ってやらないと。永井はそれができなかった。名古屋の時に一緒にプレーしていて、海外で活躍できるだけのポテンシャルのある選手だと思っていたけど、彼も異国の壁に苦しんだ。大然にはその話をして『お前は考えてやれよ』と言いました」

永井はスタンダール・リエージュに行った際、「体の線が細いからもっと筋トレをしてフィジカルを強化するように」と指示を受けたという。その通り、筋トレを繰り返した結果、体の柔軟性や敏捷性が失われ、スピードに乗った走りができなくなり、試合に出られなくなったと本人が語っていた。

そういった考え方の違いも海外では頻繁に見られるケース。前田大然もペチート監督らとしっかり意思疎通を図っていく必要がある。そういうコミュニケーション力も強く求められてくるのだ。

「東京五輪に出るために一番いい選択をしろ」と松本のスタッフから何度も言われ、残留を勧められながら、あえてリスクを覚悟してポルトガル行きを決めたのだから、ここからは前に進むしかない。

8月12日には今季ポルトガルリーグが開幕するが、果たして東京五輪世代屈指の韋駄天は出番を得られるのか。まずはここから3週間で鮮烈な印象を残し、指揮官の信頼を勝ち取ることを最優先課題に位置付けるべきだ。そのうえで、決定力のあるアタッカーへ変貌を遂げられれば理想的。単に速いだけでなく、点の取れる怖いFWになるべく、今回のチャンスを最大限生かしてほしいものである。

(取材・文:元川悦子)

【了】

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