近親者を喪失後にずっと引きずる負の感情、異常ではありません

近親者を喪失後にずっと引きずる負の感情、異常ではありません

  • JBpress
  • 更新日:2021/06/11
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誰かと死別するなど大きな喪失を経験すると、人は少なからず衝撃を受けるものだ。同居する高齢の母以外には自身のがん罹患を知らせなかったミエコさんは、それを知った人たちに衝撃を与えまいと気遣ったのかもしれない。しかし、実際には見送ることになった親戚たちは悲しみや後悔、怒りを今も抱いている。このような反応を「グリーフ」という。

グリーフは死別だけでなく、離婚や引越しなど慣れ親しんだ状態を失ったり、転職や昇進、進学など日常生活が変化する時など、さまざまな状況で経験する喪失に現れる。その状態は時に苦しく、一人で抱えきれないこともあるだろう。そんな時に知っておきたいのが「グリーフケア」だ。死にゆく人に向き合う人たちへのサポートのひとつとして、臨床心理士・公認心理師の「つばめきさん」に聞いた。(聞き手・構成:坂元希美)

(第1回)母親を介護中の50代独身女性が末期がんに、頼られた親戚の苦悩https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65360

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グリーフの反応は悲しみばかりではない

――ミエコさんの最期を世話してきた人たちは、2年が過ぎた今でも大きなショックを受けていますが、悲しいというより怒っておられるようです。

つばめき 大切な人や物事をなくした喪失体験にともなう反応はグリーフと言われます。「悲嘆」と訳されることが多く、毎日泣いてばかりいるような悲しみというイメージが強いですが、怒りもグリーフの反応のひとつです。他にも何も感じなくなる、そのことを避ける、仕事や家事に没頭したり、お酒やタバコが増える、食べない、眠れないという反応もあります。

ミエコさんを見送ることになった親族の方々が病院に対して怒っているのも、自然な反応だと思います。「病院の対応は適切だった」と伝えたととしても、「ミエコさんは亡くなる運命だった」という現実を認めたくないという思いが出てくるのではないでしょうか。グリーフケアは、これらの怒りも支えます。

今回のように、皆さんが共通して怒りを抱えておられることもありますが、そうでないこともあります。たとえば家族内でお母さんが亡くなった場合に、お父さんは仕事に明け暮れ、息子は無関心、娘はひたすら泣いているというようにバラバラな反応を持たれることがあります。実はそれぞれ違うグリーフを表出しているのですが、お父さんは家庭を顧みない、息子さんは冷たい、娘さんはいつまでも泣いていて・・・というように、それぞれが非難し合って不和が起きる家庭もあります。

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――でも、怒り続けていると、すごく疲れそうです。

つばめき 年単位で怒り続けていると、日常生活に支障がでるのではないかと心配になりますね。でも、怒りが続く場合もあるし、一度おさまったかと思えば再び怒りが出てくる場合もあります。その怒りはあって良いと認めてくれる人がそばにいることが大事なのではないでしょうか。

グリーフ体験は、日常で何度も繰り返す

――最近、世話をした従姉の娘達は、自分がミエコさんの年齢に近づいて「自分もがんになるのではないか」と怖くなると言っていますが、これもグリーフの反応なのでしょうか。

つばめき そういう反応を示す方もいます。私は親を亡くしたお子さんのグリーフケアにも携わりますが、小さい頃に親を亡くした人の中には、結婚する時に「パートナーを持つこと」「子を持つこと」に戸惑いを感じる人もいます。そして自分が親の亡くなった年齢を超える時、さらに子どもたちが自分が親を亡くした年齢に達した時など、人生の様々な節目で、悩むことが多いようです。だから、彼女たちがミエコさんが54歳で亡くなったことを目の当たりにして、自分がその年齢になる時に悩みを抱えることは、自然なことかと思います。

誰かを失うという経験は、今まで当たり前だった生活の基盤が崩される大きな出来事です。しかも、人生100年と言われる時代に50代の方が亡くなるというのは、非常に大きな衝撃でしょう。自分の人生観が崩された時に、自分を顧みて「日常生活を今までどおり送ることができている」という安心感を持てることが重要です。家族や友人などの存在、職場や馴染みの場所での過ごし方といった普段の生活の基盤があることで、「私は安心・安全に生活が送ることができる」と感じられる。それが一番のグリーフケアになると私は考えています。

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――不安に駆られるのは苦しいことですし、自分は異常ではないかと悩む人もいるのではないでしょうか。

つばめき グリーフはうつや不安障害とは違って日常で起きる通常の反応ですが、悲しみだけでなく怒りや不安もグリーフの一部だというのは、あまり知られていません。なので悲しんだり怒ったりする自分自身について「大丈夫なのか?」と思われる方も多いです。そういう時はグリーフに関する専門的な知識を持っている人と話して「私は怒りを感じていてもいいんだ」と知ることができるといいですね。専門家に「多くの人がそうなるものです」「それは正常な反応ですよ」言ってもらえることで、安心を得られることもあります。

専門家によるグリーフケアとは

――自分の感情や行動が異常ではないと、専門家にお墨付きをもらうことで安心してグリーフを経験できるのでしょうか。

つばめき 私たちは大人になるにつれて、人前で泣くのを我慢したり、言動に気をつけて周りの人を心配させまいと制御しようとします。知り合いが亡くなったりしたときも同様に感情を抑制しようとするのに、悲しみや怒りが抑えられなくなり当惑してしまう。

そんな時に「そういう方は多くいますよ」と言ってもらえたら、悲しみやすく、怒りやすくなります。私は専門家として、グリーフケアは何かを与えるというより、自分で自分のケアをできる手段やスキルをお渡しする立場だと思っています。たとえば気にせずに泣けるように一人の時間を大切にするなど、自分自身を大事にすることに気づいてほしいのです。

日本では、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件をきっかけにPTSD(心的外傷後ストレス障害)が知られるようになりました。生死に関わる危険に遭ったり、死傷の現場を目撃することで心に大きな傷を負った人のケアが必要だと言われるようになり、グリーフケアが広まりました。そして、東日本大震災によってさらに重要視され、現在だとコロナ禍で会えないままの別れが増えたことで、さらに注目を集めています。大きな災厄と共に、グリーフケアは広まり、携わる専門家も増えました。

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――グリーフケアの専門家を見つけるには、どうしたらいいのでしょうか。

つばめき 抑うつや不眠などの症状があれば医療機関をお勧めしますが、故人の話を聞いてほしい時や、自分の感情が激しくて困った時は、心理士によるカウンセリングを勧めます。カウンセリングは相談者と対話しながら進めていきますが、話ができない状態でも、その場に来ていただければ心理士は一緒に時間を過ごすことでお力になれます。こんなに悲しんでいる自分は異常ではないか、他の人に迷惑をかけているんじゃないかと思っている人のことを心理士は否定しません。守秘義務があるのでお話の内容は誰にも漏れることはありません。思うことを声に出して話してみたら、自分では気づけなかった感情の素や出来事が見つかることもあります。

ウェブで「カウンセリング」や「カウンセリングルーム」などのキーワードで検索して探すことができます。最近はコロナ禍の影響でオンラインのカウンセリングも増えていますから、アクセスしやすくなっています。

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――日本はカウンセリングの文化が根付いておらず、「私はまだそんなところに行く人じゃないわ」と思われる方が多いですね。特に高齢の方は難しそうです。

つばめき 存在を知らない方も多いでしょうね。日常生活で困難を抱えている時には、まず話す人が必要だと思うのですが、それを「心の問題」と言われたら拒否反応が起きてしまいます。かかりつけの病院がある方は、看護師さんとコミュニケーションをとるのもありだと思います。家族や周りの人が「カウンセリングルームというところで、お話ができるそうだよ」と、声をかけるのもいいですね。

私のカウンセリングに、高齢の方がお子さんに連れられていらしたことがあります。お子さんがカウンセリングに同席されて、「自分の親がおかしいわけではなかった」と気づいて安心されました。ご自身が将来、グリーフを抱えた時の予備学習にもなりますので「行ってみたら?」だけでなく「一緒に行こう」も、意義があります。グループカウンセリングに参加すると、他の参加者の話を聞くことで「私だけではなかった」と安心する方もおられます。

「私」を主語にして納得すること

――ミエコさんを送った親族たちは「病院が悪い」と怒ることがグリーフの反応になっていましたが、誰かを悪者にしておいてもいいのでしょうか。

つばめき 病気による死別の場合は憎しみをどこにぶつけたら良いのかわからないというのは自然なことですが、ミエコさんが亡くなって「私が悲しい、怒りを感じる」ことを、「病院が悪い」に主語が変わってしまうと、自身の辛さに気づけなくなってしまいます。

――インタビューをする中で、ミエコさんの世話をした従姉たち高齢の世代は「私を主語にすること」が難しそうだと感じました。女性は自分のことよりも家族や社会を優先することが多く、さらに戦争体験者であれば御国のためにと「自分を主語にしない」ことを美徳として、長く生きてきた方たちですから。

つばめき そうかもしれません。主語の問題は非常に重要で、病気になった人の周りが病気になった人に主語を替えてしまうと、「あなたのためを思って」という押しつけになってしまうこともあります。実際は、ショックを受けている、悲しみや怒りを感じている自分が辛いのです。こういう時こそ「私」はショックを受けてもいい、悲しんでも怒ってもいいと、気持ちを保証してくれる専門家や身近な人によるケアや支えが必要でしょう。主語を「私」にして考え、感じることができれば、自分の行動への納得が深まりますから、できなかったことが多かったとしても、後悔の中身が変わります。

グリーフケアの存在が旅立つ人の安心にもなる

――残していく側として、ミエコさんが家族や親戚がグリーフケアなどサポートを受けられると知っていたら、もう少し楽に旅立てたでしょうか。

つばめき もし、ミエコさんが余命1年と言われて親戚にSOSを出したら、親戚は「その病院は問題があるのでは」「もっといい治療法がある」「生活を変えたら」などと助言したくなるでしょうから、自分らしく生きていけなかったかもしれません。大事な人だからこそ、何かやってあげたくなるのは普通の思いですが、それが本人の望むものと違っていると、ミエコさんの生き方を邪魔したり負担をかけることになってしまいます。

私はおひとりさまであろうと家族がいようと、亡くなりゆく人が周囲の人たちのために心を削ったり、抑制したりしてほしくないと思っています。その負担が患者さんの孤立を深めていくのではないでしょうか。

カズコさんやサチコさんは「もっとできることがあったはず」という後悔をお持ちですが、若い人はめったに亡くならないという自分の世界が崩れるようなショックな体験からすれば、当然のことと思います。彼女たちがケアやサポートを受けられると知っていれば、ミエコさんの負担は軽かったかもしれません。グリーフケアを受けるのが当たり前の社会になれば、亡くなりゆく人も安心して自分の人生に集中できると思います。もし、ミエコさんが私に「母や親戚のグリーフケアを頼みます」と言ってくれたなら、「任せて! だから自分の好きなように過ごしてください」と答えるでしょう。

急に残された人たちは「言ってもらえなかった」とか「隠していた」とショックを受けますが、亡くなった人が「言わないことであなたを守ろうとしたのかもしれませんね」と伝えてみたいです。私のような専門家でなくても、「あなたは彼女が守りたい人だったんですよ」と誰かが言葉をかけたら、「いつも他人のことを心配する子でした」というように故人について語り出し、思い返すことで、自分の中で故人のことを整理していくことができるのではないでしょうか。それこそがグリーフケアだと思います。大切な人や物事を失って世界が揺らいだ時に、自分の気持ちに気づき、専門家や周りにいる人たちの力を借りて、自身をいたわりながらグリーフと共に生きていけるといいと思います。

【つばめきさんプロフィール】
公認心理師、臨床心理士。グリーフケアスペース川崎にてファシリテーターを務める。

(前回記事)誰かを見送る前に考えたい「よい死なれ方」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65361

坂元 希美

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