〝トルコ友好〟のまち取り組み実る 和歌山・串本、軍艦沈没跡国史跡へ

〝トルコ友好〟のまち取り組み実る 和歌山・串本、軍艦沈没跡国史跡へ

  • 産経ニュース
  • 更新日:2020/11/20

文化審議会が20日、国史跡に指定するよう萩生田光一文部科学相に答申した「樫野埼(かしのさき)灯台及びエルトゥールル号遭難事件遺跡」(和歌山県串本町)。130年前に町沖でオスマン帝国(現トルコ)の軍艦「エルトゥールル号」が遭難、500人以上が死亡した海難事故の現場や墓地などで構成され、トルコとの友好を示す史実として知られる。県教委と町教委が文化庁などに働きかけ、実現する見通しになった。

海難事故は明治23(1890)年9月16日に発生。航行中の軍艦が台風に遭遇し、多くが死亡したが、住民が懸命に救助などにあたり、69人が助かった。トルコとの友好を示す史実として語り継がれており、地元では追悼式典が続けられ、130年を迎えた今年の事故当日も開催された。

答申されたのは、県最大の島「大島」東端付近の樫野地区の4カ所。軍艦が衝突した岩礁地帯の「船甲羅(ふなごうら)」や、遭難者上陸地、慰霊碑がある遭難者墓地、樫野埼灯台(旧官舎を含む)で構成され、総面積は約8万6千平方メートル。

県教委などによると、墓地にはトルコ側が資金を出して昭和12年につくられた高さ約12メートルの慰霊碑が設置され、この中に遺骨が納められている。灯台は高さ約14・5メートルで、事故当時、海に投げ出された乗組員らが灯火を目印にして泳いだという。

灯台を除く遭難現場周辺は平成28年までに県史跡に指定されたが、県教委と町教委は23年ごろから国史跡指定に向けた活動を開始。文化庁調査官に現地に来てもらうほか、灯台を所有する海上保安庁と協議して国史跡にする同意を取り付けたという。

県教委文化遺産課の担当者は「町教委と長年、取り組んできた努力が実った。国史跡になれば国内に広く知れわたり、大事なものだと認識してもらえる。未来に残していくうえでもプラスになる」と期待。町教委の担当者も「これからも維持管理をしっかりし、多くの人に現場に来てほしい」と話している。

田嶋勝正町長は「『日本・トルコ友好原点のまち』串本として史跡の維持管理に努めるとともに、周知PRしたい」などとコメントした。

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樫野埼灯台と旧官舎(右)=和歌山県串本町(県教委提供)

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