俳優「ムロツヨシ」を創った“レシピ” 「平凡を認めることが武器だった」

俳優「ムロツヨシ」を創った“レシピ” 「平凡を認めることが武器だった」

  • CREA WEB
  • 更新日:2022/06/23

ムロツヨシの足跡から辿る“ムロ式表現論”

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俳優であり、演出家として多様な表現を行い続けるムロツヨシ。彼の最新主演映画『神は見返りを求める』が、2022年6月24日(金)から劇場公開を迎える。

本作でムロが演じたのは、なかなかブレイクのきっかけをつかめない底辺YouTuber・ゆりちゃん(岸井ゆきの)をサポートするイベント会社社員の田母神。「神様」と呼ばれるほどの献身的な性格でゆりちゃんをサポートするが、思っていなかった形で彼女は人気YouTuberの仲間入り。両者の関係がこじれていく。

『ヒメアノ~ル』でもムロと組んだ𠮷田恵輔監督らしい、コメディ→サスペンスへと転換していく切れ味の鋭さが特徴的な快作だ。同時に、本作のテーマのひとつであり、今や他人事とはいえない「承認欲求」は、観る者個人とシンクロし、ヒリヒリとさせられるはず。

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©2022「神は見返りを求める」製作委員会

CREA WEBでは、長い下積み時代を経験したムロツヨシの足跡と、彼の表現論にフォーカス。俳優を目指した19歳から46歳の現在に至るまで、そしてパンデミックの時代で次世代に期待すること――。充実のロングインタビューは、未来への糧となることだろう。

前篇では、もがき続けた10代から20代の雌伏の時期を振り返っていただいた。

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――今回は「ムロツヨシさん×表現」を中心にお聞かせください。19歳で深津絵里さんと段田安則さんが共演した舞台『陽だまりの樹』を観たことがきっかけとなり、俳優を志されたと伺いました。

はい。趣味から派生したわけでもなく、「ご飯を食べていけるようになりたい」という“仕事”“職業”として役者を選択しました。

大学に入ってすぐに、「やりたいことがない」自分に気が付き、やりたいことを探そうとしてすぐに出会ったのがお芝居。子どものころから確かにテレビで流れているドラマや映画をよく見ていたし、お笑いも好きでしたが「自分がお笑いをやっている姿」は想像できなかった。逆に言うと、お芝居をやることに対しては自分の中で違和感がなかった。そこから始まりました。

「自分が面白いと思うこと」の追求が創作欲になっただけ

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――その後、ご自身で「劇団ヤニーズ」を旗揚げします。どのような経緯で、自己発信にスライドしていったのでしょう。

まず、演劇の門をたたく前に映像の専門学校/養成所に行きました。養成所を卒業すれば何かあるだろうと安易に思っていた自分がいたんですが……何もない。どうしたらいいだろうと思い、次は映像系の俳優さんが所属している芸能事務所へとアタックしました。ところが、履歴書やオーディション用紙を30・40通送ってもどこからも返事が来ないのが現実だった。でも、まだ自分には何かあると思えたのが21歳。

映像の事務所に入れてもらえないけど、舞台の劇団は数多くありましたし、オーディションの数も多くて、演劇は門戸が開かれていたんです。その中のひとつに応募し、お陰様で劇団の研究生になれました。

そこで教われば教わるほど「劇団に入って役者をやるよりも、自分で芝居を作らないと納得いかないだろうな」と思うようになって。むしろ、逆にそれを教わった感覚です。そこでまず一人芝居を始めて、その後に自分で仲間たちを集めて集団としての芝居作りを始めました。

――「muro式.」や「非同期テック部」を含めると、ムロさんは継続的に自主企画を続けられているかと思います。創作欲がずっと尽きずにあるのがすごいなと。

いやいや、「創作欲」というカッコいいものではなく、作る側としてもうちょっと色々なものを理解したいという欲です。「知らないより知ってる側にいたい」という“怖さ”や、「作る側に行って勉強しなきゃ」という“焦り”なんですよ。

20代は「いつかいい作品に呼ばれてのびのび芝居するため」という自分の出世欲だったり、自分に期待したい気持ちを増やしたいがための舞台づくりでした。その後、32歳で「muro式.」を立ち上げましたが、20代で経験した舞台づくりの経験値を使って、今度は自分という役者を知ってもらうためにみんなに観てもらう「公開オーディション」という感覚でした。だからこの時点ではまだ「創作欲」にはなっていない。

「muro式.」を続けていくなかで「自分が面白いと思うものはこういうものだ」を少しずつ提示できるようになっていき、「muro式.9『=』」くらいから自分の創作・演出と言っていいかな? が出来始めて、最後の「muro式.10『シキ』」で少し創作欲が出たと思います。そこでは演出家や役者として自分自身に少し期待したし、お客さんにも「どうか何も残らない『笑い』を目指してください」と言えたかな。だから創作欲よりも「何も残らない喜劇をやる」と自分に言っていました。

背も高くない、不細工でもカッコいいわけでもない自分が見出した「武器」

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――個人的な話で恐縮ですが……。僕も大学を卒業してから2年ほど芝居をやっていたのですが、まぁ生活がきつくて。

そうなんですね。きついですよね……。楽しいのって千秋楽の打ち上げだけでしょ? あの「もう1回やろう」みたいな空気は何なんでしょうね(笑)。みんな気持ちよくなっちゃってる打ち上げマジック(笑)。

――チケットバック制(関係者が自らチケットを購入、売った枚数に応じて金額が支払われる。多くはノルマ制で、上限枚数を超えて初めて自身の利益となる)でしたし、基本赤字で。それで続けられなかったのですが、ムロさんは何年も貫き通されたわけですもんね。

僕も20代のときは挫折していますよ。自分の貯金は全部なくなったし、何をやってもお客さんが自分と思っていたようには笑わなくて、つらかった。ただ、20代後半は自分で立ち上げるよりは役者仲間が立ち上げた劇団にプレーヤーとして参加している形(客演)でした。

絶対的な演出家がいる劇団もあるけど、小劇場で芝居をしている団体の多くはみんなで提案しあって作り上げるもの。「muro式.」をやっていくなかでも勉強や経験になっていると思いますが、今思えばバイトしながら稽古に行って、稽古が終わってバイトして、何もなければ飲みに行ってお金を使って……。よく持ったなと思いますね。

――稽古に結構時間を取られるから、できるバイトも限られるんですよね。芝居の本番(公演日)は休まないといけないし。

そうですね。バイトする生活から、本当に脱出したかった。26歳のときに野心を0から1に変えました。「売れたい、職業として成立させるまでは絶対やめない」と意地を決めて、「使ってください」という営業――カッコいい言い方をするとセルフプロデュースを始めました。

自分で言うのもなんだけど、背が高くなければ不細工でもカッコいいわけでもなくよくわからない、平凡っちゃ平凡な何もない中でどうしようかと考え、自分がたどり着いた答えは「気持ち悪くなるくらいしつこくなる」でした。

敢えて、相手にバレるように媚びるんです。「使ってください!」と言い続けると3回目くらいから笑ってくれて「ここまで言うなら1回使ってみようか」という“諦めの境地”に達する。「こいつ使ってみたいな」ではなく、「1回使わないと終わんないな」というところまで見出したんです、私は(笑)。

ムロツヨシ(むろつよし)

1976年1月23日生まれ。神奈川県出身。1999年に活動開始。最近の出演作に舞台「muro式.がくげいかい」、ドラマ「ハコヅメ~たたかう! 交番女子~」、映画『新解釈・三國志』など。映画『川っぺりムコリッタ』が2022年9月16日(金)公開予定。

文=SYO
撮影=鈴木七絵
ヘアメイク=池田真希
スタイリスト=森川雅代

SYO

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