親からの暗黙のコントロールに人生を狂わされた4人の男女の修羅場

親からの暗黙のコントロールに人生を狂わされた4人の男女の修羅場

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/01/13
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「毒親」という言葉をあちこちで見るようになってきたが、その元祖版と言っていいのがスーザン・フォワードの著書『毒になる親(Toxic Parents)』だ。翻訳版は1999年に毎日新聞社から出版され、2001年に刊行した文庫版(講談社+α文庫)はすでに発行部数が20万部を超えている。親の立場から考えると賛否両論もあるが、長く支持されて読まれ続けていることは間違いない。本書から、子どもをコントロールしようとし過ぎる親と、それに苦しむ子どもの事例を紹介する2回目をご紹介したい(1回目はこちら)。

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はっきりとわかりにくい心のコントロール

直接的で露骨なコントロールと違って、一見ソフトなオブラートに包まれた間接的なコントロールははっきりとわかりにくく、しかし直接的なコントロールに比べて少しも劣ることなく有毒である。自分の望むことを直接はっきりと要求するのではなく、真正面から抵抗しにくいやり方で相手を自分の望む通りに動かそうとするのは、すなわち相手の心を操作しようとしているということなのである。

もっとも、自分の気持ちや望みを遠回しに表現するということ自体は、程度の差こそあれだれでも常にしていることであり、ノーマルな形で行われているかぎり「コントロール」といったようなことではない。

来客がいて夜遅くなったら、「帰ってくれ」とは言えないからあくびをしてみせたりする。「酒が飲みたい」と奥さんにいうのが気がひけるので「開いてるボトル、なかったっけ」などと言う。こういうことはまったくいけないことではなく、人間同士がコミュニケーションをとるうえでは正常で必要なことだ。それは親子のあいだでも同じである。

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Photo by iStock

ところがこれを、相手をコントロールするための手段として、執拗に、過剰に使うようになると、非常に不健康で有毒なものになる。特に親子のあいだでは、小さな子供は親の本心がわからず混乱してしまう。自分が何かいけないことをしたのだろうと感じさせられ、だが何がいけないのかわからない。一方、子供がある程度以上の年齢の場合には、親の意向は明確に伝わり、真綿で首を絞めるようなコントロールのやり方に、子供はいいようのないフラストレーションと不快感を感じ、心の奥には怒りがたまっていく。

その1 「干渉をやめぬ母」のタイプ

このタイプの有毒な行為のひとつが、「手助けしている」姿を装ったいらぬ干渉だ。こういう親は、放っておくことができる時でも自分が必要とされる状況を自ら作り出し、すでに大人になっている子供の人生にすら侵入してくる。この干渉は「善意」という外見とひとかたまりになっているため始末が悪い。

つぎにあげるのは、三十二歳の女性テニスコーチの例である。彼女はアマチュアの時代からトーナメントで活躍し、プロのコーチとなってからも努力を重ねて現在の地位を築いてきた。だが華やかな仕事とは裏腹に、彼女は重いうつ症に苦しんでいた。原因は母親だった。

子供の時からあらゆることに干渉してきた母は、彼女が大人になってもそれをやめようとせず、特に父親が死んでからというもの、ますますひどくなった。頼みもしないのに食事を作って持ってくるなどは序の口で、留守のあいだに勝手に部屋に入ってきて掃除をしたり、クローゼットのなかの服を整理(という名目で点検)したり、ある時など部屋の模様替えまでしていったという。

やめてくれと頼むと、見るからに傷ついたような顔をして目に涙まで浮かべ、「母親が娘の世話をするのが何がいけないの」という返事が返ってくる。仕事で地方にいかなければならない時など、「ひとりで運転していくのは危ない」といってついてこようとする。断ると、まるで彼女が寂しい母親を置き去りにしてひとりで遊びにいこうとしているひどい娘であるかのような反応をする。

何回か面談を続けるうちに、彼女はそれまで自分でも知らない間にどれほど母によって自信が傷つけられ、弱められてきたかということに気がつきはじめた。だが、たまったフラストレーションと押し殺された怒りが表面にわき出てくると、同時に強い罪悪感を覚えるのだった。それは「自分のことを思ってくれている可哀相な母」というイメージが心の奥にしみついているためだった。だが心の奥では母親に対する怒りは高まる一方で、しかしそれを人にあからさまにしゃべるわけにはいかないため、ますます自分のなかに抑え込む以外になかったのだ。その結果が強いうつ病となってあらわれていたのである。

たまに思いきって文句を言うと、母は見るからに傷ついた表情を見せ、罪悪感に襲われるのが常だった。だがその一方で、気をつかって言葉をかけると「心配しなくてもいいのよ、私のことは。大丈夫だから」という言葉が返ってくる。

これは、大人になってもなお、心を操ってコントロールしようとする親に苦しめられている被害者の典型的な例である。そのような親を持った子供は、逆らえば「手助けしようとしている優しい親」または「可哀相な親」を傷つけることになるという無言の脅迫に耐えかね、爆発しそうな自分を抱えたままノイローゼ寸前になっている。

その2 「兄弟姉妹まで親と一緒に責める家」のタイプ

罪悪感を使って子供を責めるのは、時として親だけではない。本当は親のほうに問題があるのに、ほかの兄弟姉妹もその親と一緒になって「お母(父)さんを傷つけて」「お前ひとりだけ違うことをするとは何事だ」という非難を浴びせる家庭は「毒になる家」と呼ぶしかない。これに親戚まで加わればもう地獄だ。このような場合、しばしば親は自分では直接発言せず、ほかの子供たちに(しかも直接指示することなく)言わせていることが多い。そういう家では、特に休日は家庭内の緊張度が高まる。かくして、幸せな家庭なら楽しみにするはずの休日が、そういう家ではやりきれないうんざりしたものとなるのである。

つぎの例は、雑貨店に勤める二十七歳の青年だ。

ある年のクリスマス休暇のこと、家で家族と休みを過ごすのではなく、友人達と一緒にスキーにいきたいと思った。家族の連中と一緒にいても楽しくないので、家から離れて友人達と一緒に時間を過ごしたかったのだ。だがそのプランを親に話したとたん、あらゆることが地獄のようになってしまった。

母も兄弟姉妹も、彼のおかげでクリスマスが台無しになったと責めたてたのだ。彼は背骨がへし折れるほどの罪悪感を背負わされた。結局スキー場には無理していったものの、ホテルの部屋にひとりですわり、憂鬱な思いで家に電話しなければならなかった。だがいくら自分の気持ちを説明しても家族は理解しようとはせず、彼がみなに対してひどいことをしたといって責め続けた。

彼の家族は、いつも彼が自分のために何かいいこと(しかし家族が認めないこと)をしようとするたびに全員が束になって反対し、彼を責めた。彼はたちまち一家に対する共通の敵にされてしまい、家の平安を脅かす存在にされてしまうわけだ。そのたびに彼はやむなく自分のやりたいことを断念し、家族の望みに従う以外になかった。自分のせいでみんなを傷つけているという罪悪感を負わされることに耐えられなかったからだ。

このような家族においては、その子供のアイデンティティーと安心感は「親や兄弟姉妹の意向」にからみつかれており、なかなか自分自身のものとすることができない。それは、家族の一人ひとりがお互いを一部分ずつ所有し合っていて、各人がはっきり分離できていないからなのである。おかげで彼のような子供は、そのような環境から脱出したいと思っても、みんなから放り出された状態のことを考えると怖くてなかなかできなくなる。

それと同じ心理状態は、大人になってからもあらゆる人間関係にあらわれる。他人による自己の“からめ取られ”に慣らされてしまうと、恋人、上司、友人、時には見知らぬ人に対してすら同様な反応をしてしまうのである。人にどう思われるかが気になって仕方がないため、常に自分以外のものからの承認と賛同を得ていなければ自己が保てない人間になってしまうためだ。

その3 「兄弟を比較する親」のタイプ

このタイプの親は、ターゲットとなる子供をひとりだけほかの兄弟姉妹と比較して叱り、親の要求に十分応えていないことを思い知らせようとする。よくもっとも独立心の強い子供がターゲットにされるが、これは子供たちが全員で団結して反抗しないようにするための分断作戦のようなものだ。親のいうことをいちばん聞かない子供が家庭内の統率をいちばん乱すというわけである。

こういう親の行動は、意識的であれ無意識的であれ、本来なら健康的で正常な兄弟間の競争心を醜い争いへと変えてしまい、兄弟間に嫌悪感や嫉妬心を生じさせてしまう。そうなると、その子供たちは、将来、一般的な人間関係においても無意識のうちに同様のネガティブな感情を抱く傾向が身についてしまう。

服従か反抗か

「毒になる親」のコントロールに対する子供の反応は二種類しかない。いやいやながらも従うか、反抗するかである。だが一見正反対に見えるこのふたつの反応も、親からの正常な心理的独立を阻まれているという点では同じことなのだ。反抗するのは親から心理的に独立しようとしていることのあらわれのように見えるかもしれないが、それはコントロールに対するただの反動に過ぎず、そう反応するよう仕向けられた結果に過ぎないわけである。そのような形で反抗するのは、確固たる自分があって心理的に独立しているのとは違う。

この典型的な例として、ある五十五歳になる実業家のケースをつぎに示そう。彼はコンピューターソフト会社のオーナーで、経済的には人のうらやむような暮らしをしているのだが、いまだに独身で子供もなく、ときどき非常に強い孤独感に襲われる不安症候群があって私のカウンセリングを受けにきた。人と愛情のかよった関係を持つことができず、このままでは最後はひとりで死ぬことになると思うと恐怖が走るのだと言う。

彼が人と、特に女性と打ち解けてつき合うことができないのは、子供の時から過剰にかまいすぎる母親が原因だった。小さいころから母はずっと彼に密着し続け、結婚のことでもあれこれと心配してやっきになってきたというのだ。彼はそんな母親が重荷でたまらず、息子の幸せのためだけに生きているような母親に窒息させられそうになっていた。まるで背中に取り付いて引きはがすことができないような母親のことを、彼は「もしできることなら、母は私に代わって呼吸すらするでしょうよ」と言った。

自滅的な反抗では幸せになれない

彼のこの言葉は、コントロールしたがる「毒になる親」が自分と子供との間の境界線を消し去ってしまっているさまを実によく物語っている。彼の母は心理的に息子にあまりにも、からみついているため、いうならば、どこまでが自分でどこから先が息子なのかわからなくなっているのである。こういう親は心理的に自分の人生が息子の人生に溶け込んでしまっているので、息子の人生は自分の人生であり、言葉を換えれば息子は自分の延長でしかない。

このような母の窒息しそうなコントロールから逃れるため、彼は若いころから母のいうことにはすべて反抗してきた。そして母の要求はすべてはねつけてきたが、結婚もそのひとつだったのである。つまり、母があれこれと口を出しすぎたために、彼は逆らってずっと結婚しなかったのだ。

こうして彼は、支配しようとする母の望みをすべて拒否してきたために、自分が望むことまで無視する結果になってしまったのである。そのような人生を生きることで、彼は“自分の意思を持った男”のつもりでいたのだが、実は自分の本当の意思を殺してきたのにほかならない。

私はこのような反抗を「自滅的な反抗」と呼んでいる。みずから自分をつぶしてしまう反抗と、いいなりになることとは、実は同じコインの両面なのである。それと違って、健康的で建設的な反抗というのは、自分が望んでいるのは何なのかを正しく見極め、自分の自由な意思による選択を実行することである。それは人間性をさらに成長させ、個性を伸ばすための行動である。「自滅的な反抗」は、コントロールしようとする親に対する単なる反動に過ぎず、その結果訪れる不本意な結末を正当化しようとするものでしかない。

墓に入っている親からまだコントロールされる

多くの人は、コントロールしたがる親もそれができるのは生きているあいだだけだと考えがちだが、心理的な“首輪”はそう簡単には外れるものではない。海をへだてていようが、墓に入っていようが、そういう親は目に見えない鎖の端を握っているのである。何年も前にすでに死亡している親の、生存中の要求やネガティブな言動にいまだにわずらわされている人たちを、私は何百人と見てきた。

「お前がお母さんを殺したようなものだ」

つぎの例は、テレビのショー番組でバックグラウンドミュージックの作曲をしている三十九歳の女性だ。彼女の両親も彼女が子供のころからあらゆることに干渉し、コントロールしようとする人たちだった。両親はすでに亡くなっていたが、彼女はうつ病に悩まされ、半年ほど前には病院に収容されていた。

結婚式の時、彼女は生まれてはじめて勇気を出して自分の意思を通し、親には口出しさせずに自分たちのやりたい方法でやることにした。だが、その結果どうなったかというと、まず両親は結婚式にあらわれなかった。そればかりか、彼らは親戚中に彼女の悪口をふれてまわった。彼女は「可哀相な親の喜びを奪ったひどい娘」ということになってしまい、家族も親戚もみな口をきかなくなった。

それから数年後、母親は自分がガンであることを知った。ところが母は、自分が死んでも彼女にだけはそのことを知らせないようにと親戚中に伝えていた。彼女が母の死を知ったのは、死後五ヵ月たってからだった。父親に電話すると、「さぞいい気持ちだろう。お前がお母さんを殺したようなものだ」という言葉が返ってきた。

父はその後も非難の言葉を吐き続け、それから三ヵ月後に死んだ。彼女の頭のなかでは、いまでも彼女を非難する両親の声が鳴り響き、それが首を絞める。彼女が再発性のうつ病で入院したのは、そのためだった。

この女性もまた、墓に入っている親の「私が苦しんで死んだのはお前のせいだ」という声に何年も苦しめられてきた被害者のひとりである。彼女は自殺を考えたこともあったが、結局思いとどまった。死んだらあの世でまた親と一緒になってしまうと考えたら死にたくなくなったのだと言う。この世で人生をめちゃめちゃにされたうえ、あの世でもまたそうはなりたくないと思ったと言うのだ。

多くの「毒になる親」の子供たちと同じように、彼女も親から苦しみを与えられたという事実の一部は認めることができたが、それだけで罪悪感を完全に払拭することはできなかった。その後、多少時間はかかったが、彼女は親の残酷な言動の責任はすべて親自身にある、という事実をはっきり受け入れることができた。その時彼女の両親はすでに死んでいたが、彼女が親の亡霊からようやく解放され、本来の自分でいられるようになったのは、それからさらに一年たってからだった。

(翻訳/玉置悟)

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