嵐の中、子供時代を生き直す2つの「個」として|イノベーターの妻たち

嵐の中、子供時代を生き直す2つの「個」として|イノベーターの妻たち

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2022/01/16
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「イノベーター(革新者)」と呼ばれる人たちがいる。世代の敷居を超えて未来にも影響をおよぼすコンテンツ、サービス、芸術などを生み出し続け、同時代人に行動変容を起こさせる人物たちだ。

本連載は、そんな人物たちの仕事をもっとも身近で目撃してきたパートナーたちの証言集である。時代の卓越したインフルエンサーでもあるイノベーターたちは、ベースキャンプである「家庭」で日々、いかに「イノベーションの種」を醸成しているのか。

第2回は、日本マイクロソフト元業務執行役員で、「プレゼンの神様」とも称される澤円氏の妻で、造形作家でもある澤奈緒氏に話を聞いた。

澤円氏は、日本マイクロソフト時代、その卓越したプレゼンテーションの技術で話題の人となり、日本人エンジニアとして初めてビル・ゲイツから「Chairmans Award」を受賞した名物マネージャーとして知られる。

2020年夏に独立し、現在はスタートアップ複数社の顧問を務めながら、グローバル人材の育成に力を注ぐ。また、Voicyパーソナリティや武蔵野大学や琉球大学の教員の顔も持つ、類まれなるマルチタレントである。

妻、奈緒氏は、アートな仮装で心を解放することを目指すプロジェクト、「KESHIN」でも知られる注目の造形作家だ。最近ではウレタンフォームを使ったワークショップも各地で行っている。

出会い、そして「超ビジネスライク」なプロポーズ

私は美大(武蔵野美術大学)を卒業後、教育コンサルやミニシアターの配給会社で勤務した後、制作活動に専念するため2006年、登録したクリエーター派遣の会社からの紹介で広告代理店の子会社に勤務しました。同社は当時、マイクロソフトからBtoBマーケティングのコンサルティングを請け負っていて、私も出向という形でマイクロソフトに常駐することになりました。

とはいえ、夫となる彼と直接の接点があったわけではないのです。もともと、広告代理店の子会社の先輩たちから「MSのキリスト(澤円氏は、長髪やその風貌から「キリスト」のニックネームを持つ)」の噂は聞いていましたが、そういう「派手な人」にはぜんぜん興味はなかった。前の席に座っていた人が彼とつながっていた関係で、社内ですれ違うくらいのことはあったんですが、「ふうん、あれがキリストか」くらいの感じでした。

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澤奈緒氏

ただ、私自身が当時はかなり派手な服装をしていて、マイクロソフトのなかで浮いていたらしいのです、自分ではまったく気づかなかったのですが(笑)。それで、彼のほうでも同じ「変なやつ」という匂いを感じていたようです。私とちょっと会話をしたときに、「この人と結婚したらなんだか面白いことになりそうだ」とすでに感じていたと、後から聞きました。

プロポーズは、まあ、それはそれはビジネスライクでしたね。

よく彼が行くスポーツバーみたいなところでご飯を食べていたときに、「いまから2つ、提案をするよ」と言われ、続けて「長期的な提案と短期的な提案どっちから聞きたい?」と尋ねるので、じゃあとりあえず短期的なほうからどうぞ、と答えると、「熱海に旅行に行かないか」って。

「あぁ、別にいいよ」と返事して、「もう1つ、長期的なほうは何?」と聞いたら、それが「結婚しよう」でした。

初の個展のタイミング、返事は「保留」

あまりにも唐突だったのと、実はちょうどアーティストとして初めての個展が決まったタイミングでもあったので、そのときは返事を保留しました。

正直、その頃は、その個展の準備もあって本当に経済的に苦しかった。「もっと仕事しなきゃいけないし、少なくともいまの瞬間は結婚など考えられない。半月くらい待って」と言ったら、半月後に「個展のお金も全部出してあげるから」と言ってきて、「あっ、それなら結婚する」と返事しました(笑)。

結婚は1回はしてみたいと思ってはいたものの、周りに失敗しているカップルが少なくないことから、「元来、長く続くものではない」という先入観があった。でも、彼は8歳年上で、「8年間余分に生きてきて、あなたよりは人を見る目がある。信頼しなさい。結婚しちゃおう」と言われました。

私はADHD(注意欠陥多動性障害)ということもあって、いろいろ単純なことが、「記憶」とは別次元で「理解」に落ちてこないことがあるんです。マイクロソフトでも、上司からの指示を、自分の回路で組み換えて処理して、クライアント先には理解できないメールを送ったりしていました。

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だいたい、「MS」が「マイクロソフト」の略であることも、辞める直前までわからなかった。「なんですべての商品のパッケージに『MS』と印刷されてるんだろう、紛らわしいな」と思っていました(笑)。彼がマイクロソフトですごく評価されている「偉い人」だということも、結婚してしばらくしてから知ったくらいです。

「あるスタートアップに転職」のはずだった

彼が、高く評価されていたマイクロソフトを「卒業」して、独立するという決断についても、私は全然いいんじゃないかと思っていました。経済的には彼に頼っていたので、矛盾するようですが。

そもそも彼は、実際に退職する5年ぐらい前に、マイクロソフトを辞めて、あるスタートアップ企業に転職するはずだったのです。

実はその頃、そのスタートアップがまだ社員5人だった頃、私は知人の紹介でバイトに入っていました。前述の広告代理店の子会社を辞めてから、リクルートの「Tech総研」で仕事していたのですが、そのときの同僚のライター(通称「ピンク少佐」)の大学時代からの仲良しが、あるスタートアップ企業でCMOをしていた。

彼も私も結婚式の二次会でお金を使い果たしていたこともあり、ピンク少佐に「バイトしたい」と相談したところ、「あるスタートアップが人を募集している」と薦められたのです。

その後私がそのスタートアップ企業で働くうち、彼もなんとなく出入りするようになり、頼りにされるようになって。3年後くらいには彼に「人事で入社してほしい」というオファーがあり、彼もほぼ100%心を決めていた。

実は私は思春期をブラジルで過ごしたのですが、もう30年も帰っていなかった。それで彼が転職する前に、2人でブラジルへ行こうよということになりました。彼は貯まっていた有給を使って、ブラジルに2週間、帰りにラスベガスに寄って1週間、という3週間の旅をしたんです。

ところがこの旅で、彼には大きな心境の変化があった。

リオデジャネイロの40メートルもあるコルコバードのキリスト像を見て言葉をなくすくらい圧倒されたり、体内からの衝動に忠実で、いわゆる「生命の喜び」に対する素直さに溢れている人々の生き様に触れたり、みんなが陽気にあっけらかんと人生を楽しんでいる様子を見たりしていたら、なにか違う、と思うようになったのだと思います。

それで日本に帰ったときに「やっぱり転職するのは、やめる」と彼が言い出した。

令和元年、「事務所借りた!」

結局、5年後の退職の動機は、他企業への転職でなく「独立」になったわけですが、それはけっこう突然でした。

ブラジルから帰国し、マイクロソフトの仕事に戻ってしばらくした令和元年初日に、彼が「事務所借りるから見に行ってくるわ」と言い出したのです。そしてなんと、その日のうちに「借りた!」と言って帰ってきた、それが2年前です。

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実はその頃には、もう社外から依頼される、いまやっているような仕事が半分くらいになっていました。

そもそも転職こそしなかったものの、スタートアップ企業に関わったことで彼には、スタートアップ界隈にネットワークができていました。その頃は「ICC(Industry Co-Creation、経営者のためのコミュニティ型カンファレンス)」を始めとするスタートアップイベントで審査員を務めたりするようにもなったり、最初の本を上梓したりしていました。すでに本人としては、「なんでまだ社籍があるんだっけ」という感じにもなっていて、退職を決めたのだと思います。

その最初の自著出版のきっかけを作ってくれたのは、Tech総研の先輩だった馬場美由紀さんという編集者の方でした。

アーチストとしての私は、彼にパトロンにもなってもらっているので、ふつうなら彼に世話になっているなという「ありがたい感じ」になるべきかもしれません。しかし、そんなふうに、単に偶然とはいえ、わりあい大切な「きっかけ」を私がつくったということもあり、意外と互いに持ちつ持たれつなのかなと思いますね。

美術館では意味不明な状況に死んだ魚の目、そのくせプレゼンでネタに

「持ちつ持たれつ」については、ほかには彼が自分では行かないようなところに私が連れ回していることが、案外プラスになっているという自負はあります。

例えばフランスに旅行したとき、どうしても自分が行きたかった現代アートのギャラリーに彼を連れて行ったことがありました。

そこではかなり変わった作品が展示されていた。たとえば、椅子が天井からぶら下がっていて、1分ごとに「ガチャン」「ガチャン」と音がするだけの部屋とか、巨大なガラスパッケージの中に男性がただ座っている部屋とか。後者は実は、「卵を人体で温める」実験作品だったのですが、訪れた人々が一様にガラスを通してそれを無言でじっと見入っているんです。

彼はそんな奇妙な場所に連れて来られたことにとまどいを感じていて、「なんでこんな変なもんを見せるんだ」とだんだんひどく混乱し始めた。

現代アートは、見る人をある意味「煙に巻く」というか、「当たり前をぶち壊す」のも目的であり、それが存在意義のひとつですよね。その「人体と卵」だって、そんな馬鹿馬鹿しいことを大勢でじっと見ているという状況そのものを含め、「すべてを疑え」と問いを発しているわけです。

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まあ、芸術は美的感性に訴求するべきという「当たり前な文脈」を生きてきた彼が、そんな空間にぶち込まれて、どう反応すればいいのか? となったのも無理はありません。

でも、とりあえず「この不可解な状況を体験する」のが大事なんだよ、と彼に話しました。

その後にも、旅行に出かけたら、美術館の彼が好きなマティスなど伝統的な作品も楽しみながら、現代アートのフロアにも連れて行っています。

実は、彼は、後でその体験をプレゼンで使っていたりするんです。「妻に変なところに連れていかれて完全に思考が停止した」という状況を、ネタにしている(笑)。

そして、「その空間に没入して、体感した」時間は、時が経ってから概念に重要な変容を起こさせることがあります。だから彼だって、「そこにいて、問いに対峙せよ」という現代アートの挑戦的な体験に刺激されることがあるかもしれません。

「アート思考」のパッケージ撃退、に効果あり──

でもとりあえず彼自身は、「妻がアートのバックグラウンドがあるってことは自分の教養に有効というより、うるさい人を黙らせるのにすごく活用できているな」と言っていますね。

2017年に、山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』が大変な話題を呼び、ビジネスの現場にも「多様かつ不安定な時代背景では、分析、論理、理性だけを重視したビジネス指向で経営のジャッジをすることはできない」という意識変化がありましたよね。それもあって、実業界の人たちも「アート思考が大事」と言うようになった。

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「KESHIN」などでアート仮装活動を始める前、2013年の創作から、「提督 COMMODORE」。ジャン・アルプやコンスタンティン・ブランクーシをも彷彿とさせる美しい具象作品だ

それで、彼にも「私はアート思考を学んでいる」と説教をされる人が多いらしいんです。「君の言っていることは、アート思考の面では、こうで、こういうことだよね」とか。

そんなときに「うち、かみさんがアートやデザインをやってて、個展も開いているんですよね」と言うと、「アート思考」のパッケージにくるまれたお説教がパタっと止まるのでなかなか便利みたいです(笑)。

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「農道のポルシェ/フェラーリ」などとも称される愛車、ダイハツ「ハイゼットジャンボ」とアトリエ前で

デキるビジネスパーソンにこそ薦めたい、「ポンコツアピール」

彼はかつて、人から攻撃されることに関してものすごく敏感だった、いわば常に「臨戦態勢オン」の状態。眉間に深いシワが入っていて、鉄腕剛力に見える、透明なモビルスーツみたいなものに身を包んでいたんです。「円さんって、なんだかピリピリしてるよね」と言われるくらいでした。

その眉間のシワが、最近はだんだん浅くなってきた。モビルスーツもいつの間にか脱いじゃったみたいです。

実は、意外かもしれませんが彼には「自分は劣っている」というコンプレックスがあって、それを隠すために武装していたんですよね。「自分は立派な人間だ」と証明するために死ぬほど頑張らなくてはいけない、でなければ社会から価値を感じてもらえないといった刷り込みがあったようです。

それもあって努力を重ね、ある程度評価されるようになったので、私が逆に、「あなたはもう、自分が必要としていた以上に、社会からは『すごい人』に見えている。そろそろもう弱いところも見せていいんじゃない」と言ったんです。

彼も私と同じADHDで、忘れ物が多かったり、すごく道に迷ったり、ダメで可愛いらしいところがたくさんあるんですが、それをずっと隠していた。でも、私が、そういうところも出したほうがいいよ、逆に「ポンコツアピール」もすれば? と薦めたら、肩の荷がかなり降ろせたらしいんです。

彼が「弱いところもアピール」した、こんな初体験エピソードがあります。

大きなパーティーを企画した時、彼は会費をかなり高額に設定した。「大丈夫、これくらいでも人は来るから」と自信たっぷりで。でも、ふたを開けたらまったく申し込みがなく、「どうしよう」とひどく落ち込んでしまった。

私が「これはもう、みんなに助けを求めたほうがいいよ」と言ったところ、彼がフェイスブックなどで「実は人が集まらず、困っています。皆さん助けてください」と投稿した。そうしたらみなさんが、「その言葉、待ってました!」というノリで、一斉に手を差しのべてくれたんです。

みんなが本当は「助けたい」と思ってくれていても、自分が強そうにしていたら手を差しのべにくい、壁を乗り越えてサポートしてもらいにくいことがある。そのことに気づいたんですよね。

これもきっかけに、「よし、弱いところも出していこう」とブランディング・アップデートをしたら、みなさんとより気脈が通じ、ものごとがうまく運ぶようになった。いまでは「じゃあ、もう、ポンコツ推しでいくわ!」となっています。

ですから、「デキる」と思われている人ほど、モビルスーツを脱ぎ捨てて、眉間のシワを伸ばすためにも「あえてのポンコツアピールを」をお薦めします。

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アートプロジェクト「KESHIN」からの「鳩」を自ら装着して

1と1、2つの「個」として。苦しみからの卒業経験をシェアしたい

彼は私と同様、アダルトチルドレンでもあります。そんなわれわれはいわば、「嵐の中で身を寄せ合う子供」なのかもしれません。

もちろん、愛情を試し合う前提の「依存」関係ではなく、頑張って一緒に外の世界と折り合いをつけていこうねという「共同」関係、いわば「全方位パートナー」でいたいなと。2つの個、すなわち、「彼の1」と「私の1」が協働し、共鳴し合うことで不安が軽減され、勇気は倍増されると思っています。

そして、2人ともやっと「自尊心や自己肯定感がマイナスの状態」から解放されて幸せになったので、できればその体験を社会的に還元したい。過去の自分たちのように苦しんでいる人たちを1人でも減らしたい。それがわれわれの世の中への貢献のベースになっています。

アダルトチルドレンはそもそも、「子供時代を奪われてしまった大人」といっていい。そんな人たちが子供時代をもう一度体験することは、とても大事なことです。だからわれわれも、2人で子供に戻ろうぜ、という感じで、なるべく馬鹿馬鹿しいことをやって、笑って過ごしたいんです。

アダルトチルドレンでなくても、社会、組織、家庭での期待役割をまっとうしようとするあまり、個性や多様性を発現できていない大人は多いと思います。優秀であればあるほど、そのために「なんだか息苦しい」「生きづらい」と感じているのではないかと。

個人的な「歴史」と折り合いをつけた私たちの経験をシェアすることで、そういう人たちと一緒にハッピーになっていければいい。彼らにももっと楽に生きられるようになってほしい。そう心から願っています。

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取材当日、アトリエを偶然訪れた円氏と。

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