アルピニストとシェルパの娘との、世にも奇妙な「結婚生活」

アルピニストとシェルパの娘との、世にも奇妙な「結婚生活」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/08/13
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大人の遊びを知り尽くした伝説の編集者・島地勝彦が、ゲストとともに“男の遊び”について語り合う「遊戯三昧」。今回は、1999年に25歳で7大陸最高峰最年少登頂記録を樹立したアルピニスト、野口健さんをお迎えした。世界的登山家は何をきっかけに山を目指したのか――。

前編【エベレスト登頂後の「拉致監禁生活」

自宅謹慎中、父の薦めで一人旅に

島地: 有名な話ですが、イギリスの登山家マロリーは「なぜエベレストに登りたいのか?」と問われて、「Because it's there」「そこにエベレストがあるから」と答えました。野口の場合はどうだったんでしょう。

野口: そんなにかっこいいものではなく、ほぼ成り行きに近いですね。

父親が外交官だったんで、生まれはアメリカですが、生後半年でサウジアラビアに移住しました。一旦日本に帰って、またエジプトへ行き、そこからイギリスへ。高校はイギリスの全寮制高校でしたが、1年生の時に先輩とケンカして停学処分をくらい、1ヵ月の自宅謹慎を言い渡されて日本に帰ってきたことがあるんです。

ちょうど父親も日本にいた時期で、ぼくが帰ると「お前、せっかく時間があるんだから旅にでもいけ」と。「だから、自宅謹慎だって」というと、「いいか、オレは外交官だぞ。外交官の仕事というのは相手をダマして有利な条件を引き出すことだ。学校の先生なんていくらでもまるめ込んでやるから、行ってこい!」。というわけで、一人旅に出たんです。

島地: なかなか話のわかる父親だね。今ならマスコミが騒ぎそうなもんだけど。

野口: 時代的にまだ牧歌的な雰囲気が残っていたんでしょうね。それで、大阪の親戚を訪ねて、京都や奈良をぶらぶらしながら、ふらっと入った本屋で偶然、植村直己さんの『青春を山に賭けて』という本と出会いました。

島地: ほう、それは目に見えない力に導かれたのかもしれないね。

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植村直巳さんの本で人生が変わった

野口: 振り返るとそうなんですね、これが。ちょっと気になったので読んでみると、植村さんは「自分は落ちこぼれ」というコンプレックスが強く、何をやったらいいのかわからずに悶々と学生時代を過ごしています。

大学を卒業する山岳部の同級生たちができなかったことをやれば、自分の存在意義が見えてくるんじゃないか。そんな思いから、アルバイトをしながら海外を放浪して、コツコツと山に登る道を選択するんです。

当時の自分の境遇が、そこにピタっとはまって……。停学中で先のことなんて何もわからない。そんな自分でも一つひとつ山を登っていけば何かをつかめるかもしれない。そんなふうに、植村さんの著書と出会い、その生き方に救いを求めるように、登山を始めました。

島地: それが15歳か。じゃあ、10年で七大陸の最高峰に立ったわけだ。植村さんが遭難されたのは何歳のときだったっけ?

野口: 43歳です。ぼくも今、43歳ですから、ちょっと感慨深いものがあります。

日野: 野口さんも危ない場面は何度も経験しているんですよね。

野口: 最初に驚いたのは、標高が8000メートルを超えると、谷底や急な崖の途中に、遭難した人の遺体が放置されていることです。

島地: ええ! それは強烈だね。そうか、標高7000メートル、8000メートルにもなると、遺体を回収しようとしたら、そこでまだ二重遭難してしまう可能性が高いから、放置せざるを得ないわけか。

日野: まさに「死して屍拾う者なし」ですね。

標高6600メートルで雪崩に遭遇

野口: エベレストに向かうたびにそういう光景を目にして、「いつかは自分もああなるのかな」と覚悟している部分はありますが、幸い、今のところはこうして生きながらえています。

でも、下山の途中で酸素ボンベが空になって、諦めそうになったこともあるし、標高6600メートル地点で雪崩に巻き込まれたときは、「あ、終わった。人間の最後は呆気ないもんだな」と思いました。

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日野: そんな状況でよく無事でいられましたね。

野口: 運がよかったんです。そこに尽きます。雪崩とぼくらの間に大きなクレバスがあって、重い雪の塊はクレバスに落っこちて、表面の軽い雪だけがドサッと流れてきたんですね。それでも全身が雪に埋まりましたが、もしモロに雪崩が直撃していたら、五体バラバラになって、ヒマラヤのどこかに吹き飛ばされていたと思います。

島地: 運というか、神様、いや植村さんが「まだこっちに来るのは早い」と導いたのかもしれない。野口は、成功するよう、無事に帰って来れるように、ゲンかつぎのようなことはするの?

野口: 若い頃はやってました。植村さんは冒険に出かけるとき、夜に蕎麦を食べて、朝、空港に向かうとき、玄関口で、奥さんから「帰ってきてね」と送り出してもらうのが決まりだったようです。だからぼくもエベレストに向かうとき、植村さんの奥さんに頼み込んで自宅に泊まらせてもらい、蕎麦を食べ、翌朝「帰ってきてね」で送り出してもらったことが何回かあります。

お守りに植村さんが使っていた小さなアーミーナイフをいただいて、それを首にかけてエベレストに登っていました。

日野: エロ本で終わった前回とは違い、今回はいい話が多くて何よりです。ところで野口さん、ご結婚は?

野口: してますよ。2回目のような、1回目のような……。

島地: 学生のときに確か……。

ネパールを舞台にした奇妙な結婚生活

野口: エベレストに登る前、体を高地に慣れさせるために、シェルパの家に寝泊まりしていたことがあって。向こうの家では、朝早くに女性が水を汲みに行き、火をおこしてお茶を淹れるところから一日が始まります。部屋は一つでみんな雑魚寝ですから、その様子を寝ぼけながらボーッと見ていたんですね。

その家では、朝の水汲みは、当時15歳くらいの女の子の仕事で、甲斐甲斐しく働く様子にグッときて、山の上で、お父さんに「あなたの娘にホレちゃったかも」といったら、「そうか、じゃ、下りたら持っていけ」と。高地で意識がふわふわしている状態で、こっちは冗談のつもりでしたが、それが大問題で。

島地: 向こうは本気で、結婚することになったとか?

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野口: それで、山から下りてきたら村中が大騒ぎで、何かと思ったら「シェルパの娘と日本人が結婚するから祝っている」と。

島地: ははは、それはもう覚悟を決めるしかないよね。

野口: でも、ネパールの山奥で暮らすシェルパ族には「戸籍」なんてものがないから、その女の子も出生届が出されてなかったんです。日本大使館に相談しても、国際結婚にはペーパーが必要ということで取り合ってもらえず、仕方なくカトマンズに部屋を借りてその女の子を住まわせて、自分は日本から仕送りするという、極めておかしな関係になりました。

日野: 書類上は結婚してないのに仕送りはする。男気あふれる美談じゃないですか。

野口: ぼくも数ヵ月ごとにネパールに行ってました。でも、山奥の生活に比べるとカトマンズは大都会で、それなりの不労所得も入るものだから、会うたびにどんどんケバい女になっていくんですね。しかも、他に男ができたような雰囲気もあり、しばらくしてその関係は終わることになります。そんなわけで、今の結婚が1回目なのか、2回目なのか、説明するのがややこしいんです。

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登山家も編集者も、疲労回復は「酸素に限る」

島地: その子が今どうしているのか、知ってるの?

野口: 父親とは今もネパールに行けば会うし、弟がいて、彼とは一緒に山に登ったりもしています。元奥さんといっていいのかどうか、その子は、ぼくが仕送りしていたお金を元手にして、今は飲食店を何件か経営する女性実業家になっているようですよ。

島地: 女が強いのはどこの国でも変わらないな。ところで、無酸素で登頂に挑戦する人もいるけど、野口はどうなの?

野口: 酸素ボンベは必ず持っていきます。無酸素で行く人は、常人離れした心肺機能を持っているか、ネジが何本か欠けているか、どっちかじゃないでしょうか。無酸素で8000メートル級の山に登ると、ボクシングの試合でKOされたときと同じくらい脳細胞が死ぬらしいですよ。

よく幻覚も見るようで、「山頂でイエティと宴会をした」と真顔で話す人もいます。酸素が足りないと視野が狭くなり、何をするのも考えるのも億劫になるから、相当にリスクは高いです。

島地: へえ。じゃあ、エベレストで吸う酸素は、さぞかしおいしいんだろうね。

野口: 8000メートルまでは酸素ボンベを使いわないでがんばって、キャンプに着いてから酸素を吸うと、これがすごい。ギューッと狭くなっていた視界が、パァーっと広がって、世の中にこんなにうまいものがあるのか!と涙が出るくらいおいしいです。今は日本にいるときも、家に酸素カプセルを置いて、時間があればそこに入っているから、まわりから見たら、相当変な引きこもりだと思いますよ。

島地: その感覚、わかるな。オレも集英社インターナショナルの社長時代、週一回のペースで銀座の酸素カプセルに通っていたからね。たった1時間入るだけで二日酔いは吹き飛ぶし、視界はクリアになるし、なんだか心も穏やかになって人格も変わる。ヒノ、酸素ってすごいんだぜ!

ヒュミドールをかついで登りたい?

日野: 酸素ってすごいんだぜ! といわれても、常人にはなかなか理解できないのですが、人格が変わったシマジさんには会ってみたいです。

島地: 煙草はどうなの? 父親の影響もあって、野口は葉巻、パイプを若い頃からやっていたんだよね。

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野口: はい。最初は、エベレストの頂上で葉巻を吸うというのはどうだろうと思って、ウェットティッシュとラップで厳重にくるんで持って行ったことがあります。でも、いざ吸おうとしたら、カチカチに凍っていてとても吸えたものじゃない。少し下りても、極度に乾燥しているから葉巻はパサパサになってしまう。

島地: まさか、ヒュミドールをかついで上がるわけにはいかないからね。

日野: シマジさんならやりかねないですけど……。

野口: で、山ではパイプのほうがいいという結論に達しました。8000メートルの山から下りて来て、まず口にするのは水です。ゆっくりと、細胞の一つひとつにジワーッと染み渡るような感覚を味わい、一息ついたらパイプに火をつけます。煙をふぅ~~~~と長く吐き出すと、それまでの疲れがスーッと抜けていくようで、最高に気持ちいいですよ。

島地: それは確かにたまらないだろうね。今日は野口のために、特別な葉巻を用意してきたから、もう一本、一緒に燻らせましょう。

野口: ありがとうございます、ぜひ!

〈了〉

(構成:小野塚久男/写真:峯竜也)
〔撮影協力〕D'arbre's Bar

野口健(のぐち・けん)
アルピニスト、亜細亜大学客員教授、了徳寺大学客員教授。1973年、アメリカ・ボストン生まれ。亜細亜大学卒業。植村直己の著書に感銘を受け、登山を始める。99年、エベレスト(ネパール側)登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山に散乱するごみ問題に着目して清掃登山を開始。2007年、エベレストをチベット側から登頂に成功。近年は清掃活動に加え、地球温暖化による氷河の融解防止にむけた対策、日本兵の遺骨調査活動などにも力を入れている。2008年植村直己冒険賞受賞。2015年安藤忠雄文化財団賞受賞。主な著書に『落ちこぼれてエベレスト』(集英社)、『写真集 ヒマラヤに捧ぐ』(集英社インターナショナル)など。

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