「拾われた男」松尾諭 #7 「最初から22番目の恋をした喜多見の夜」

「拾われた男」松尾諭 #7 「最初から22番目の恋をした喜多見の夜」

  • 文春オンライン
  • 更新日:2017/09/17

初恋は幼稚園の時。彼女の名前は忘れたが、スカートをめくる事でしか愛情表現ができなかった。

初めて女ができたのは10歳の時、同じクラスの小島さんというフランス人形のような顔をした美少女で、彼女の方から「つきあおーやー」と、交際を申し込んできた。休み時間になると、小島さんをおんぶして校庭にある鉄棒まで連れていき、休み時間が終わるとまた教室までおんぶする、それが彼女とのデートだった。しかし2週間ほどで彼女は鞍替えをした。

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まつお・さとる/俳優。1975年生まれ。10月9日(月・祝)19時から放送の「BS笑点ドラマスペシャル 桂歌丸」に出演 ©BS日テレ

「好きや、って言ったら逃げたらええねん」

中学1年の時、学年でも三本の指に入る新橋さんという美少女に恋をした。彼女はとてもモテるから好きになったのなら早い内に告った方がいいと言う友人の清原にそそのかされ、放課後、新橋さんの家に行った。一人ではとても勇気がないので清原にもついてきてもらった。

新橋さんの家はマンションの5階にあったが、エレベーターに乗って急に怖気づいた。

「好きや、って言ったら逃げたらええねん」

清原はそうアドバイスをして5階のボタンを押した。彼は新橋さんの家のインターホンも押してくれ、それに応えたお母さんに、丁寧に自己紹介して新橋さんを呼び出してくれた。

初めて見る普段着の新橋さんの可憐さに声を失い、鼓動は銅鑼のように打ち鳴らされた。「どしたん?」と訝しむ彼女と「ほら」と促す清原。それらの重圧を跳ね返すほど強く、全身全霊で気持ちを伝えた。

「ボクは新橋さんの事が好きです!」

そう言い切って、猛ダッシュで廊下を駆け抜け、非常階段で1階まで駆け下りた。鼓動は変わらず激しく耳をついたし、返事も聞いてはいなかったけど、大きな達成感を感じた。初めて女性に気持ちを伝える事ができたのだ。

心音が落ち着いたころ、清原が5階から降りて来た。彼は笑ってこう言った。

「『ボクはーっ!』って叫びながら走って行ったから何言いたかったかわからんかったって」

結局、清原が新橋さんにすべてを伝えてくれたそうだ。彼女の返事は、

「友達やから」

人生で初めての告白で、新橋さんの友情は確認できたが、それ以降彼女と話すことはあまりなかった。

レンタルビデオ店のバイトで、久々に巡り合った恋の予感

上京してから1年以上が経ち、独りで過ごす3度目の夏は逼迫した経済事情のため、それまで以上にひとかけらもロマンスを感じさせないものだった。当時は新宿にあるT屋という大型レンタルビデオ店で働いていた。バイト先としてT屋を選んだのは、好きな映画や音楽と触れ合えることと、映画や音楽が好きな可愛い女性と知り合えるんじゃないかという下心があったからなのだが、残念ながら配属されたCDレンタルの3階には趣味に合う女性は見あたらなかった。

そうして迎えた恋人たちの季節。その日は人手不足のため応援要請があり、DVDレンタルの4階での勤務だった。そのフロアに田畑さんはいた。女子大生の彼女は週に3日ほどしか出勤しておらず、顔を合わせることもほとんどなかったのだが、T屋にいる可愛い子として名前だけは聞いていた。忙しい時間が過ぎたので、彼女に他愛もないジョークを投げかけてみると、ケラケラと笑った。その笑顔に心を射抜かれた。

学生時代、中学校で8人、高校で5人、予備校で1人と計14人もの女性に恋をしたが、そのきっかけのほとんどが、他愛もない冗談で笑ってくれたことだった。田畑さんの笑顔は久々に巡り合った恋の予感だった。

まずは懇意にしていたDVDレンタルのフロアリーダーの南さんと、同じく4階で働く大阪出身の中田という3つ下のお調子者の後輩に、田畑さんの事が好きであると打ち明けた。中田はあれこれとアドバイスをくれたり、田畑さんの事を色々と教えてくれた。それによると、田畑さんは彼氏募集中で、好きなタイプは優しくて面白い人だと、そして彼女を狙う男が他にもいると聞き、これは一刻も早く事を起こさなければならないと焦った。

屋上にあるプレハブ倉庫で、田畑さんと二人きりになった

南さんは非常に頼りになる先輩で、リーダーの権限を使って田畑さんのシフトを教えてくれたり、休憩時間を同じにしてくれたり、あまり忙しくもないのに応援要請を出してくれたりと、おかげで田畑さんとたくさん話す事ができた。

ある日、南さんから内線電話があり、屋上にあるプレハブ倉庫で、重くて大きな什器の整理を頼まれた。屋上の倉庫は暗く寂しく、一人でいると何かが出そうなので嫌だったけど力仕事の出来る従業員がいないという理由で白羽の矢を立てられたのだ。エレベーターで屋上まで行き、恐ろしさを紛らわすために鼻歌をうたいながら倉庫に入り「ああ面倒くさいなあ、腰痛いっちゅうねん」などとやや大きめの声で独り言を呟いていると、視界の隅でなにかが動いた。全身の毛が逆立ち、そちらを確認するか躊躇していると、何かが声を発した。そこには「お疲れ様」と笑顔でDVDの仕分けをする田畑さんがいた。

南さんの粋な計らいで、ついに田畑さんと二人きりになり色んな意味でチャンス到来したはいいものの、すっかり浮かれて、大切な時間を冗談ばかりで費やしてしまい、気がつけば彼女の上がりの時間が近づいていた。この好機に何かを伝えなければ、そう考えると言葉がつまり、気まずい沈黙に包まれた。学生時代に14人もの女性に告白してすべてにフラれ「告白の達人」という異名を冠された男は、もうそこにはいなかった。長いブランクのせいなのか、一体なにを言えばいいのかわからず、さらに言えば、どうやって告白するのかさえわからなくなっていた。もうこのままこの密室で押し倒してしまったほうが楽なんじゃないかとも思ったが、そんな大胆な事ができるわけもなく、考えれば考えるほど何も言えず、何もできなかった。

「好きだ」という短い言葉を絞り出そうとすればするほど

「お腹空いたね」

田畑さんが言った。彼女はよく、お腹がすいた、と言う人で、そんな所も好きだったが、その日のその言葉はいつもとは少し意味合いが違って聞こえた。

「じゃあなんか食べて帰らへん?」

南さんのリークにより田畑さんのシフトを把握していた事が功を奏して、その日は上がりの時間を彼女と同じ21時にしていた。仕事を終え、近くのファストフード店に入りたくさん話した。話したと言うよりは自分の話ばかりしていたが、彼女はそれをニコニコと聞いてくれ、時にはケラケラと笑った。

夢のような時間はあっと言う間で、気づけば22時を過ぎており、そろそろ帰らないと、と言う彼女を新宿駅まで送り、道すがらまた話が盛り上がったのでホームまで送り、なおまだ話が盛り上がっていたため、帰る方向が逆にも関わらず、そのまま彼女と共に電車に乗り込み、最寄の喜多見駅から徒歩10分以上あると言うので、夜道は危険だからと、彼女の遠慮もよそに家まで送ることにした。

住宅街の夜道を2人で歩いた。それは気持ちを伝える絶好の機会に他ならなかったが、「好きだ」という短い言葉を絞り出そうとすればするほど言葉につまった。その時、歩きながらわずかに手と手が触れ合った。ほんの一瞬、手の甲から感じた初めて触れる、温かく滑らかな肌は、心を締め付けていたほんの小さなタガを外した。抱きしめたい、彼女を力強く抱きしめたい、そうは思っても、そんな大胆な事ができるわけもないので、勇気を出してもう一度、手の甲で彼女の肌に触れてみた。それは一瞬のはずだったが、今度は彼女の手の甲がまるで磁石のように吸い付くような感覚があり、まるでこちらの呼びかけに応えてくれたように、感じた。彼女はこちらを見て微笑んでいた。ごく当たり前のように彼女の手を握った。

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イラスト:松尾諭

手を繋いでからは何を話したかはあまり憶えていない。もしかしたら何も話さなかったのかもしれないが、気がつけば彼女の家に着いていたので手を離し、彼女の目を見て、真剣に交際を申し込んだ。微笑みをたたえたまま、少し間を置いて彼女はこたえた。

「友達だから」

これまで幾度となく聞いたお断りの言葉だったが、今回は意味合いが違った。手を繋いだときの彼女の態度は、決して拒んではいなかったように、感じたのだから。

「あかん?」
「ちょっと待ってほしい」

何を待つの? 心の準備? そんなもんいらんよ、とは思ったが、あまり食い下がると格好悪いので、そこは爽やかに引いた。そして最後に「待ってるよ」と握手して、軽やかに帰路についた。終電まではまだ時間があったが、幸せな妄想をしながら2時間半の道程を歩いて帰り、部屋に着くと歩き疲れてすぐに眠りについた。この日は上京してから最も幸せな一日だった。

「伝えたいことがあるから、休憩時間に屋上に来てほしい」

それからというもの、職場で彼女と交わす言葉や笑顔はまるで恋人同士のように、感じていた。そうして2週間ほどたった頃、彼女からメモ書きを渡された。

「伝えたいことがあるから、休憩時間に屋上に来てほしい」

休憩時間を迎え意気揚々と向かった屋上で待っていた田畑さんは、いつになく硬い表情を見せこう言った。

「ごめんね、彼氏ができたんだ」

予想だにしない言葉に戸惑い、何を言うべきか、何を聞くべきか、頭をフル回転させて出した言葉は、

「だれ?」

その問いに対して彼女は口をつぐんだ。つぐんだことに戦慄が走った。つまり知っている人間なのかと。

「だれ? 遠藤さん? 有田さん? まさか後田さん?……もしかして南さん?」
「ごめん、言えない」

強い意志を持って発せられたその言葉は、よもや相手は共通の知人であると言っているようなものであり、そしてそれ以上の追求を許さないものだった。

休憩時間が、いやその日の勤務がいつの間にか終わり、その間ずっと犯人探しをすることとなった。T屋きっての二枚目遠藤さんなのか、自称二枚目の有田さんなのか、チャラ男の後田さんなのか、もしかして最も信頼していた南さんなのか。仕事が終わり、まずは南さんに事のあらましを話し、まさか相手は南さんではないのかと問いただすと、馬鹿を言うんじゃないと一蹴された。

「……田畑さんの事知ってるぞ」

次の日も出勤だった。その日は、仕事をしに行くというよりは相手が誰なのか、それだけを探りに行ったようなものだった。地下の事務所で制服に着替えつつ、その場にいた怪しいと思える男性スタッフに、それとなく「知ってますよ」とカマをかけてみたが「え?」と返ってくるだけだった。

始業の挨拶を終えエレベーターに乗り込むと、お調子者の中田も乗り込んできた。「おはようございます」といつものごとくヘラヘラとしながら挨拶してきた憎めない男ですらも、その日は怪しく思えて仕方がなかったのでとりあえずカマをかけてみた。

「知ってるぞ」
「ええっ!?」
「……田畑さんの事知ってるぞ」
「なんで?」

中田は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、驚いたのはこちらも同じだった。だがその驚きはすぐに悔しさと裏切られた事に対する怒りに変わった。中田の顔面を思い切り殴りつけたかったが、お客様も乗り合わせるエレベーターでそんな事ができるはずもなく、極めて冷静を装い、休憩時間に店の前で待つと言い捨て、先にエレベーターを降りた。

休憩になり外に出ると、中田は強張った表情で店の前に立っていた。近づくと、後退りしながら、蚊の鳴くような声で「すんませんでした」と言った。弱々しく謝る彼を見ていると、こんな男に負けた事が情けなくて、そんな男を殴ったらもっと情けないし、せめて最後くらいは格好つけたかったので、

「田畑さんのこと大事にしたれや」

と言ってやると、中田はほっとしたように、満面の笑みでそれに応えた。その笑顔をみると余計に殴りたくなったが、ぐっと堪えてこちらも笑顔を見せてやった。

その日は仕事に集中できなかった。頭のなかでは、田畑さんと中田の事ばかり、中田の一人暮らしの部屋であんなことやこんなことをしてるんだと思うと気が狂いそうになった。ただ最後に一目だけでも田畑さんを見たいと4階に行くと、そこにはとても楽しそうな笑顔で中田と話す彼女がいた。心が張り裂けた。そしてそのまま屋上まで行き新宿の夜空に向けて大声で叫んだ。

仕事が終わると、南さんが失恋の特効薬としてイーストウッドの「ガントレット」を薦めてくれた。

それからほどなくして2人はT屋を辞めた。辞めた理由は知りたくもなかったので聞かなかったが、その冬の終わりに2人が別れたと聞き、なんだかとても馬鹿らしくなり、もう恋なんてしないと心に決めつつ迎えた翌年の春、T屋の3階で、人生で最も大切な人に出会ったという話は、また別のお話で。

(松尾 諭)

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