夢の続きは群馬で 元俳優のラーメン店主、コロナ禍で移住し開店

夢の続きは群馬で 元俳優のラーメン店主、コロナ禍で移住し開店

  • 毎日新聞
  • 更新日:2021/10/14
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緊急事態宣言が解除され、ラーメンづくりに忙しい小松正一さん=群馬県高崎市で、佐藤伸撮影

いまだ収束のめどが立たない新型コロナウイルス感染症。度重なる緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などに伴い、休業や営業時間短縮、酒類提供自粛などが求められてきた飲食業界を取り巻く状況は厳しい。そんなコロナ禍にあって群馬県高崎市に新天地を求めラーメン店を開業した男性がいる。ラーメンをこよなく愛する50代の江戸っ子だ。【佐藤伸】

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高い建物が並ぶJR高崎駅近くの商業地、田町地区に昨年11月に店を開いたのは、東京の下町、浅草生まれの小松正一さん(57)。

小松さんは、20年前まで俳優をしていた。劇作家・演出家の野田秀樹さんが中心となり設立した劇団「夢の遊眠社」(1992年解散)に18歳で入団。舞台俳優になった。その後、堤真一さんや高橋克実さんらが所属する芸能事務所「シス・カンパニー」の前身「えーほーしよう会」に移り、37歳まで舞台やテレビドラマに出演した。

たしかに俳優業は面白かった。だが胸に秘めた「夢」があった。

ラーメン屋のおやじ――。それが夢だった。仕事の傍ら、寸暇を惜しんでスープづくりに打ち込んだ。ラーメンスープに「創作の命」を吹き込むことの面白さ。だがいざ転身となると腰が引けた。思い悩み、古くからの親友で俳優の寺島進さんに相談した。と、寺島さんは「やりたいことをやればいいじゃないか」と言い放つ。それで決断。38歳だった。

劇場が多かった東京都世田谷区の小田急線祖師ケ谷大蔵駅近くに貯金をはたいて店を構えた。店名は「中華そば こましょう」。カウンター席12席ほど。自慢のスープに浮かぶ麺に食らいつく客の顔が間近で見られる、そんな小さな店構えが気に入っていた。

が、客足はさっぱり。精神的に参り、腹膜炎にもなった。でも、くじけなかった。研究を重ねたスープへの揺るぎない自信に支えられていた。カウンター越しに客の反応を観察しながら味を変え、次第に「こましょうの味」を確立していき、繁盛するようになった。

だが、水商売には山があり、谷がある。東日本大震災の自粛ムードで1年ほど閑古鳥が鳴いた。その後再び持ち直す。味の良さが口コミで広がり、古き良き俳優仲間たちの応援もあって、再び順風が吹き出した。

ところが。コロナの猛威が、心境に微妙な変化をもたらした。「怖くなったんです」

原因はカウンターだけの店構え。客がラーメンを喉に詰まらせたりしてせき込むだけで「2次感染」の4文字が頭をよぎり、おびえた。「どうすればいいのか」。頭を悩ます日々。そして導き出した結論が「高崎移住」だ。妻は高崎出身だし、高崎のライブハウスによく行っていたから知らない土地でもない。移住の提案に妻が喜ばないわけはなく、即決だ。昨年5月上旬に妻に提案し、同9月1日には高崎にいた。

同11月11日に開店。カウンター8席、テーブル席五つ。カレーチェーンだった店だけに広い。だが、ソーシャルディスタンスが大切なご時世だし、開店することにした。店の名は東京と同じ「中華そば こましょう」。品数はしょうゆと塩の中華そばとつけ麺。それと油そばの計5種類。

新型コロナ感染症対策の影響で客足は増減を繰り返したが、どうにかやってきた。県内にも9月末まで発令された緊急事態宣言下では休業し、ラーメンづくりの腕を思う存分振るえない日が続いた。

オーナーは数年後に店を取り壊すという。だから次の店を探している。「駐車場があって、カウンターだけの、客の顔が見える小さな店がいい。稼ぎも食べていけるだけでいい」。小松さんは笑いながら、ささやかな、次なる夢を語ってくれた。

毎日新聞

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