「不可能だった」ファン・ペルシーのアーセナル復帰 その理由とは...

「不可能だった」ファン・ペルシーのアーセナル復帰 その理由とは...

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  • 更新日:2020/10/16
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アーセナル復帰を要請していたファン・ペルシー

アーセナル史上トップスコアラーの一人であるロビン・ファン・ペルシーが、マンチェスター・ユナイテッド時代(2012-15)を経て、当時の監督アーセン・ベンゲルに復帰を要請していたようだが、同監督はオランダ人ストライカーがガナーズに復帰することを拒否していたようだ。

ベンゲルは自伝『赤と白の私の人生』の中で、その決断と理由を明らかにしている。

「ユナイテッドでの3年間を過ごした後、負傷によりファーガソンがトルコのクラブ、フェネルバフチェに売却した。ファン・ペルシーは復帰を望んでいたから電話をくれたが、それは不可能だった。彼はキャリア終盤に差し掛かっていたし、クラブは若手選手たちに投資をしたかったんだ」

「2012年に契約延長しない意向を(ファン・ペルシー側が)表明したんだ。ビッグクラブはみんな彼の獲得に興味を持っていた。そしてマンチェスター・ユナイテッドに売却したんだ。この件でファンからは非難されたが、(契約延長)オファーには応じられなかった」

「なんとか3000万ユーロ(約36億円)で彼に残留への交渉をしたが、1年契約の選手にしては当時、破格の金額だった。クラブの利益も考えていた。その頃にはアレックス・ファーガソンやユナイテッドとの関係は改善されていたが、すべての移籍は何が起こるかわからないポーカーゲームみたいなものだった」

ファン・ペルシーは2004年、フェイエノールトからアーセナルへ移籍。以降、在籍した8シーズンで132ゴールという驚異的な成績を残し、イアン・ライト(149ゴール)、ティエリ・アンリ(229ゴール)に次ぐ、アーセナル史上3番目のスコアラーとなった。

その後、2012年にはファーガソン率いるマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。ファーストシーズンで得点王に輝き、レッドデビルズのプレミアリーグ優勝に貢献した。

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