「奨学金1200万円」JASSOと裁判した36歳の願い

「奨学金1200万円」JASSOと裁判した36歳の願い

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2023/01/25
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吉崎達彦さん(仮名・36歳)は、奨学金1200万円を借りて大学院修士課程まで進んだ男性。現在年収1200万円と成功者のようにも思えますが、さまざまな不運で返済を滞納、JASSOと裁判になってしまったそうです(写真:Kayoko Hayashi/Getty Images Plus/写真はイメージです)

これまでの奨学金に関する報道は、極端に悲劇的な事例が取り上げられがちだった。

たしかに返済を苦にして破産に至る人もいるが、お金という意味で言えば、「授業料の値上がり」「親側におしよせる、可処分所得の減少」「上がらない給料」など、ほかにもさまざまな要素が絡まっており、制度の是非を単体で論ずるのはなかなか難しい。また、「借りない」ことがつねに最適解とは言えず、奨学金によって人生を好転させた人も少なからず存在している。

そこで、本連載では「奨学金を借りたことで、価値観や生き方に起きた変化」という観点で、幅広い当事者に取材。さまざまなライフストーリーを通じ、高校生たちが今後の人生の参考にできるような、リアルな事例を積み重ねていく。

「奨学金って踏み倒すことはできないですか? いくら、勉強のために借りた額とはいえ、一般企業に勤めながら返すには結構デカい金額だと思うんですよ」

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これは奨学金を借りたことのない人から、筆者が言われたことのある問いかけだ。他には「結婚して名字が変われば逃げ切れる、と母に言われたことがあります」と奨学金返済当事者に聞いたこともある。

かつては教職員などになれば返済が免除される制度があったが、おそらく、それが拡大解釈されてしまったのだろう。

しかし、奨学金はもはや「国が管理しているローン」といえる代物であり、3カ月でも返済を滞納していると、ブラックリスト(信用情報機関)に登録されてしまう可能性だってある。

ともすれば、クレジットカードも作れなくなり、賃貸物件の審査に落ちることもあり得るのだ。

画一的すぎる制度、運用をもう少し柔軟にしてほしい

「奨学金制度がないと今の人生はなかったし、そういう意味では感謝しています。自分の見通しが甘かったのも事実です。なので、制度批判や責任転嫁をするつもりはありません。ただ、画一的すぎる制度、運用をもう少し柔軟にしてほしい。それだけなんです」

そう語るのは、奨学金を滞納した結果、日本学生支援(JASSO)と裁判になり、1250万円の一括返還を求められた体験を持つ吉崎達彦さん(仮名・36歳)だ。

当然、彼も借りた当初はまさかこんな事態に陥るとは思ってもいなかったというが、一体何があったのだろうか。そして、返すべき奨学金を返せずに、裁判にまで発展した場合はどうなってしまうのか。

父が会社のお金を出会い系サイトに…

吉崎さんは現在、社会人12年目。大手プラントエンジニアリング企業に勤務しており、年収は1200万円程度。専業主婦の妻と、子ども2人の4人家族で慎ましく暮らしている。

肩書だけ見ると、完全に成功者に分類されるが、そんな彼が奨学金を初めて借りたのは高校進学に際して。経済的な理由からだった。

「実家は自営業だったのですが、父はだらしない性格で、自分の会社なのに棚卸しもせずに、どんぶり勘定で経営は火の車。それなのに見栄っ張りな部分があって、高校1年生のときには事務所兼自宅を購入したりと、はたから見るとお金があるように振る舞う……まるで、ハリボテみたいな生き方でした。食べるものに困るほど困窮はしていませんが、お金に恵まれた生活ではなかったですね」

そんな父親の後ろ姿を見て育った吉崎さんは、薬学部に進学し、薬剤師という安定した職業に就こうと考えていたが、経済面から関東圏の国立大学に志望校を変更。無事に現役合格した。

父は入学金を準備してくれたが、家に金がないことに変わりはないため、第一種奨学金(無利子)と第二種奨学金(有利子)を借りた。だが、大学に進学して数カ月後、問題が発生してしまう。

「父が会社のお金を出会い系サイトに注ぎ込んでいたことが発覚したんです。その結果、両親は離婚。自分、母、妹の3人で家を出ていくことにしたのですが、半年後には不況の煽りを受けて、父の会社が潰れてしまいます。

前出の事務所兼自宅もまだ購入して3年程度しか経っていませんでしたが、競売にかけられてしまった揚げ句に、ローンは母も共同名義だったので、両親揃って自己破産してしまいました」

こうして、大学入学から数カ月後には、自己破産した母と妹、3人での新生活が始まった。進学に際して借りた毎月20万円程度の奨学金は、新しい暮らしでの生活費にも充てられるようになった。

「自己破産が入居時の審査対象にならない、都民住宅に母の名義で引っ越しました。父から慰謝料や生活費は一度も支払われたことはありませんが、離婚したことで母は寡婦扱いになったため、自己負担額が減って家賃も安くなったんです。

それでも、母の稼ぎは月々15万円程度のパート代しかなかったため、私が借りていた奨学金を使わざるを得なかったんです」

華の大学生活とは程遠いスタートを切った吉崎さん。サークルに入る余裕はなく、勉強に集中するほかなかったが、理想的なアルバイトに巡り会う。

「学部の先輩の紹介で、大学の近くにある研究所で実験補佐として働き始めました。時給は1900円で、週2〜3回通うだけでも月に10万円近くは稼ぐことができて。この稼ぎと奨学金がなければ、学費と生活費を払うことはできなかったでしょうね。

しかも、その研究所で行っている実験は自分の専攻と重なる部分もあったので、途中から職員の方に推薦してもらい、4年生以降は『技術研修生』という形で、大学の研究室から派遣されることになりました」

研究所でのシフトがない日には、銀行でサーバーの入れ替え作業などのアルバイトに精を出した。大学卒業後は大学院に進み、修士課程を修了後、「年収で選んだ」という、今も勤めている大手プラントエンジニアリング企業に就職した。

社会人になる頃には、同居している妹の就職も決まったため、母と妹との暮らしを解消。それと同時に、恋人と2人暮らしを始めることになった。

給与がまだ低いタイミングで、不運が続いてしまう

こうして、高校から大学院までで、吉崎さんが借りた奨学金の総額は1200万円。

奨学金を借りたことで大学に進学することができ、高収入の会社に入社できた彼の物語は、ここまでであれば成功譚である。しかし、社会人になった頃には、試練のドミノは音もなく倒れ始めていた。しかも、それは幸福な顔をしていた。

「25歳で入社して、すぐに彼女と籍を入れ、翌年には第一子が生まれました。もともと、彼女とは小学生の頃からの幼馴染で、家族ぐるみの付き合いでした。それもあって、『就職して責任を持てるように結婚しよう』と話していたんです。

ただ出産に関しては、想定外の出費が重なって。妻は切迫早産で入退院を繰り返していたため、入院費がかさんでしまいました。新卒だった当時は保険にも加入していなかったため、一時的にではありますが合計60万円以上を支払うことになったんです。初任給でその額を支払うのはかなり大変で、使い切らずに貯金として残しておいた、奨学金から出すことになりました」

出産に関する費用は、高額療養費制度によって自己負担限度額を超えた分が将来的に返ってくる。しかし、結婚したてで、子どもも生まれたばかりの吉崎さんには当時、それに当てるだけの貯金の余裕がなかった。

年収で判断され、猶予や減額は認められず

そのうえ、就職から半年後に始まった彼の奨学金の返済額は毎月5万5000円もあった。

しかし、吉崎さんに返還期限猶予や減額返済が認められなかった。幸か不幸か高年収の会社勤めゆえ、2年目にして年収がボーナス込みで600万円程度(1年目は350万円程度)あったため、猶予申請の収入上限に引っかかってしまったというのだ。どういうことか。かなりややこしいので、なるだけ噛み砕いて説明していきたい。

そもそもの前提として、返還が難しい場合、「月々の返済額を少なくする(減額返還制度)」「返還を待ってもらう(返還期限猶予)」「死亡または精神もしくは身体の障害による返還免除」という、3つのいずれかが選択肢として浮上してくる。ここでは「減額返還」か「返還期限猶予」で話を進める。

申請の際には事由(理由・原因のこと)を選ぶ必要がある。具体的には「経済困難」「失業中」「新卒等」「災害」「傷病」……などいろいろ細かく分かれているのだが、「猶予申請には、各事由により、年間収入(所得)金額の基準額が設けられており、基準額を超える場合は猶予承認できません」という。つまり、事由によっては、年収次第で減額も猶予も認められないということだ(JASSOホームページ「一般猶予の申請手続き」による)。

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わかりやすく説明するために「経済困難」の事由だけが紹介されているが、事由は他にもある(出所:JASSO)

具体的にはどんな年収なのか。たとえば、「経済困難」事由で見てみよう。

ホームページで公開されている「〈経済困難事由〉収入等の基準」によると、給与所得者の場合、わかりやすく収入で審査され、減額返還は「年間収入金額325万円以下」、返還期限猶予だと「年間収入金額300万円以下」という。「経済困難」を申請する事由として選んだ場合、健康に働いていると、猶予も減免ともに意外とハードルが高いのだ。(※いずれも2023年1月時点の条件)

なお、もし「新卒等」という別の事由で申請できていれば、年収証明書の提出が不要なため、減額返還が可能になっていたかもしれない。しかし、吉崎さんの場合は社会人2年目になったタイミングでの困窮であり、「新卒等」での申請が間に合わなかったようだ。

「身重の妻は働けず、僕らの生活は精一杯で貯金はありませんでしたが、額面だけで判断されてしまい、初めから猶予される見込みはなかったようです」

こうして、「経済困難」という扱いにはならなかった吉崎さん。手持ちのお金がなくなり、もちろん親に援助を頼むこともできず、1カ月、3カ月、半年……と、滞納を生じさせてしまった。

そして、次に起きたのは「債権回収会社による取り立て」であった。

「奨学金を滞納していると、JASSOではなく委託先である民間の債権回収会社からハガキで督促状が送られてくるのですが、払えずに滞納を続けていると、債権回収会社も変わっていきます。

私の場合、滞納当初からJASSOから倍額以上の返済を毎月求められていました。当然払えないので、委託先である債権回収会社に不可能である旨を伝えたところ、『返さないよりはマシ』ということで、少額返済を提示されていたんです。返済する意思を見せる意味合いもあり、債権回収会社からの電話には毎回誠意を持って対応し、毎月1万〜3万円は返済していました」

JASSOに「現状を打破したい」と相談したが…

こうなってくると、どうしても脳内には「裁判」の2文字が浮かぶ。

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もちろん、吉崎さんとしても裁判なんてしたくなかったが、裁判を回避するための行動も、また大変なものになった。

「どうすればいいか尋ねると、『詳しいことはJASSOに聞いてほしい』と言われました。債権回収会社は回収を代行してるだけなので、制度に詳しいわけではないし、人によっては全然理解してないこともあるようです。

そこで、直接JASSOに『現状を打破したい』と、自分の状況を包み隠さずに相談したのですが、対応してくれる人は毎回変わり、その人物によって案内される内容が毎回異なるので、もはや無責任とさえ、感じることが多々ありました。

そもそもJASSOに電話してもなかなかつながらず、1時間かけ続けて、やっとつながっても『後日、担当者から連絡する』で終わってしまいます。その後の電話に1回で出ることができなければ、またこちらから電話をかける必要があり……そんな具合なので、ひとつのやり取りで平気で1カ月はかかってしまいます。これは社会人にはなかなか過酷です。出向ける窓口があったり、メールでの連絡が可能だったら話は違ったと思うのですが……」

しかし、それは焼け石に水。ついには冒頭で紹介したように、JASSOから裁判を起こされてしまった。

「債権回収会社をたらい回しにされ、とある会社から『来月から委託先が変更になります』という連絡を受けた翌月、『法的措置の対応になりました』と、いきなり裁判所から一括請求の書類が届いたんです。そのとき、請求された金額は滞納金も含めて1250万円……。毎月、少しでも返済を続けているつもりでしたが、それは滞納金の延滞利息に充てられていて、元金は全然減っていませんでした」

後編では、JASSOとの裁判の顛末と、同じく奨学金を借りる学生たちのために求める、制度の改善などについて聞いていく。

本連載「奨学金借りたら人生こうなった」では、奨学金を返済している/返済した方からの体験談をお待ちしております。お申し込みはこちらのフォームよりお願いします。奨学金を借りている/給付を受けている最中の現役の学生の方からの応募や、大学で奨学金に関する業務に関わっていた方からの取材依頼も歓迎します。

(千駄木 雄大:編集者/ライター)

千駄木 雄大

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