なぜ「ハエの研究」はノーベル賞の常連なのか

なぜ「ハエの研究」はノーベル賞の常連なのか

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/12
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今年(2017)、ノーベル医学・生理学賞に輝いた「概日周期を制御する分子機構の解明」とはいったいどんな研究なのか? 鍵を握ったのはまたしてもハエだったってどういうこと!? 受賞者の「孫弟子」にあたる粂和彦さん(名古屋市立大学教授)にわかりやすく解説してもらった。

「先生、大変です!」

「先生、大変です! ノーベル賞、めちゃ近い人たちです!」

翌日からの米国出張に備えて準備をしていると、研究室の学生が教授室に飛び込んできました。

「ハエの人です。先生にも取材があるんじゃないですか?」

びっくりして教授室を出て、学生たちと話していると、ほどなく、携帯電話に知り合いの新聞記者から、固定電話には別の記者から同時に電話がかかってきました。

先日、発表された2017年度のノーベル医学生理学賞は、米国ボストンにあるブランダイス大学のマイケル・ロスバッシュと、ジェフ・ホール、そして、ニューヨークのロックフェラー大学のマイケル・ヤングに決まりました。

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左からジェフ・ホール氏、マイケル・ロスバッシュ氏、マイケル・ヤング氏〔PHOTO〕courtesy of the Nobel Assembly at Sweden's Karolinska Institute

受賞理由は「概日周期を制御する分子機構の解明」……なにやら難しそうですが、概日周期とは約24時間のリズムのことで、そのしくみを科学的には概日周期生物時計、俗に「体内時計」と呼びます。その時計が分子レベルでどういうしくみになっているか明らかにしたということですね。

私はショウジョウバエを用いて体内時計と睡眠の研究を行っているので、まさに同じ分野ですし、3人とも個人的によく知っているので、非常に嬉しいノーベル賞でした。

なぜハエがノーベル賞の常連なのか

彼らはどんな研究をしたのか。歴史をひもといてご紹介しましょう。

昨年ノーベル賞を受賞した大隅良典先生のオートファジーは一般の方には難しかったようで、体内時計は身近で普通の人も興味を持つと思いますと、電話口の新聞記者は言いました。ただ、体内時計と言っても謎の解明に使われたのはショウジョウバエです。

え? 何でハエのなの? と思う方も多いのではないでしょうか。

実はショウジョウバエは、これまで、5組ものノーベル賞研究をもたらした、ノーベル賞常連のスーパー昆虫なのです。それに、みなさんが思い浮かべる大きくてブンブン飛んでくる黒や銀の奴らと違って、ショウジョウバエは、果物が好きで眼が赤い、1~2ミリの小さな可愛いハエです。

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ショウジョウバエ〔PHOTO〕著者撮影

では、なぜショウジョウバエがノーベル賞の「常連」になったのか? そこにはこんな理由があります。

メンデルの法則という言葉は聞いたことがある方も多いでしょう。19世紀半ばにメンデルはエンドウ豆を使った研究で、「遺伝」を科学的に初めて解析しました。

「遺伝」とは、子どもの性質が親に引き継がれることで、昔から知られていましたが、メンデルは遺伝が要素(形質と呼びます)ごとに別々に伝わることや、優性と劣性という違いがあることなどを記載したのです。肌の色はお父さんに似てるけど、顔つきはお母さんに似ているね、なんていう感じです。

そして1910年には米国のモーガンがハエを使って、たった一個の遺伝子の異常が赤い目を白く変えてしまうことを発見したのです。この発見で、ショウジョウバエは一気に遺伝学の世界の寵児になりました。

電気のボルトやアンペアという単位が、ボルタとアンペールという科学者の名前由来なのをご存知の方もいると思いますが、遺伝学で最も重要な現象である染色体組換えが起きる確率には、モルガンという単位が使われています。

モーガンは1933年に染色体の研究でノーベル賞を受賞。これがハエが運んだ最初のノーベル賞になりました。

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トーマス・H・モーガン(1866-1945)〔PHOTO〕gettyimages

その後、X線による染色体損傷、発生学、自然免疫と、種々の分野でハエを使った研究にノーベル賞が与えられました。

たった1つの遺伝子で行動が…

1960年代後半に、カリフォルニア工科大学のシーモア・ベンザーが、新しい研究を始めます。

それまで遺伝といえば、目や肌、髪の色など、外見に関係するものが親と似るという直観的に受け入れやすい事実を説明してきました。しかしベンザーは動物の行動も遺伝すると考えて、行動の遺伝学研究を始めたのです。

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シーモア・ベンザー(1921-2007)〔PHOTO〕gettyimages

彼はハエの遺伝子に人工的に変異を作り出し、その結果、行動に異常をきたしたハエを選び出しました。その中でノーベル賞の元になったのが、体内時計による24時間周期の行動リズムの異常です。

彼のグループは、他にも、学習して記憶する行動、オスとメスが交尾する行動など、多数の行動を解析しました。そして、これらの一見複雑な行動の多くが、たった一個の遺伝子の変異で大きな影響を受けることを見つけました。

この発見に対して、当時の科学者の多くが、行動は遺伝子一個で変わってしまうほど単純なはずはないと言って、なかなかベンザーの結果を信じようとしなかったそうです。

確かに、私たち人間の行動も、親と似ていることはありますが、私たちは自分で考えて自由に行動していると思っています。それが、遺伝子で決まるというのは、科学者でさえ、抵抗がある考え方でした。

特に、優生学という思想が第二次世界大戦の時にナチスの人種差別や障害者差別の原因になった反省から、外見には遺伝があったとしても、才能や性格などの多くは後天的であり環境が重要と考えるべきであり、そのような研究をすることさえ避けた方が良いという風潮があったからだと思います。

しかし、その後、彼らの見つけた変異の遺伝子が同定され、彼の弟子たちを含め、ハエを使って行動の遺伝子を探して、その機能をつきとめる研究(行動遺伝学)が花開いたため、ベンザーが正しかったことが示されています。

このあたりの経緯は、ジョナサン・ワイナーが書いたベンザーの伝記に詳しく書かれています。そもそも、生きている間に自分の伝記が出版されるというのは、科学者としては例外的で、いかにベンザーがすごかったかを示しています。この伝記のタイトルは『時間・愛・記憶の遺伝子を求めて』で、彼の業績の3つを示しています。

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時計遺伝子の発見

概日周期は、地球上のほぼ全ての生物、つまり植物にも動物にもみられ、昼と夜の明るさや温度の違いなどの外部の情報がなくても、自分で約24時間のリズムを刻むことができる能力です。

このリズムは、生物が24時間周期で昼夜が繰り返す地球の性質に合わせることで、よりよく生きることができるために進化的に備わってきたと考えられています。

この性質も、最初は植物で見つかりました。ミモザというオジギソウが箱の中の暗い場所に入れておいても、昼は葉を開き、夜は葉を閉じるリズムを示すことが観察されました。そしてエルビン・ビュニングがエンドウ豆の葉の動きを連続記録して、科学的にリズムの存在を記載しました。メンデルに続いてのエンドウ豆の活躍ですね。

そして、ビュニングは、この性質が遺伝することを示すために、植物学者なのにショウジョウバエを使って研究をしました。

ハエでは、次の二つの性質が概日周期を示します。

一つは、蛹(さなぎ)が羽化して成虫になる時間が、いつも明け方になります。明るくなったら羽化するわけではなく、真っ暗な箱の中に入れておいても、明け方、成虫になりますし、午後から深夜にかけて成虫になることは、ほとんどありません。

もう一つの性質は、成虫になった後の活動で、ショウジョウバエは昼行性の昆虫なので、日中に活動して、夜は休んでいることが、ほとんどです。これも、光の影響だけではなく、たとえ真っ暗な箱の中に飼っていても、昼間に当たる時間帯に暗い中で活動をします。

ハエの概日周期の最初の変異はベンザーの研究室でロナルド・コノプカが発見して、英語で周期を表すピリオド(period)と命名、1971年に発表しました。

コノプカはいろいろな遺伝子に変異が入ったハエをたくさん作り、普通なら明け方に羽化するはずなのに、夜中などに羽化してしまう個体を探しました。そして、その性質が遺伝することを確認しました。興味深いことに、この変異は羽化する時間帯に異常があるだけではなく、成虫になった後の活動のリズムにも異常がありました。

彼らが見つけたのは、ピリオド遺伝子の3つの変異ですが、1つは、活動する時間のリズムが全く失われ、1日中、ほぼランダムに、活動したり休んだりを繰り返しました(ピリオド・ゼロ=周期が無い、と名付けられました)。

別の2つも興味深い変異で、真っ暗な箱にいれた時に活動する時間のリズムが、普通は約24時間ですが、リズムが短くなっているもの(ピリオド・ショート)、つまり徐々に朝型になるものと、リズムが長くなっているもの(ピリオド・ロング)、つまり徐々に夜型になるものです。

ベンザーの研究室では、これら3つの性質が同じ1つの遺伝子の変異で引き起こされることまで明らかにしました。

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ピリオド変異の最初の論文の図(Konpka RJ & Benzer S, Proc. Nat. Acad. Sci. 68, 2112-6 (1971))

ハエから人間へ

というわけで、今回のノーベル賞は本来ベンザーが受賞すべきですが、残念ながら彼もコノプカも受賞の栄誉を受けることなく亡くなってしまったため、ベンザーたちが見つけたピリオド遺伝子を含む、時計遺伝子の機能の解明を初期から進めてきた3人が受賞することになりました。

ピリオド遺伝子の実際のDNA塩基配列を決定したのが、今回の受賞者の3名で、1984年と1986年に発表されました。

さらにその後、ホールとロスバッシュのグループと、ヤングのグループは競うように体内時計の仕組みの解明を続け、95年にはヤングのグループのアミタ・セーガルが、タイムレスというピリオド遺伝子とペアになる重要な遺伝子を見つけ、98年にはロスバッシュのグループがクロックとサイクルという、別の重要な遺伝子を見つけました。

この頃には、分子生物学が急速に進んできた時代で、ショウジョウバエが先導してきた概日周期研究に、他の生物の研究が追い付いてきました。特に1997年にはマウスを使った研究でショウジョウバエよりも早くクロックがクローニングされ、哺乳類のピリオドも見つかりました。

さらに、その後、この遺伝子が異常になることで体内時計が障害される遺伝病も発見され、ハエの時計遺伝子の研究が、とうとう人間の病気にまでつながったのです。

まさに研究が日進月歩のこの頃に、筆者も、この分野の研究分野に入り、運よく哺乳類の時計遺伝子の一つのクリプトクロームの機能を解明することができました。

今から振り返っても、この頃の研究の爆発的な発展は、すごいことでした。ご興味がある方は拙著(『時間の分子生物学』講談社現代新書)を御覧いただくとして、端的には、ショウジョウバエと哺乳類の研究から、時計遺伝子が転写翻訳のフィードバックループという絶妙な仕組みを使って24時間を作り出すことがわかったのです。

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4つの時計遺伝子が作り出す24時間周期の振動

そして、その研究成果は、人間の病気の原因を見つけるところまで応用が進みました。

受賞者3人の素顔

最後に、受賞者3人と筆者の関係を少しだけ紹介します。

私は哺乳類の時計遺伝子の研究をしていましたが、その仕組みがわかってきたため、次の研究として、体内時計に最も強い影響を受ける睡眠の研究をしたいと考えていました。そして、睡眠を制御する遺伝子を見つけたいと思い、当時は、まだ睡眠の研究がなかったショウジョウバエを用いることを考えました。

そこで、当時、留学していたハーバード大学のあるボストン市内でショウジョウバエの研究室を探して訪問し、自分のアイデアを試させてもらうように面接に行きました。それが、今回受賞したホールとロスバッシュ、そして、ヤングの弟子でタフツ大学にラボを持っていたロブ・ジャクソンの3人です。

3人と話した結果、全員、睡眠研究のアイデアは面白いから自分の研究室に来てよいと言ってくれましたが、私は結局、ジャクソンの研究室を選びハエの研究を始めたので、ヤングの孫弟子ということになりました。

ヤングは日本とアメリカの学会で話しましたが、穏やかな感じの人です。

ロスバッシュは面接に行った時に、ファカルティクラブでお昼ご飯をご馳走してくれましたが、現在もバリバリの研究者で、気性の激しい人です。学会で会っても、サイエンスの話を始めて意見が合わなくなると、興奮して怒鳴ったりします。

ホールは数年前に引退しましたが変わった人で、毎日、大きな犬を大学に連れてきます。私も面談中になめられました(笑)。ハエの研究よりも、自分は米国史が専門で、南北戦争の本も書いたんだと見せてくれたのも忘れられません。

このように、3人とも身近な存在で、私にとって印象深いノーベル賞になりました。体内時計も睡眠制御も、まだまだ謎が多いので、ノーベル賞を契機に、研究がますます加速するとよいと思っています。

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