知られざる明治史研究の世界 『明治史研究の最前線』小林和幸著

知られざる明治史研究の世界 『明治史研究の最前線』小林和幸著

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  • 更新日:2023/03/19
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近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載「近現代史ブックレビュー」はこうした状況を打破するために始められた、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。

幕末維新史をはじめ明治史は国民に比較的親しまれているが、では専門の研究者の世界はどうなっているのか。一般にはそれほど知られていないこの疑問に答えてくれるのが本書である。

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『明治史研究の最前線』小林和幸 筑摩書房 1760円(税込)

維新史(久住真也)、政府機構(西川誠)、思想史(真辺将之)、帝国議会史(小林和幸)、外交史(千葉功)、経済史(鈴木淳)、宗教史(山口輝臣)に分かれており、他に24の多彩なコラムがあり、一般の読者にも面白く読める内容となっている。

戦後学会の主流だった天皇制絶対主義論などの経済決定的史観が優位性を失った後の新しい研究の流れが的確にまとめられているのである。

その中から、ここでは司馬遼太郎の著作などによって親しまれている幕末維新史について見ておこう。

一般の人々が抱くイメージとは相当に異なっているという指摘から始まっている。まず、天皇について、藤田覚『幕末の天皇』(講談社)などにより「武家に操られる天皇という古いイメージ」は一新され、それとともに台頭したのが、「一会桑」勢力への着目である(家近良樹)。「一会桑」とは一橋慶喜・会津藩・桑名藩のことで、彼らは朝廷と深く結び付き、時に幕閣とも対立しつつ独自に幕府権力の強化を図っており、とくに「敗者」としてのみ捉えられがちな「会津藩の評価を大きく変えた」のだった。

幕府研究で明らかになったこと

他方、幕府本体の研究も進み、近年では「『天皇制絶対主義』に連動して『徳川絶対主義』という捉え方が消滅し、一会桑研究にも影響されつつ、幕府内部の様々な政治的潮流とその政局上での役割が分析され」る方向に進んでいるという。

また、長州藩研究と比べると立ち遅れていた薩摩藩研究が進み、島津久光・小松帯刀など脇役的に見られていた人物に注目が集まり、「藩内は必ずしも討幕一色ではなく、実力者である久光や小松の動き、藩内の倒幕反対派も含め、その動向が再考されるようになった」という。

幕末政局の決定的局面の一つ王政復古クーデターも「徳川慶喜=幕府の打倒を目指したものではないこと、王政復古で成立した新政府は、鳥羽伏見戦争以降の政府と異なり、天皇よりも『公議』(諸藩の代表者の意見)原理が優位に立つ政府であること」が明らかになっている。

「公武合体運動」と「尊王攘夷運動」については、「攘夷のための公武合体」であり、天皇が攘夷を固守する限り「公武合体」のために「攘夷」が必要となるのだから、両者は対立するというものではなく、そこから徳川慶喜の独自性が浮き彫りになってきているという。

最後に、一般との認識のずれに関し坂本龍馬に触れられている。薩長盟約を例にとれば、龍馬は小説とは異なり主役ではなかったのであり、幕末史における比重はそれほど高くはない。一般読者からは大いに不満が出そうなところだが、これも歴史研究の醍醐味であろうか。

このほか、評者の現在の関心から言って思想史と帝国議会史の研究の様子も興味深かった。思想史では政治史研究と思想史研究の架橋という視点が興味深く、また政治史において人物研究が活発になってきているという状況は『明治史講義 人物篇』(拙編、ちくま新書)を出した者としてうれしい限りだ。帝国議会史では戦後一旦は否定的に評価された明治憲法体制と帝国議会がその実際の運営が明らかにされるにつれ意義・役割が再評価される方向に研究が進んで来ているという点が興味深い。

巻末の文献年表は、実に読みやすく適切である。本書は細分化が進み専門家すら全体像がつかみにくくなっている明治史研究を、一般読者にもわかりやすく整理し今後の展望を指し示したものとして高く評価されよう。

筒井清忠

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